敗残兵、剣闘士になる 041 世間話
マリディアーンの全ての仕合を終えた頃、治療の甲斐があってセバロスが虚ろに目を開けたが何の反応も無しに目を閉じた
虹彩の反応も良い、とくに眼位(何も異常なければ目は真っ直ぐを向いている)にも異常なし
「脳に異常は今の所ないな、脈には少し不整があるがいいだろう」
脈を取るとたまに期外収縮(一定のペースを外れた心臓の収縮)があるものの、連続はせず1分にあっても2回程度だった
「運ぶか?」
「誰も居ねえぞ?」
「そうだった〜、後で板でも借りて宿舎まで運ぶか」
「それしかねえな」
グラウクスとどうするか話していると会場の興奮は最高潮に達した
マリーカの闘いが始まったのだ
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最終日だけあって上位の闘いも白熱する
マリーカは赤尽くめの装備だ
1.5メートルほどの赤い槍の柄に小さい鉄球が付いている
盾も赤く縦長の楕円型形、少し面長の顔で目から赤い血を流しているような仮面をかぶっている
相手はセクトール(追撃闘士)、マリーカと同じくらい170センチくらいの長身、赤く焼けた肌、太い右腕には肩から手首まで黒いウロコのようなマニカ、網目のような覗き穴のある鍔広の黒い兜で黒い鳥の羽がトサカのように靡く、左腕には同じく黒塗の少し細めの大盾、武器は少し長めのグラディウスだ
「始め!」
審判の声の途中からマリーカは左足で地面に線を引き、そこから大股で5歩下がった
「キーィッダ ンゼ ゥデ ゥロ モンドッ」
マリーカは現地の言葉で「その線を超えたら殺す」と一言告げ、直立の姿勢を取った
会場の観客は何が起きているのか分からず静寂を保っている
相手は何を言っているのか分からないし別に関係なく殺しに行くだけなので構わず走って踏み込み、盾を前に突き出したジャンプ突きから闘いを始めた
始めたのだ、すぐ終わってしまったが
マリーカはジャンプ突きを左へステップを踏んで盾で叩くように受け流し、バランスの崩れた着地を狙って鉄球を上に持ち替えぶん回して顔を殴った
セクトールは衝撃に耐えられず後ろ向きに仰反るとほんの瞬きの間に槍を胸に突き立てられ、果てた
「フォオオオオオオオオオオオオオ!」
甲高い雄叫びを上げたマリーカは槍を上げ下げ、両足を少し広げて地団駄を踏むようにステップをしながら踊る
余りの呆気なさに観客は疎らな拍手のみ
主催者のところに行かないため審判がシュロの枝を渡して退場願った
マリーカは踊りながら出口へ降りていった
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「なあ、マリーカの仕合って終わったと思うか?大分静かだ、拍手が聞こえるって初めてだな」
「多分終わった、大体マリーカは盛り上げる気も無いから開始すぐで殺しにかかるんだ」
「うわぁ」
「生まれながらに戦士の教育がされて現地では闘える敵がいないからって自らローマに来てハルゲニスのファミリアに入ってきたんだ」
「なるほど、所変われば品変わるってか」
「うん?まあな」
「オニシフォロスは?」
「あっちは、元々パトリキ(貴族)の三男坊だ
それもローマ軍の軍務に携わる家系だ」
「それじゃそっちも子供の頃からか」
「そうだな、ちゃんと基本から剣術も習ってたらしい、グラディアトルになってから引き分けはあっても負けてないんじゃないかな」
「そんなに強いのか!セクンドゥスなのはなんでだ?」
「顔だよ、カヒームも強いけど、カヒームの方が女受けがいいからさ」
「なるほど〜」
いつの世も顔が重要らしい
そういえば社交会(出会い系)のダンスホール(踊りながら相性を見る)でチケットに500円(現在で約10万円)も払って3回分買って3人踊って結果誰も外に連れ出せなかったな
あー苦い、ドクダミ茶くらい苦い思い出、そして痛い出費だった〜
最終的に顔がイマイチで終わったんだもんよ、溜まったもんじゃない
セバロスを挟んで世間話に興じた二人だった




