敗残兵、剣闘士になる 053 狩り初日
「肉を食いたくないか?」
ビョルカンが朝の練習後に突然言い放った
「鹿か猪だな、熊でもいい」
ハーランドが乗っかってきた
「ちゃんと夕飯にするなら行ってもいいぞ、俺も行くがな」
斜め45度の決め顔でマクシミヌスが片方の口角を釣り上げた
「要はオココだな」
「ニゲルの投槍も期待しているよ」
ニゲルとオココも悪いニヤけた顔をしている
「毛皮は冬に被ろう」
「マツオは現実的な奴だな」
「ちょっと乗っかってこいよ」
「先に肉でしょ?」
「頼むよ」
「馬鹿なんじゃない」
皆から痛烈な批判を受けて少し心が折れそうだ
「手術の練習をするんでしょ?」
マシュアルのもっと現実的な言葉が皆をどん底に叩き落とした
「ここはコキュートスだったのか…寒い凍えそうだ」
マクシミヌスが迫真の演技で縮こまっていく
マギステルなんか辞めて俳優した方が向いているんじゃなかろうか、申し訳ないけど教えるの下手だし、とりあえず無視しておこう
「じゃあ解体のときに内臓と筋肉、神経の勉強と縫合練習をちょっとやってみようか」
「はい!」
マクシミヌスがハルゲニスに報告に行っている間にドライオスが狩猟用の道具を貸し出してくれた
藪鉈に草刈りの大鎌、網、藁縄、そして木製の鍬にオココ用に弓矢とニゲルの投槍だ
ついでに麻袋も3枚ほど貰っておいた、使い方は後でまた
マクシミヌスが許可を貰って帰ってきた
「今日と明日の2日間、山の草刈りを含めてのトレーニングだ
山にはオリーブとブドウの畑があるからそこに来る鹿と猪を中心に狙っていく
今の時期は狼も結構興奮する時期なのであまり刺激しすぎないように、良いな?」
「「おおおお!」」
鹿狩り、猪狩りは戦時中も配給に耐えられずに山の中を這いずり回っていたので勝手は分かる
分かるが絶対一日じゃ難しい、罠を大量に仕掛けておくことと山で排泄しないことが重要だ
荷物を抱えて川沿いの土手を10分も歩けばもう山がある、斜面の殆はブドウとオリーブ、栗と柑橘類だ
10月となると袖なし服で山は寒い、毛布の一枚でも欲しいところだが今は我慢して草刈りで体を温めながら進む、流石に編み込みのサンダルだが靴は履いており、藁も巻き付けてヒルと蛇の対策はしている
肌寒い時期の朝と夕方は動物の活動は鈍いのは全国共通だと思っている、ただし今は午前10時くらいで結構動いている時間と思っていいだろう
徐々に山に分け入ってくると上に下にと気を付けなければいけない
「ニゲル、止まれぇ、動くなよ〜」
「えええ」
ニゲルの横の木に蛇が巻き付いている、デカいな太さ5センチ、長さは4メートルくらい頭は丸いので毒なしだろうか
持っていた草刈り鎌で首を『パンッ』と落として胴体を回収、中指と薬指を軽く曲げて蛇の尻尾側から挟み込みしごいて中の血を抜いて麻袋に投入した
「持っていくのか?」
「まあな、生臭いが朝食べると体の調子が良いぞ」
「ひいいい」
漁師さんから魚を買うときに蛇の捌き方も教わったのだ、このあたりには結構ウミヘビも多く干物や乾物にして食べるし毒腺を薬にも使うらしい
頭が丸ければ大抵が毒なし、のハズだ
蛇の他にはうさぎやヤマウズラなんかをオココとゲットしながら進んだ
少し山を登り始めると緩い斜面のところに角を擦り付けたような痕跡を発見した
「鹿にしては削り跡が強くないか?」
「これ鹿じゃないんじゃないかな」
ハーランドとビョルカンに見せたら鹿じゃないという
「ああ、これヤギだな、家畜が逃げたんだ
近くにいるハズだから捕まえるぞ、山が荒れる」
