敗残兵、剣闘士になる 055 狩り後半戦
翌日もよく晴れていた
よくもこうまあ晴れが続くな〜と感心しながら起きる、おかげで夜は寒い
朝飯前から訓練をしたが皆体は動くのに気分がそぞろだ
「ようし!今日は罠を見に行くぞ!」
「「おおおおおおお!」」
訓練後のマクシミヌスの一声で全員に火がついた
早々に武器を置いて山狩りの格好にチェンジ
最後は藁を編み靴に詰め込んで準備完了だ
皆の足取りは軽い、夜の蛇が効いたのか皆朝から体が温かいと言っていた
確かに涼しくなってきてはいるが内側から火照っている感じはある、蛇は滋養強壮に優れるというがここまで効果の出るものだとは思わなかった
山の中で蛇を狩りながら罠を回収していく
自分とハーランド、ビョルカンの3人で仕掛けた罠は全部で60近い、結構夕暮れに近くなってやっと帰ってきたくらいでかなり気合いをいれたのだ
「お、鹿だ」
角が絡む罠で一頭首が折れて泡を吹いていた牡鹿が居た、既に死んでおり血抜きをしても血で臭いかもしれないが心臓と首を切って木に吊るして出来る限りの血抜きはしておく
「猪だ!」
ハーランドの声が聞こえる、ヌタ場から帰るところだったのだろうか土塗れの猪が片足を取られていた
イノシシは牙の一撃が怖いがそこはハーランドだ、槍の先に括り罠を付けて近付きいとも簡単に口に結び付けて開かないようにして前脚を縛り無効化、こちらも吊るして2箇所切って血抜きしておく
結果、落とし穴にウリ坊が2匹とその母親らしきイノシシを狩ることに成功し血抜き後に成果を持ち帰った
すべての罠はもう一度設置し落とし穴は埋めつつ新たな穴を掘ってきてある
全ての獲物を回収し持って帰るまでに山を2往復するという過酷な状況ではあったが皆の顔は誇らしくヨダレを垂らしている物もいた
「鹿が1、イノシシは大人が2、うり坊が2か、やっぱり足りないよな」
「足りないな」
越冬前に干し肉としてでも溜め込んで置きたいのだ、マクシミヌスは去年よりも多いと喜んでいたがすぐに底をついてしまったと言うくらいだからもっとあってもいい筈だ
山の中でマクシミヌスと皆で話し合いもう1日猶予を貰うようにハルゲニスに打診することが決まって罠を残してきたのだ
案の定ハルゲニスの許可を得られて明日もう一度山へ狩りに行くことになった
狩りすぎも良くないがある程度鹿を間引いておかないと翌年の作物被害が出るのだから領主からもOKが出ているが毎年山で死ぬ人が出るものだから頭が痛いらしい
剣闘士?全然問題ないよ、死んでもOKという状態だろう
翌日、狩りに行く直前に漁師さんからクレームが入った
血抜きの方法だ
海に漬けて流して居たがサメとエイ、ウミヘビが集まってきているそうで漁が危険になるのだとか、それとサメもエイも食べるが食べすぎると潮の色が変わる原因になるらしく満遍なく食べなければいけないんだそうだ
しっかりと全員で頭を下げ、マクシミヌスが土下座からの五体投地で誠意を見せると漁師さんは「そこまでしなくてもやり方が変わればいい」と申し訳無さそうに帰っていった
どこの国でもで恐縮ということばは当てはまるらしいがローマは日本程に顕著ではないのだ
気を取り直して山へ向かう
早々にニゲルが川沿いに蛇を発見し手で捕まえようとたが
「毒蛇だ、気を付けろ」
ハーランドの一声でニゲルが汗だくになって後退りし何事もなかったように山へ歩き始めたが、ビョルカンは鉈で頭を落として血をしごき麻袋に入れていた
蛇を料理した日、ハーランドとビョルカンだけは蛇に一切抵抗なく食していたから元々食べていたのだろう手際が良い
川の漁師達は投網で珍しく大量らしい
網の中に海にいるはずのカラフルな魚や鈍い銀色に光るスズキのような魚影が見えている、エイに追われたかヤギの血でプランクトンが発生して集まった小魚を食べに来たかどちらかだろう
海では困ったが川は少し嬉しい状態らしい、まあそんなこともあっていいだろう
山に入り下草を刈り、藪を叩き切りながら進み里山という森と平地の境目を作っていく
里山があると野生動物は森から出てきにくくなる、更に言うなら適度に木を伐採すれば尚良いのだろうがそれはまた別の仕事なので良しとしよう
山で罠を回収していくが流石に同じ場所の罠では動物達は掛からない、それを分かった上で別の所にももちろん仕掛けて来てある
「猪だ!」「鹿も取れてるぞ」
「こっちの罠もっ…」
「どうした?」
「掛かっちゃいけないのが掛かってる」
ハーランドとビョルカンの罠にはいい獲物が取れてたようだ
ニゲルにも罠を教えてたった1箇所だけ仕掛けたところを確認に行って後ろ歩きで戻ってきた
「何が掛かったって?」
「グォボオオオオオオオオ!」
「熊だな」「熊だ」「熊で間違いないな」
穴を掘って木の枝を斜めに切って尖らせて縄をギチギチに巻いて埋め込む、落とし穴の上に麻袋を開いて蓋にして泥で固めて刈った草を撒いておく、ただそれだけの罠だ
穴に落ちれば勢いで木が刺さりささくれて抜けなくなる、引き抜こうにも縄が土に埋め込まれているためそう簡単には抜けないのだ
そんな罠に左前脚を突っ込んでしまって痛々しく腕を下げたまま立ち上がれなくなった熊が呻いている
