敗残兵、剣闘士になる 043 帰宅
翌朝、帰り支度をしていると奴隷商から新たな奴隷が連れてこられた
「ハルゲニス、新たな奴隷が来た」
「そうか、面倒見てやれ」
「剣闘士としてでしょうか、メディケとしてでしょうか?」
「いいようにしろ」
「分かりました」
「あと昨日の治療費も来てる、金貨が20枚だ取っておけ」
「ありがとうございます」
これで貯金は金貨で40枚になった
あれ?奴隷の借金返せちゃうけど?と思ったけどとりあえず懐に仕舞っておいた
新たな奴隷は体が土で汚れて黒く髪もボサボサ、目はギョロッとしていて手足は細いのに腹だけが大きく出ている
先ずは虫下しして栄養のある物を食べて体を衛生的に保つことからだ
虫下しには大麦もいい食事ではあるがヨモギが最適だ、蒸して体を温めて清めるのもいい
そんなことを考えながら新たな奴隷のところへ向かった
「マツオだ、グラディアトルをしながらメディケをしている」
「マシュアル」
「お前の指導は俺がする、よろしくマシュアル」
「…」
「何でも聞いてくれ、俺も知らないことだらけだから俺も勉強する」
「…」
口を尖らせて抗議の顔だろうか、まだ慣れないから仕方ない、歳も一回り違うし仕方ないだろう
しばらくして先に馬車が出発した、中には武具とセバロスが積まれておりイフラースとルクマーンが御者兼護衛として行った
マリーカとオニシフォロスは早々に早駆けの馬で帰ったらしい
グラウクスとディニトリアス、ヌワンゴは武具になる材料を集めて馬車に積んで帰るそうで昼過ぎの出発となるのだそうだ
宿舎を貸してくれたファミリアの事務さんは「こんなに自由に動いているグラディアトル達を初めて見た」という程だ、本来なら看守見守りで縄で繋がれたり檻馬車なんかで運ばれるらしい
まあ奴隷ならそんな扱いでも仕方ない気がするがハルゲニスのファミリアで良かったと思うところである
帰りもカヒーム先導で帰るがセバロスの変わりにマシュアルが加わった
「マシュアルだ、よろしく、俺の子になる」
マシュアルの代わりに挨拶した
「そうか、マツオはもう解放されたんだったな」
「え?もう?」
「マツオずるいぜ」
オココとニゲルが抗議してきたが仕方ない、刀売ったんだもの
「おかげでせっかく作った刀が無くなったけどね」
「俺のロンパイアだって売れれば…」
「僕の矢だって…」
ニゲルとオココの露骨な悔しがり方が面白かったのがマシュアルが少し微笑んだ
「良し、奴隷のお二人さん行きますよ〜」
「くっ」「うう、はい」
カヒームが先頭になり最後尾を自分が勤めて歩いて街をあとにした
途中の浅瀬の川でマシュアルを洗い、伸びて汚れて固まった髪を切り落とし虎刈り(下手な坊主頭)にした
黒かった肌は浅黒いカヒームと同じようアラブ系の肌の色、髪は黒で顔の彫りは少し深いくらい
「体は細いがなかなかいい顔をしているな」
「カヒームもそう思うか」
「ああ、ガラティア(現トルコ中央、カッパドキアまで行かない)の方だろ?なんせ俺と同じ顔立ちだ」
マシュアルの方を向いて聞いた
「シリア(現在もシリア)」
「もっと向こうだったか
大変だったろう、迫害もあったろう、良く生きていたな」
マシュアルはカヒームの言葉に涙が潤んでいく
「グラディアトルとしてかメディケの弟子で買われたか知らないがマツオの元で学べ、マツオも来たばかりだから分からないことが多いからローマのことは一緒に学ぶといい」
「はい!」
いい返事だ、見た目は栄養失調の子供だが芯は強いらしい
カヒームの方が余程先生向けな気がする
「とりあえずメディケの知識も技術もグラディアトルに応用できる、どちらになるにしろ体作りからだ、先ずはいっぱい食べよう!オー!」
「オー!…?」
レッツゴー!のノリで右手を挙げて見せると、マシュアルは恥ずかしそうに真似をして首を傾げていた
「久しぶりに元気の出るアレが食いたいな〜、なあマツオよ?」
「アレ…?あああ、アレね!取っていこうか、浅瀬だし何処かに居るだろうさ」
「そうだな」
ニゲルは怪我をしているオココの足を濡らさないように担いで渡して水浴びをしていたので、マシュアルをオココに預けてニゲルとカスタノスも参加させて川で魚とり大会を開催した