マクシミヌスがきて直ぐに言った、確かに日本でも野ヤギで大変になったことがあったっけか、確か禿山になるくらい一気に増えて食い尽くすんだよな
「食っていいのか?」
「良いぞ、美味くは無いけどな」
「その辺は上手くやろう」
谷の方には小川があり足が届かなくはないが落ちたら流されそうだ
斜面のきつい谷の方と崖の上から探索するチームで別れて探し始めるとすぐに声が掛かった
「居た!水際、オココ狙えるか?」
「いける、射線通った、いきます」
ババンギが見つけてオココが射り矢は深々と首に刺さった
上流へ逃げようと動く度に血を撒き散らしながら進み次第に足が止まり横になって倒れた、ヤギの倒れた位置が悪く小川に足を浸けた状態になったがそれはそれで良しだ
直ぐに駆けつけ両後ろ足を縛って木に括る、意識のないヤギの首の矢の横をナイフで傷を広げて矢を抜き顔を水に突っ込むように放り入れた
このヤギ茶色いんだもの分からなかったよ
「これで血抜きだ、帰りに持っていこう」
「容赦なしだな」
「さすがはマツオ」
「頸動脈ですね?」
手際の良さに皆が驚いていたらマシュアルの一言に全員の顔が渋くなった
「罠を張って帰ろう、今日はもう十分だろう」
声を掛けて斜面を上がり猪のヌタ場や獣道、鹿の毛のついたヤブに括り罠と落とし穴、木と木の間が狭いところには鹿の角を引っ掛ける輪っかの罠を仕掛けて一旦もどった
ハーランドの罠づくりが正確で且つ泥で匂い落としをしたりと工夫もされていていい勉強になった
十分に狩人として生活できるとマクシミヌスに褒められ満更でもない顔をしていたのは面白かった
ヤギを皆で交代しながら担いでルドゥスに戻り成果を確認した
「蛇が6、ウサギが1、鳥が2、ヤギ1と1日の成果としては上等じゃないか?」
「そうだな」
「ヤギについては報告してこなきゃならん、ハルゲニスのとこに行ってくる」
マクシミヌスは早々にハルゲニスに連絡に行き、その後に逃げたヤギを放っておいた酪農家に報奨金を請求するらしい
「さて下拵えだ」
まずは湯を大量に沸かすところから始める
湯を沸かしている間に蛇は腹から割いて千切らないように皮を剥いでいく、1匹失敗したが5匹はキレイに剥げた
皮を剥いだら内臓を抜いて開きにして固い背骨を切り取る、パット見だけは鰻の開きに見えなくはない
「絶対見えない」
オココから突っ込みを貰ったが良しとしよう
うさぎとウズラは首を落として海に晒して血を流す
まだ湯が沸かないのでヤギの皮を剥ぐ
木に吊るして4本の足の足首に一周ナイフを入れて左右の足を繋ぐように内腿に切れ目を入れ首から尾まで縦線一本入れるとカタカナの「キ」のような形に切れ目になる
あとは足から皮を向いていくとあら不思議ペリペリ、ペリペリペリペリと剥けちゃいました
「こんな簡単なんだな」
「俺達からすれば普通だよな」
「そうだな」
ババンギの一言をハーランドとビョルカンが潰してしまった
そんなハーランドの手には既にウサギが剥かれた状態で吊るされていた、うーんキレイだ
「お湯湧いたよー!」
マシュアルの声で鳥を掴んで持っていく
鳥の羽根をお湯に漬けたあとで毟るのだ、そのままでも毟れるけど根っこから抜けず折れることがあるし矢羽にするにも羽根が曲がって上手く飛ばなくなるので慎重に毟る
胸のダウンになる部分は茹でて洗って乾燥させて取っておく、2羽分だけだから少ないがそのうち増やして羽毛布団にしようと思う
今日は蛇を食う、鳥もウサギもヤギも数日置いておかないと固くて食べられない
蛇は細かく骨切りして塩水でふやかした後でオリーブオイルとニンニクで炒めて食べるがそれはまた夕食の話…




