敗残兵、剣闘士になる 004 ヨーレシ
翌朝、肩を揺さぶられて目が覚めた
目が覚めると手術台に寄りかかりながら寝てしまったらしい
肩に乗る冷たい手は誰の手だ?と見てみると青白い手が見えた
まさかと思いながら手を目で追うとそのまさかだった
「カヒーム!」
目が覚めていたが口がカラカラなのかなにも話せないらしい
温くなった食塩水をコップにいれて飲ませると小さいコップに二杯分を一気に飲み干した
「グラーティア」
カヒームは一言残してまた眠ってしまった、その表情は苦しさと疲れが入り交じったようなそんな顔だった
相変わらず熱が続いており湿らせた布はすぐに温まってしまうのでまた湿らせておいた
カヒームの熱は続いているがなんとか生きている、不安もあるが今日も生きていたという安堵もある
なんとなく外を見ればちょうど朝日が差し込んできて水面がキラキラ輝いてみえた
「のどかだ、イタリアって良いとこだな」
飛行機の音も車の音も聞こえない
勿論、空襲の鐘の音など皆無だ
ここ敗戦国なわけだし空襲ももうないか、扱い的には自分も一緒、もしかしたら日本も負けたかもしれないな
「ここ何処なんだろ
さすがに電車がないなんてこと無いだろうにな」
今のところ乗り物は馬車だけだ
馬は少し小さい、大きいのは食料にでもなったか?いや食料は昨日の夜でも十分な量があった
「本当にここはどこなんだ」
浜に出て周りを見渡す
木の柵で囲われた遠浅の砂浜、点在する海の家のような住居
東の方向には飛び出た岬
西には河口が見え、その先にも長く海岸線が続いている
ふと一つ気になる黒い人影が見える
小さな男の子、オココだ
浜に流れ着いた漂流物を引き上げて運んでいるようだ
大きいうねりのある巨木が一本邪魔になっているらしく細い腕ではどうにも引き摺れそうもない
自然に足が動きオココのところへ
「クラルス」
綺麗だとか清浄だという意味だったと思うがどうだったか
オココは顔を見た瞬間は人見知りのような感じで警戒していたがこの一言で笑顔になった
一緒にうねった木を運ぶ、オココの案内で昨日夕食を食べた母家?の裏に運ぶと一人の腰の曲がった女性が居た
薪をくべて大麦を炊いているところだったらしく甘い匂いがしてきていた
「フィーリア?」
なんとなく女性という言葉だったなと思ったら口に出て居たようで、腰の曲がったおばあさんとオココが顔を合わせたあと大笑いしていた
随分あとになってから分かるのだが『女性』ではなく『娘』という意味らしい
「ヨーレシ」
オココが女性を指差して教えてくれた
どうやらヨーレシという名前らしい
茶色に白髪混じりでお団子にしてある、おしりの大きい腰の曲がったおばあさんだ
顔はシワだらけだが幸せの横シワが多い色白な方だ
いい笑顔で笑いながら奥に歩いていき分厚い菜切り包丁のような物を持ってきた
木を指差して切るようなジェスチャーをしながら何か言っているが歯がないのもあって何を言っているのか全く分からない
「薪にしろ、ということだな」
頷いて包丁?鉈?斧?のような物を受け取り結構な数の流木を適当な長さに切り、割り、揃えていく
流木の中に一本、手で持つにはちょっと太いくらいの節のない枝があった
長さは1メートルと20センチくらい、太さ5センチ強、振っても殆んどしならない頑丈な木だ
繰り返し振ってみるが樫の木より少し重いくらい、形を整えればバランス位置も変わって素振りするには使いやすいかもしれない
「貰っても?」
ヨーレシに聞くと頷いているので了承されたとしておこう
全ての流木を薪に変えたあと、鉈斧を借りて枝を削っていく
長さは練習用なので3尺3寸程度、1尺分は柄として長方形から楕円形に削いでいく
始めこそ灰色にベージュ混じりだったが削っていくごとに栗の木のような濃い茶色いにベージュの年輪が浮かび上がってきた
「僅かな反りのある刃部分と丸めた切っ先、握りやすい柄、上出来だ」
左手で柄の下を持ち変な反りが出てないか確認しつつバリを削いで手触りを滑らかにしたあとに鉈をヨーレシに返した
油で磨きたいが油が何処にあるのか分からない、手の油が滲むまで待つかと思っていたがオココがもいできてくれた実を見て驚いた
「油が滴る実?」
オココの手は油でテカっており藁も一掴み分持ってきて両手を前に差し出してくれた
「くれるのか?」
何度も頷くキラッキラの顔を見ると末の妹を思い出す、性別は違えど同じような背格好だと重なって見えてしまいちょっと涙ぐんでしまった
「ありがとう」
首を傾けたオココの頭に『?』が浮かんでいるのが分かる
「グラーティア」
ニカッと良い顔をしてヨーレシの手伝いにいくオココのなんと清々しいこと
青い実を潰すと清々しい匂いとともに濃厚だがサラッとした油が弾ける
手に伸ばしてからまんべんなく薄く塗る、木が油を吸ったところは二回目を塗り木目とテカりがキレイに出たら藁で擦り余計な油を落としつつ磨きをかける
「いいなぁ」
余分な力みを入れず空気をピュッと切るように素振りを繰り返しながらカヒームの様子を見に戻る