川を上から覗き込み、ときには川へ顔を着け魚を探す
「ズルいぞ!」
「良いんだよ、俺達の練習だ」
「そうだ、そうだ」
ニゲルが網を打つカヒームとカスタノスに抗議していたがカヒームが突っぱねた
浅瀬なので上手く打てばかなりの確率で魚が取れるのは言うまでもない
1時間くらい遊んでいたが成果はニゲル0、マツオ1、カスタノス3、カヒーム5とレティアリウス組の圧勝、マス?とフナ?が3尾ずつ、オオウナギが2尾、ナマズが1尾取れた
「ウナギとナマズは麻袋濡らして持って帰るとして他の6匹は焼いて食おう」
「そんな時間あるのか?」
「確かに、じゃあ開いて塩振って干しながら行くかな」
まだ旅の途中、且つ今日のうちにルドゥスに着かなければいけないのだ
さっさとナイフで開きにして内臓を捨てて腹を洗いカヒームの持っていた塩をこれでもかと塗ったくって木の棒に刺して担いでいくことにした
歩くたびに魚が揺れ乾いていくのが見え、塩を多めに振ったことで寄ってくる虫も少ない
いつぞやの教会を過ぎる頃にはもう中天を過ぎ、ルドゥスに着いたのは夕焼けの時間帯に差し掛かっていた
マシュアルは目は半分しか開いておらずフラフラだ、皆もヘトヘトだが大麦ご飯の炊ける匂いに釣られて6人とも歩きを止めずに母屋に向かった
母屋に入り大麦飯を頬張る、相変わらずボソボソの飯だが空腹のスパイスは相変わらずよく効いている
「マツオ、魚、食わんか?」
カヒームが食べながら声をかけてきた
「塩でいいよな」
「仕方ない」
カヒームの不満気な表情が見えるが飴ないし仕方ない、カヒーム含めて歩いてきた面々には塩煮豆とサボテン炒めだけじゃ物足りないらしく熱視線が刺さる
そそくさと裏に回って給仕のヨーレシに台所を借りて調理開始
生乾きの麻袋からオオウナギとナマズを取り出すと弱っているがまだ生きていた、生命力抜群だ
塩でぬめりを取って杭打ちして開きにして串打ちしていると、ヨーレシがどこからか小さい壺に入った黄色い液体を持ってきた
「これ、蜂蜜?」
「ヒッヒッヒ」
暗がりのオイルランプに照らされ悪ドイ顔をした魔女のヨーレシは頷きながら笑っている
ウナギとナマズを炙ってもらいつつ、ボロネギを焦がすほど焼いたトロトロの内側部分とガルム、蜂蜜で蒲焼きのタレを作った
焼き上がった串達を蒸している間に干物を軽く水洗いして直火焼き、数分もすれば干物が焦げるいい匂いが立ち込める
干物の焼き上がりに合わせたかのように丁度良く蒸し上がり、タレを纏わせて焦がす
前回の飴と違う蜂蜜の香ばしさと甘い匂いに鼻腔をくすぐられながら焼き上げるとヨーレシの口からは白糸の滝のような涎が流れ落ちていた、流石に汚い
完成した蒲焼きを持って広間に行く
「あれ?」
なんか人が増えてるよ?
オニシフォロスとマリーカがいないくらいで全員が揃っている、おかず足りないんじゃ...
自分の分の4分の1切れを大事そうに抱えたヨーレシが後ろから歩いてきて広場を見て後退りしたのも分からんでもない
いかつい男達に睨まれたら溜まったもんじゃないだろう
ヨーレシは何事もなかったように大麦飯をウナギに盛り付けて裏へ消えていった
「カヒームどうするんだこれ?」
「仕方ない焼いたのは3匹貰う、鰻も1匹分俺達で貰うから残りは振る舞え」
「聞いたか!それでいいか!?」
「「「おう」」」
ドクトレのドライオスもマギステルのマクシミヌスもドスの利いた声を鳴らしていた
皿を置くと蟻のように男達が群がりあっという間に魚も大麦飯も消えていった
あとから来た6人はそれを横目にゆっくり食べた、マシュアルはずっと泣きながら食べていた
人がいる所でご飯を食べれば奪われ、腹一杯食べることも今まで出来なかったらしい、誰も自分のご飯を奪わず分け与えてくれすらいることに感謝してばかりだった
カヒームも蒲焼きを食べて泣いていた、生きていて良かったうまい飯が食えると...腹減ってただけか?
食後に寝床にしている治療所に行くとセバロスが横たわっており掠れた声で「おがえり」と言って再び寝始めた
マシュアルは怯えていたが首を切られて治療中に一度死んだけど蘇ったことを話すと胡乱げな表情でちょっと引いていた




