敗残兵、剣闘士になる 054 未来のメディケ
ヤギの腹を割いて見たらビックリ、内臓は寄生虫の卵が大量でハーランドも目を伏せるレベルだったので食べられないと分かり左前脚一本を肩甲骨から頂いてマシュアルの勉強に使わせていただくことにした
「人間もヤギも牛も基本的な構造は殆ど同じだ
血管の走行も形も神経も何なら筋肉に付き方もだ」
「なんで?」
「何でだろうな〜環境に適応していって変化したというのがアナクシマンドロスの説だったが本当のところは誰も分からないよ、人の一生よりの長い時間かかっているみたいだからね」
「マツオも知らないことがあるんだね」
「あるさ〜、知らないことだらけさ
よし話を戻すぞ、ヤギは死んでしまったから心臓はもう動いていない
これが心臓でその上の一番太い曲がっているのが大動脈の弓だ、矢を構えているみたいに少し太い血管が伸びているだろう」
心臓の部位を指差しながら話していく
「最初の分岐が右手に向かう鎖骨の下の動脈、次が左の首に昇る血管だ」
「水は上には流れないんじゃないのか?」
「お、いいところを突くな
水を口に含んで上向いたら空に水が吹けるだろう?」
「うん」
「口から押し出す力は口の筋肉がいっぱいいっぱいに含んだ水を上に押し出しているから上がるんだ」
「へ〜」
「それと同じで心臓にパンパンに血を溜めてギュッと押し潰せば上に上がると思わないか?」
「上がりそう!」
晴れやかな顔になった、若いって素晴らしい
「それが心臓の役目で何処の筋肉より強い筋肉の塊だからできることだ
この弓を通る動脈血は水と栄養と綺麗な空気を運ぶ物だというのは前も話したな?」
「覚えてる」
「その血を心臓が押し出して体中を巡り巡って栄養を回すんだが、心臓が空気を取り込んでいる訳でもないし水を取り込んでいるわけでも栄養を取り込んでいるわけでもない」
「じゃあどこで?」
「空気は今しぼんでるこの灰色になってしまったフワフワ部分で綺麗な空気と重たい空気を入れ替えている
栄養は蛇みたいな細長い小腸で取り込んで、水は太い大腸で取り込んでいる
栄養は肝臓、この赤黒いところに溜め込んで必要な分を必要な形にして心臓に流している
水分はこっちのちょっと紫になってるけど腎臓に流してキレイにして心臓へ戻しているんだ」
「へえ」
「その栄養と綺麗な水分と重たい空気を静脈血として心臓に戻す、肺に一旦送って空気をキレイにしてまた体へ送るんだ」
「凄い!」
「ただ、しっかり栄養を取って水分を取らないと足りなくなるから生物は全て食べて生きているんだ」
「ほ〜」
「だから体に剣か槍で傷がついたときにしっかり傷口を洗って内臓まで達していないかを確認するんだ、いいな?」
「はい」
マシュアルは返事がいい、そして頭もいい、言ったことをすぐ覚えるのは素晴らしい
「じゃあ、次は腕の方にいくぞ」
「はい」
…長くなるので割愛
日本人なら一般常識に近いことだがローマの奴隷には全くの新しい知識だそうでこういう話は楽しいらしい
マクシミヌスも訓練のときに動脈と人間の急所について話をしたときに驚いていたものだ
マシュアルにはヤギの腕を使って脱臼や骨折の整復方法、外傷の治療の仕方、皮膚・腱・血管の縫い方、切断時の断端形成の仕方なんかを指導した
まだまだ知識的に足りないが出来るところからやらせていくつもりでいる、最初の実験台になるであろうグラディアトルには感謝しかない
「何か他にはあるか?」
「あとは見てみないと何とも分かりません」
「そうだな、当分の間ヤギの腕を海水漬けでブヨブヨにしておくよ
そうだな腕と心臓と肝臓、腸のキレイな部分くらいは残して置こうか、縫う練習をしよう」
「はい!」
ニゲルやビョルカンの長い髪の毛を数十本斑に頂いたのは言うまでもないしハゲない程度に今後のためにと拝借する予定だからと念押ししておいた
ちなみにあれだけ嫌がっていた蛇だが塩味で表面カリカリに揚げ焼いたらあっという間に皿が空になっていたし、ヨーレシまで顔を上気させてホフホフ言いながら食べていたのには驚いた
また今度取ってこようっと




