敗残兵、剣闘士になる 045 目がいい
セバロスは数日で首の腫れが引き、重湯でなくてもお湯をかけたくらいの大麦をかきこめるくらいに回復した
動くにはまだフラフラするが砂浜を歩くくらいは出来るようになり自分の家に戻っていった
治療所ではマシュアルと内職だ
乾燥ヨモギは石ですり潰し粉末にして毎食マシュアルに1週間飲ませて虫下しをさせる
残りのヨモギは煮出してトーガを漬けるのだが漬け汁に白くなった貝殻の粉末を少し入れることで青みが増させる
漬けて干して漬けて干してを3度繰り返し染色すると少し青みの強い若草色に染まった
刃物は無いのでヨーレシの包丁を借りて半分に切ると畳1枚分より少し大きいくらいの布が2枚出来た
なるべく縫いたくないので縦に二つ折り線を付けて開き左右から線を超えるように折って袖を切り肩部分を縫い付けるだけとして長いチョッキのような形に出来上がった
針と糸はハルゲニスに言ったところヨーレシから用意して貰えた
下手くそが夜なべして作ったこともあり出来上がるまでに1週間近く掛かったが愛着のある2枚が出来上がった
一応裾や袖口、襟部分は折り返して縫い付けてあるし作務衣のように紐で括り付けられるように工夫したが着てみて少しダサいなと思ったのはナイショだ
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袖なし浴衣が出来上がる少し前、9月1日の1日前の8月31日に鐘がなったり市場が出たりと大盛り上がり、マルクス・アウレリウスの共同皇帝であるコンモドゥスの生誕祭が国全体で行われ国民の休日の様であった
勿論、剣闘士達も祭りに参加する
サンーアの街にはハルゲニスのファミリアしかないため木剣による同門対決が行われた、出場するのは傷のない自分と打ち身切り傷の治ったニゲル、ババンギ、最後に人気者のカヒームが選ばれて祭りに華を添える、マシュアルは見学だ
街の広場の真ん中に剣闘士4人で四角を作ってその周りを円く観客が囲む
続々と人が集まり直径7、8メートル程の闘技スペースに人垣が壁を作った、審判に来ているマクシミヌスが観客に手を出さないように声をかけつつ談話を始めた
まずは自分とニゲルの対決からだ
「今回は盾を使わない奇異な闘士と少し東のトラキアの闘士の闘いだ
槍と剣の叩き合いに盾を使わず如何に避けてどうやって捌いて、でも突かれてぇ切って〜とどうなるかはお楽しみ
一番前の人は踏まれないように気を付けて、後ろの人は頭の間から顔だして、真ん中の人は潰されないように気をつけて下さい
さあ、参りましょう、盾を持たない剣士マツオとトゥラクスのニゲルだ、見合って〜始め!」
久しぶりにニゲルと戦う、この前が練習含めて初勝利だったらしいがその経験でどう相手を見ればいいのか分かったと豪語していた
マシュアルにもそれは伝えてあり自分が勝とうが負けようがしっかりと二人を見ているようにと声をかけてある
一応怪我しないように寸止めすることになっているがニゲルは出来ないだろうから骨折くらいは覚悟が必要だろう
一応ニゲルは右腕のマニカと両下肢に短い革張りのオクレアをつけて四角い盾と槍(穂先は海綿を括り付けた物)を持っている、自分は何もつけていない
まずは防御しやすい正眼で構えて動きを見る
構えがちゃんと腋を締めるようになり窮屈さにはまだ慣れないようだがそれでも様になっている
視線の動きも顔や剣を行ったり来たりしないようになっている、なんとなく全体を見ようとしているのは分かるが少しボーッと見すぎてや居ないだろうか?
剣先を少し上下すると一瞬だけ視線は剣先に移ってしまう
(いや〜、それじゃあ駄目なんだ)
視線がなんとなく合った時にニゲルの左足に視線を落としてみる、おそらく槍は突きに出るだろう
予想通り真っ直ぐ突きが出てきた、剣で左へ弾いて返す刀で顔を狙うと盾でボコッと防がれる
ただし盾で止められる速度にしかしていない、左足でニゲルの左足を蹴り上げてバランスを崩し、盾が持ち上がった状態から下ろせないのを見越して右の首筋に刃を置いた
ニゲルは盾を下ろし助命を願った
「勝者マツオ、ニゲルの突きも良かったがもう少し良く見ような?
マツオは次の勝者と戦うから体冷やさないように」
「はい!」
「はい、皆さん如何でしたか?盾を持たない剣士強いでしょう
普通なら自殺行為ですね、歴戦の雄である私なら…やっぱり怖くて真似は出来ません
では次はお待ちかね、カヒームの出番です
対するはディマカエルスのババンギ!こちらも盾を持たない戦士ですが両手の剣が盾でもあり剣でもある不思議な動きをしますので目を離さず見てくださいね〜いいですか〜」
相変わらずマクシミヌスの口の滑りが良い
一旦、休憩がてらマシュアルに話しかけた
「どう見えた?」
「ニゲルさん構えがしっかりしてました
ただ小さい動きに目が取られるみたいで剣先をみちゃってました
あの突きを待っていたように見えましたけどどうしたんですか?」
「よく見ていたな、あの突きは出させたんだ」
「出させたっていうのは?」
「ココを狙っているよという目線だけ入れたのさ、今回目が合いそうな一瞬に左足をチラッと見て誘い出しただけだな」
「突きが思ったより早かったら?」
「刺さる、でも穂先の少しだけかな
ちょっと後ろに重心落として下がればいい」
「いつもの練習ですね」
「そうだ、感想戦は一旦止めてカヒームとババンギの試合を見よう」
「はい」




