敗残兵、剣闘士になる 064 昼間の卒業
闘技場に上がり改めて見るとこの闘技場の大きさに驚く
縦130メートル、横100メートルよりちょっと大きいだろうか、闘技場地面から観客席までの高さは5メートル以上、観客席は15段以上(当時は18段?)ある
木槍を準備し忘れていたので先程落ちていたTよりイに近い形の硬い素材の白っぽい杖を拾って持ってきている、恐らくオリーブだと思う
長さは120センチくらいだ、心許ない
今日は暑かったのでパンツに着流しで、上は脱いで後ろに垂らしていたらついさっき登場直前にマクシミヌスに剥ぎ取られパンツ一丁に杖という変態な格好で登場だ
「オオオオオオオ」
という歓声の中に
「アハハハハ〜、何あれー」
みたいな嘲笑が混ざっている
うん、当然だと思う
向かい側から入ってきた剣闘士はムルミッロ(魚兜闘士)だろうか、甲に背びれがついており薄い金属板を貼り付けた大きめな盾とグラディウス型の木剣、右腕と両膝下には白い細い布が巻き付けられその上からマニカとオクレアが装着されている
「あの布どっかで見たな…あっ!」
血濡れたトーガだと思って着流しにしたアレ、あれトーガじゃないんだ!
今更遅いわ〜気付くの遅いわ
ハルゲニスのファミリアで見たことないんだもの〜、金属板の裏に革でみんな付けてたからそういうもんかと思ってたよ
ちょっとゲンナリしながらも両手で杖を回しながら中央に向かって歩く
木の棒を持った審判が心配そうに話掛けてきた
「おい、防具は無いのか?」
「無いです、元々付けてません」
「武器はそれでいいのか?さっきそこに落ちてたやつじゃないか
盾は持ってこなかったのか?」
「とりあえず本番の槍が来るまでこれで良いです、盾は元々持ちません」
この発言にムカついたのか、低い声を出した
「俺が新人だからって舐めてるのか?」
「舐めてない、国では防具こそあるが斬り結べば一撃必殺、防具など無くても同じだ」
「そっちがいいなら文句はない」
「じゃあ始めるぞ、構えて、始め!」
審判もどうでもいいらしい
あっという間に仕合が始まってしまった
新人といえど武器を持てば油断などしていられない、木剣と言えど本気で殺しに来るのだ、同じくこっちも殺す覚悟でやらねばならない
杖の持ち手部分が結構重たいため持ち手を下に剣を持つように振れそうだ、左手はあんまり使わないけど重心移動の補助で使う、あとは盾への攻撃かな
右を前に斜に構える、杖は上段構えだ
腕の長さと肩の動きを入れれば相手の足先、も含め届かない所はない
リーチ的に相手のグラディウスは手以外には踏み込まなければ届かない、それだけで盾など不要だろう
さあ、やろうか
ムルミッロは構えは基本通り盾の後ろに隠れるように前屈みになり盾の上辺から目だけを出してこちらを見ている
木剣もしっかり盾に隠してあるが剣を上下フリフリする癖でもあるのかわずかに頭が揺れている
目を守る鉄の格子越しに目が合う
なんだ、攻撃してこないならこっちから始めるよ
手首だけでなく肩甲骨から細かい動きを作り右外へ振り回すように横薙ぎの振りを相手の左側頭部へ向けて振る
敢えて杖の動きを見せることで盾を誘った
「グアッ!」
相手のくぐもった声が聞こえた
盾が上がり視界が遮られた瞬間に機動を下に変え袈裟懸けの方向で左足の外果(外くるぶし)を叩いたのだ
いくら布を巻いていようが骨を守る肉は乗っていない、衝撃は通る
回転を止めず頭の上を通し腕を下げ下から回し切り上げへ変える
まだ盾が上がったまま視界が無い、切り上げの勢いを前に少し重心を移動させ突きに変え盾の上の方を思いっきり押し込む
『ガンッ、ゴツン』
「グェッ」
背びれが盾のすぐ後ろにあったため盾が兜を叩いた、盾の重さも兜に威力を乗せてくれるので結構クラっと来ていると思いたい
突きを上へ逃しまた回転を続ける、盾が下がり目が合うと杖の先はもう側頭部へ吸い込まれていくところだ
『パァーン』『ドッ』『ザッザザ』
足にきたのか盾が地面に落ち、タタラを踏んだ
一度杖の動きを止めて声をかける
「なぁ、まだ始まったばばっかりだぜ」
「クソ」
盾を持ち直し構えるも明らかにフラフラしている、側頭部の一撃はかなり効いたらしい
しっかり視界を残したまま防げるかな?
また回転を再開させる、この杖は実に形がいい振り回すに引っかかりがあり丁度いい
今度はしっかり右へステップを入れて避ける体勢を作っている
それが正解だが、左足は大丈夫かな?