「ニゲルがトドメを刺してやれ
左腹から心臓に向って斜め上に指すか、首を落とすかだがどっちがいい?」
「首だろ?」「首だよな」「目から脳でもいい」
「分かったよやればいいんだろ!」
ハーランドの声にビョルカンやマクシミヌス、オココが乗っかって攻めたてる
ニゲルは槍を腰だめに抱えて未だ抜けない左手側に回り込み首筋を狙うようだ、実は結構危険
「しゃあ!」
掛け声とともに駆け出し自分の体重を乗せて突き刺そうとするニゲルだが誤算が発生、死の淵で火事場の馬鹿力を発揮し杭を土から抜いて熊が立ってしまった
2メートル近い巨大な熊だった
恐怖のあまり方向を変えて全力で逃げるニゲルにマツオが声をかけた
「ニゲル!距離がとれたら熊に槍を投げろ、オココが射る」
既に矢を携えているオココだが熊が動いていると矢を離せない、ニゲルが動きを誘ってくれれば少しは楽になるはずだ
ニゲルは少しアンニュイな表情のオココと目を合わせて何かを感じたのか5メートルほど離れたところで槍を構えた
「フー、フー、フー」
息を整えて熊に向き合う、熊は威嚇するような表情ではあるが辛い切ない表情にも見えた
「俺が楽にしてやるからな」
槍を逆手に持ち替え右耳の横に構えて少し下がり数歩の助走を付けて全力で投げた
「ゼヤッ!」『ザッ!』『シュッ』「グボオオオオ」
ニゲルの投げた槍は熊が痛めた手を庇いながらしゃがんだ事で藪の中に消えた
手の痛みで体勢が崩れ熊が頭を地面につけた瞬間にオココが矢を射て目から奥に深々と刺さった
そのスキに反対側からビョルカンが同じく目に藪鉈を差し込んでダメ押し、熊は膝も崩れ落ちその場で痙攣し息絶えた
オココとビョルカンは緊張を崩さず目はしっかりと開いたまま肩で息をしながら熊をみている
なんとなく気になってニゲルを見るとあんなにブサイクだったっけと思うくらいに腑抜けた表情になっており、同じタイミングでニゲルを見たハーランドと一緒に笑いを堪えるのに必死だった
熊は首筋と木の刺さった左手を切り落として落とし穴に突っ込んで血抜きする、熊は流石に木に吊るそうとしても持ち上がらないので斜面を利用しての血抜きだ
熊のちょっと先に罠に嵌ったが熊に取られた鹿を発見、一応血抜きをして持っていくことにした
血抜きを終えた獲物は全部川に一度沈めて冷やす、そうすることで腐敗防いで毛皮もキレイになるんだそうだ
猪1、鹿2、巨熊1とかなりの重量があり山と3往復もすることになったので皆ヘトヘトだ
それでも自分とハーランドとビョルカンで皮を剥ぎ内臓を取り出し食えそうな内臓を取り出し洗う
やはり熊がやってしまった鹿の内臓は腐敗が気になりギブアップ、前日の分と共に焼却し貝の粉末と共に地中深くに埋めた
熊は比較的キレイで直腸以外は食べられそう、鹿も罠にハマって生きていたものはほぼ全て食べられそう
「コイツはダメだ、虫だらけだった」
ビョルカンの解体した猪は肉は問題なかったが胃の先で虫が動いていたそうで内臓とお尻の穴周りと尻尾も含めて全て焼却した
ハーランド曰く腹の中に入れてしまった虫は煮ても焼いても食った奴の腹で生きるとのことだ、生活の知恵というのは馬鹿にできない
「コイツの腹ワタが一番旨いのに勿体無いな」
相当悔しかったのだろうビョルカンの溜息はなかなか途切れなかった
「昨日のウリ坊のはどうしたんだ?」
ハーランドが思い出したようにビョルカンに声をかけた
「あ?そうだ、マツオ!」
「下処理してあるよ、午前中の処理はヨーレシにお願いしてあるから夕飯には煮込まれて出てくるよ」
「何で煮てるんだ?」
「塩、ニンニク、レモンの皮の乾物、唐辛子だ」
「しゅびゃらしい!(素晴らしい!)」
ビョルカンがヨダレ飛沫を散らしながら目を輝かせた
「レバーはネギと香草、煮たひよこ豆を一緒に擂り潰してあるからあとで出すよ
美味かったぜ?」
「もう食ったのか!」
「味見は料理人の特権だからな」
昨夜に大量に作ったのだ、全員で食べられるように遅くまで頑張ったのさ
ワインで酔ったヨーレシと一緒に摘み食いをしながらね
「ウリ坊も親も腹の膜はまだ硬かったから塩漬けにしたよ
親の分の腹ワタは洗い中だ、大腸がちょっとな」
「ウサギは矢の刺さったのが腹だったから中は食えなかったが肉は明日には食えるだろう
鳥はもういいかもな」
「この辺では肉の保存はどうするんだ?」
熊を担がされ腰が出そうなマクシミヌスに聞いてみた
「あぁそうだなソーセージか乾燥肉くらいか?」
「ソーセージ!懐かしい、大分食ってねえな」
「ああ、またあのパリッとしたのが食べたいな」
ハーランドとビョルカンが記憶の中に飛んでいってしまった
確かロートがあればできたよぉな気がするんだけどな〜
「あ!ちょっと解体頼むよ、ヨーレシのところ行ってくる」
昨日厨房に全く使っていないちょっと小さめのロートがあったのを思い出した走る、善は急げだ
モツ煮込みの腹の減る匂いを嗅ぎながらロートをヨーレシから借りて走った
「あったこれで作れる」
「お、作ってくれるのか!」
「やれるだけやってみるよ」
作るのはドライサラミだ、適当に口の中のイメージでやっちゃうぜ〜