ピクリともせずに眠ったままだ
寝返りを介助して床擦れを作らないようにしていく
頭に置いていた布で体を拭い清潔に保つ
汚れたらキレイに洗いまた拭く
全身を拭いたらまた頭に分回して冷やした布を置く
ついでに関節を動かしたり、油の実を手に付けて体の表面を撫でるようにマッサージしたりして免疫を活性化させていく
起きたら食塩水を飲ませて水分を補給させる
「何処かに果物でもないかな」
小屋を出て柵の際を歩いていくと近くに果物と野菜の出店が出ているのが見える
じっと観察するとイチゴのような果物とトマトのような物に杏子などが並んでいるのが見える
「あんなんが食えれば大分変わるのにな」
もう少し歩くと平たいサボテンに黄色い実がついているのが見える、近付いてみると
「甘い!匂いだけでも十分に甘い!」
雑草感丸出しのサボテンは誰も見ていない
チクチク痛いが実と果肉部分を柵の間から手を伸ばしてもいでみる
実が三つある、一つは毒味をしてみることにする
まずは腕に擦り付けてみて・・・大丈夫
次は唇に触れさせる・・・大丈夫そうだ
口にちょっと含ませて・・・旨い
ちょっと噛んでみて・・・甘ああああい
「こりゃいい」
サラッと一個食べきり実を二個とサボテンの肉部分を持ってカヒームの所に戻ると丁度良く目が覚めたようで水と一緒に渡してみる
ジュルッと音を立てながらあっさり二つ食べきってしまった
体を触ればまだ熱い、だが表情はかなりしっかりしてきている
「キブス」
凄いな~腹が減ったとよ
自分の左肩を叩いて、カヒームの腕をとり左肩に掴まらせて歩いてみる
相当痛そうだし辛そうだが腹が減っては治るものも治らないので食べることは大歓迎だ
隣の母家に連れ立っていくと視線は一斉にカヒームに向けられた
「グラーティア、***モルス***アルビトリウム」
今度は早くてボソボソ喋るから聞き取れない、死神と判断という言葉は分かったけど他がなんやかんやで全然分からない
「マツオ、アマデウス***メディケ!」
「「「「マツオ」」」」
「「「「マツオ」」」」
「「「「マツオ」」」」
「「「「マツオ」」」」
マツオの大合唱だ
昨日と同じ席につくとヨーレシさんからお盆に乗ったこんもりごはんと海苔巻きみたいな魚を盛っていただいた
何だろうかと思って齧ってみるとビックリするほど土臭いがどこか食べたような
「うなぎ!?」
「アングィッラ」
ヨーレシさんが正してくれたが、どちらにしろ鰻に間違いない、ぶつ切りじゃなくて今度開いて蒲焼きにして食べたい
魚を指差してヨーレシさんに言った
「コクウス」
自分を指差して魚を指差してもう一度自分と魚を往復させてみる
「アングィッラ」
一言告げて捌く真似をして見せる
「ハハーハ!マツオ、ピスクス クァクェ トラクトラムス」
何言ってるか分からないが頷いて捌く格好を見せると、ヨーレシからは「あとで来な」と言われているように聞こえたが実際には何を言っていたのか分からないというのが本当だ
食後にカヒームを連れて小屋に戻ると、また熱にうなされながら寝てしまった
水で体を拭き、油の実で体をマッサージ、額に布を置いて考える
「水が無いな」
塩は潤沢にある、砂糖が欲しいが食事の中にも砂糖の味はしなかったので此方でも高級品なのだろう
そんなことを考えていると、昨日この部屋に居たオッサンが帰って来た
「すまんが水はどこにある?アクアだ」
釜の上にある水瓶を指差す
オッサンは人差し指と中指を立てて軽く振る仕草をして呼んでいるようだ
浜を歩く後ろをついていくと河口に付いた
河口には木の杭が一本刺さっておりそこから縄に繋がれたタライが一つある
「川の水を掬うのか、持ち運ぶタライ要るな、グラーティア」
オッサンに礼を言って小屋に戻り布を洗うために使っていたタライを持って水汲みに行く
三回程でほぼ満タン(約10L)になった
煮沸したいが薪はあっても火がない、火打石もマッチもない、灰の中を探っても火が出てこなかった
「仕方ない擦るか」
細い枝を節の落ちた薪に錐揉みしながら原始的な火起こしを開始、だが数分経ってもなかなかに煙も上がらない
「鈍ったな」
大きな溜め息とともに顔を上げると入り口にオッサン、木のスプーンに灰と火のついた炭が乗っていた
「ブッ!ハッハーーヒーハアッハッハハ」
笑うのはいいが炭落とすなよ、早く火移してくれ
「***ヨーレシ***」
笑いながら喋るからヨーレシ以外が聞き取れなかったが、ヨーレシのところで貰ってくれば良かったのだ、うっかりだ
そのまま釜に火を入れたオッサンは木のスプーンを俺に渡した
「ヨーレシ****、***カヒーム」
分からない言葉が多い、カヒームは見ておくからヨーレシのところに持っていけと言われているようなそんな感じがする
「グラーティア」
とりあえず礼を言ってスプーンを持って母家に向かった
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まだ投稿数少ないですが毎日アゲアゲです