敗残兵、剣闘士になる 044 身体を鍛える道
いつも通り朝焼けとともに起きた
セバロスはコンクリートベッドでスヤスヤと眠っており、マシュアルもコンクリートベッドに抱きつくように眠っていた
マシュアルを起こして少し朝のトレーニングをすることにした
「朝は体の動かし方だ、まずは見てて」
腰を少し落とし手をヘソの前で組んで腋を締める
右足を少し前に出し足の向きに腿と肩の向きを合わせ前を向く
右足にかかる重心を抜き前に体が倒れる必然の動きを利用し重心を右足で追い抜いて前に倒れないように重心位置を維持しながら擦り歩く
「はい、やってみて」
マシュアルも形を真似て動き始めるが普通に足を踏み込んで歩いている
「格好はいいぞ、今度はやり方と意識を教えるからもう一度やってみようか」
重心の抜き方、イメージは球が転がるように重心位置は常に変わらず運動方向だけを意識するような膝と股関節、肩甲骨の使い方を教える
「窮屈な動きだが慣れると自然と形が決まるようになって全く力みが無くなるんだ
体の動きの中でまずは骨の動きと骨にかかる力を感じて動こう」
「?はい」
まだ分からなくてもいい、重心を抜いたときの体にかかる加速度を理解する練習だ
その後もその場受け身や棒(杖)を使った廻杖術、棒を重さに任せて落とすところから廻剣の練習と廻剣しながら得られる棒の重みの速度で素振り、手を組んだ状態からの手の返し練習などで物を最適に使える手になるようにみっちり練習をしつつ昔の自分を振り返った
「疲れた、体の疲れというか怠い」
「いい傾向だ、内側の筋肉の悲鳴だぞ
じゃあ一旦セバロスを見に行くか」
治療所にセバロスを見に行くと「水、水」とうなされていた
全く水を補充していくことを忘れておりヨーレシに頼んで水を分けてもらって塩を混ぜた水を飲ませた
朝飯前に川の水汲みをマシュアルに教え、ついでに体を拭いてきた
今まで気にしていなかったが二人共ずっと上裸だ、そろそろ服を買わねばならんと思った…
「あっ!血まみれのトーガがある!」
水を持って治療所に急ぎ、火を分けてもらって煮沸消毒
グラウクスに頼んで持ってきてもらった治療道具の中に血まみれで何箇所か千切れたトーガが入っていた
「あった!着流しが作れるぞ!」
着流しというか袖なし浴衣か?と思ったがどっちでもいい、とりあえず血を抜いて染色でもしないと透けるな
「マシュアル、飯を食べたら海で洗うぞ」
「はい」
朝ごはんは山盛りで腹を吐く寸前までマシュアルに食べさせ少し寝る、セバロスには重湯と塩漬けのオリーブ、果物をプレゼントした
腹が落ち着いたらトレーニングがてらトーガを海で洗う
畳横に2枚分より少し長いくらい、二人で海水で汚れをふやかしながら水面に叩きつけて汚れを落としていく
新しい血のりは直ぐに落ちたが茶色く固まった汚れはなかなかに落ちない、それでも時間をかけて叩きつけていくと薄く色が残る程度まで落ちた
「あとは何色に染めるか」
「染めるの?」
「血のまだら模様だしこのままじゃチンコが見えるぞ」
「それは恥ずかしい」
お股を手で抑えてモジョモジョしている、まだまだ子供だな〜
「川沿いに行こう、何か良いものがあるといいけど」
砂浜を摺り足で移動する、上手く摺り足ができると爪先で踏み込んだ凹みが出来ない、マシュアルはそれを不思議そうに見ていた
土手を上がって川沿いを行くと雑草だらけだ
「ヨモギか?葉は似ているから大丈夫だろう
若草色でも良いかもしれないな、ちょっと斑になりそうだがそれも味だろうか」
川でトーガの塩落としをしてからヨモギもどきを大量に詰んで持ち帰りとりあえずヨモギもトーガも全部陰干し乾燥させ、染色用の白くなった貝殻を拾い集めて置くことも忘れない
「今度は人間の骨の位置と形だな」
頭蓋骨からスタートして首の骨、手足とお互いを触りながら骨の位置、動きと指先・足先・目線と連動した動きをひたすらに感じる練習を反復していく
そんなことをしているうちに日が暮れて夕食、夕食後は体の拍動を感知する練習だ
マシュアルはまだ栄養失調な状態なのでトレーニングは少なめで体作りを優先する
ただし体作りは脳と身体を繋ぐ感覚の統合をしながら行っていく、自分の身体がどう動いているのかを感じる深部感覚と自分が今どう動こうとしているのかをしっかり重ねていくのだ、そして目・耳・鼻・口・皮膚で感じる感覚器で捉える周囲の状況に自分を溶け込ませて見えていなくても感じることのできる感性を鍛え上げていく
まずは最適に使える身体を得ることを優先する
武道だけではなく医術にも同じく通ずる基本にして極意である