恐らくトラウマ化したであろう側頭部へ摺り足で半歩近付いて横薙ぎを振り込む
盾を上げようか一瞬迷って上げた、もう遅い
『パァカッーン!』
側頭部より頭頂に近い所に当たり滑って背ビレの付け根を叩いて振り抜けた
かなり首を斜めにさせてしまったがなんとか意識を保っているらしい、今度は足をなんとか踏ん張り盾を落とさなかった
盾が重たいんだ、誰かのおさがりかもしれないが金属なんて枠だけで十分だと思う
「止め!」
審判が棒で間に入り止めをかけ、こちらに向かって小さく「やり過ぎ!」と言っているのが聞こえた、なんかスイマセン
一度距離を開けて休憩
白く塗られた板に名前と出身地、どこのファミリアか戦績も含めて書かれたボードを持った人が観客席に向かって大声で触れ回りながら一周歩く
本番の武器が運び込まれ中央で審判と副審判が槍とグラディウスの試し切りをして観客に魅せている
2人は槍を見てこちらを向きジトーっとした目で「全然武器が違うじゃねえか」とこちらに訴えかけるように見た
杖を渡して槍を受け取る、相手も木剣からグラディウスに変わった
本番だ、体力少しは回復しているといいけどな〜
「始め!」
槍を中段に構えてムルミッロに近づく
明らかにこちらを警戒して横に回り込もうとしているが距離は縮まっていく
得物は更に長くなった、距離を縮めて来ないことには何も出来ない筈だがもう足は出ないだろうな
顔に向かって突くフェイントを入れるとまた盾を上げてしまう、これ誰も注意してくれないのかな
「おい、聞こえるか」
「仕合中に話すな!」
「これじゃあ仕合にならん、話を聞け」
なるべく顎を引いて喋っているのが分からないようにする
「突きが来るたびに盾を上げれば足首が狙われる、盾を上げずに自分が膝を使って屈め
盾を上げるときはフェイントだけでいい
槍に対しては低くして盾に隠れて突撃するだけでもいい、剣相手なら今のままでいい、盾が触れるほど近付くなら相手の左足の爪先を足でも盾でもいいから潰せ」
「なぜ、今そんなことを」
「これでも教練士見習いだ、突くぞ屈め」
「クソッ」
顔を狙って突きを全力で放つ
『ニィー!』
ナイフが鉄兜に一本線を刻む
「そうだ、どんどん突くぞ、屈んでかわして慣れたら踏み込んで剣だ、いくぞ」
「アアアアア!」
連続で突きを放つ、盾のエッヂを擦るように繰り出す
グラディウスに当たることも兜に当たることもあるが防御は固くなってきた
兜への突きが兜の丸みで受け流されたときに大盾を押し込みながら踏み込みいい突きが飛んできた
自分は槍だけ軽く残して右へ回り込んでいる、相手は盾に隠れていたことで見失っているのでいい突きだったが空を切っている
「そうだ、いいぞ
今度は耳も使え、俺が動いた音を拾って位置を補正しろ」
「クソお舐めやがって」
「舐めてない、お前を生かすためだ
このままだと助命できない」
「クソオオオオオ!」
盾を前に押しながら低いタックルが来た
「いいぞ、もっとこい!」
槍にはとてもいい攻撃だと思うが対処は簡単だ
槍の柄尻を地面に刺し槍先を盾の中心に当てしならないように槍を押さえておくだけだ
槍が折れるか盾が弾かれるかだが今回は槍の勝ちだ
盾が斜めに弾かれ強制的に振られる、右の剣を突き出そうと右へ重心を掛けていたのだろう盾が止まったことで斜め右へ数歩よろけ剣が出せなかった
「冷静にやれ、死にたいのか」
「うるせえ」
性懲りもなく突進だ
盾を地面から5センチ程度浮かせている、もっとスレスレで来いよ
槍先を盾の下に滑り込ませて脛当ての横に当て左足を内から外へ払った
そのまま前のめりで盾ごと倒れ込み目の前に背中を晒して倒れてきた
顔の横に槍を突き立てて終わりだ
「そこまで!」
「ガンバレー」だった歓声は止んだ
ざわつく会場で一つゆっくりとした拍手が響き始めた
「素晴らしい腕だ!東の国とはどこだ?何という国の出身なんだ?実に興味深い」
上を見ると皇帝コンモドゥスが居た、というより真ん前でやっていたらしい、気付かなかった〜
「日本です、大陸の東の海の更に東の島国、近くの国からは大和やジパング等と呼ばれています」
「そうか、また後で色々聞かせてくれよ
倒れた方の青年は突きは一級品だが攻め方が下手クソだな、腕を磨け!経験を積め!まだまだ強くなるぞ!そなたのこれからに期待する、励めよ」
「はい!」
「パルムだ、受け取れ」
「ありがとうございます」
「お前はもうマリディアーンには出るな
レベルが違うんだ、パロス・ウェテラヌスと戦え」
「はい!」
パルム(シュロの枝)を皇帝から直に頂いたが嫌な言葉も頂いた、ルクマーン達と同じクラスに上がるのか嫌だな〜
相手のムルミッロは兜の下は汗か涙か濡れているのが見える、蒸れて臭いだろうな〜なんて思ってしまう自分はダメなんだろうな
「さあ、今日はまだ始まったばかりだ!どんな楽しみが待っているのか期待しようじゃないか!」
「ウオオオオオオオオ」
皇帝の一言で一気に盛り上がる観客は退場するグラディアトルなど目にも止めずコンモドゥスに釘付けだ
気にも止められず闘技場を降り衛兵さんに槍を渡す
さあ、次は誰だ!?




