敗残兵、剣闘士になる 048 ハーランド
「では、始め!」
「キェエエエエエイ!」
「オォオアアアアア!」『ゴンゴンゴンゴンゴン』
いつも通りの気合い入れと木刀一本で正眼のまま構える
ハーランドも声とともに胸を張り盾を斧で叩き構えた
盾と斧を持っているだけの無構えみたいに見えるが自然な脱力がなされており簡単には踏み込めない
試しに『コンッ』と盾を叩いてみるが今までの誰よりも硬い感じがする
感心していると斧先の突きが飛んでくる、右へ身体を返して避け腕を狙って軽く切り下げを出すと直ぐに腕は引っ込み盾の押しというより盾で殴りに来ている感じで迫る
前になってる右足を盾に付けて盾の力を使って後ろへ跳び構え直す、また振り出しだ
ハーランドの顔は笑っている、斧を右肩に担ぎ盾を前に突き出すような格好に構えた
(嫌な予感、あれルクマーンにもやられたな
当たると交通事故なんだよ)
案の定、一歩目から全力疾走しようとしたのだろう一歩目が少し滑った、その辺が場に慣れてるルクマーンとの違いかな
如何に雨が降ろうが砂浜だ、踏み込めば足を取られるのは必然、でもちゃんと2歩目から立て直すところは鍛え上げた体の為せる技か
ギリギリで重心を右へ逃し足を抜き剣先を盾の端に引っ掛けて貫胴を放つ、ただし体には当てない
『ゴリンッ』と盾と木刀が擦れる音が後ろに聞こえ、残心のあと振り向き構え直す
「それまで!」
マクシミヌスの掛け声がかかり構えを解いて腰に剣を戻した
「マツオ、スエビに立ち向かえるお前は凄い」
マクシミヌスが囃し立てる、何がと問うとゲルマニアの民族の中でも最も屈強で最も強い種族とされているのがスエビ族なんだそうでローマが何度も辛酸を舐めさせられているのだそうだ
「もっと早く教えくれよ!ハーランドめちゃめちゃに強いぞ
足場が砂じゃなかったら俺死ぬぞ!ルクマーンにも言ったけど、盾にぶつかったら死ぬぞ」
「じゃあ2回も生き延びたな!」
「まあ、運良く」
こんなにしっかり褒められたことないからちょっと照れた
「ハーランドも強いな、体に合う武器と足場に慣れれば十分にパロスだ」
「負けたのか」
「アレが真剣なら腰から真っ二つだったな」
「そんなに?」
「マツオの剣はちょっと特殊でな、本番用の分厚い盾真っ二つにして皇帝に献上させられたくらいだったのさ」
「盾を切った?」
「なあマツオ?」
「こっちにきてからディニトリアスに作り方を教えながら作ってもらった試作品だったんで切れ味はまあまあでしたけど、木の盾と人間一人くらいなら出来ると思いますよ」
「そんな細い腕で人間が切れるのか?」
「柔らかいとこならスパッと行けますよ、腕力より技で切る感じです」
木刀で空を切って見せる
「なるほどそれを教われば俺ももっと強くなれるわけだな、ヨシ、学ぶぞ」
40近くになっているにも拘わらずハーランドの強さへの飽くなき意欲は素晴らしい、感心する
「じゃあ今度はビョルカンとニゲルだな」
「辞退します、ハーランドとマツオのを見て無理だと思いました、本気で」
確かに二人で軍に突っ込んで突き進める強さというのは異常だと思う、ハーランドの後ろか横か前かは分からないが付いていくだけでもすごいと思う
悪いがニゲルには荷が重いかもしれない
「じゃあマクシミヌスがやるしかないな」
ニゲルの小盾と槍をニヤニヤしたまま預かりマクシミヌスに差し出して意地悪を言ってみる
「なっ!ニゲル!頑張れよ〜」
ニゲルは首を横に振り続けるだけで一切のヤル気がない、マクシミヌスの心は遂に折れた
「ここはマギステルの腕前を見せるチャンスじゃないですか?」
「グウ、仕方ない今回だけだぞ!?」
「い〜ヤッホー」
強い人を見て学ぶ、心象の中で瞑想しながら闘うことも出来る、マクシミヌスも入れたいところだ
「マツオ、とやりたい」
「今何て?」
「相手、マツオがいい」
「いぃ〜おぉっしゃー頑張れよマツオ!」
マクシミヌスの心の底から溢れ出た歓喜の声だった、両手を上げて喜んで踊っていやがる
「仕方ないな〜やりますよ、2回目ですから疲れてるんですよ?」
「大丈夫」
ビョルカンが大丈夫って言わないで
「ちなみにハーランドとビョルカンはどっちが強いの?」
オココがハーランドに爆弾を投下した、それあんまり聞きたくないな
「決まっているだろう?ビョルカンさ、若い体のしなやかさもそうだが勝負感というかな、その辺が違うんだ」
ほらみたことか〜、俺が渋〜い顔を向けているその横でマクシミヌスはニヤけた笑いを隠すことなく進行し始めた
「じゃあそろそろやろうか」
「俺も槍にする、ニゲルのを貸してくれ」
「マツオは槍も使えるのか?」
「槍の方が慣れてる」
「何で刀使ってたんだよ」
「使ってみたかっただけだ」
「「「ええええええええ」」」
マクシミヌス、ニゲル、オココの声が揃った
「まあ始めようか、マツオ、ビョルカン準備できたら向き合って」
槍は長さ2メートルにちょっと足りないくらい、穂先は海綿、石突も海綿で巻いてある柄は細めで槍というか杖に近い感じだ
手に馴染む感じもいい、しっくりくる
ビョルカンはハーランドに何か聞いているようだ、ハーランドは砂を足でかいてみたり踏ん張ったときの足の取られ方なんかを見せたりしている
ただラテン語ではないので全く何を言っているか分からない
二人の問答が終わりビョルカンと向かい合った、距離は5メートル程だ
またマクシミヌスが「寸止めね?分かる?寸止め!」と自分の顔にグーパンチを当てずに止めるように繰り返し教えていたがさっきハーランドから聞いていたようでビョルカンはずっと頷いている
「よし、じゃあ怪我がないようにやってね」
本日急遽の2回戦が始まる




