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敗残兵、剣闘士になる  作者: しろち
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敗残兵、剣闘士になる 039 及び腰


 最終の3日目の朝だ


 今日の午前中はウェナーティオ(野獣闘士)でオココの2回目の登場



 朝一で待機所にハルゲニスが戻ってきた

 今日登場しているのはマツオ、オココ、セバロス、マリーカ、オニシフォロスの5人だがマリーカとオニシフォロスはどこかに呼ばれており居ないので実質3人だ



「皆聞け、嫌な予感がする

 たった今、ウェナーティオに2人出せと連絡があった

 普通は鹿とかイノシシとかあっても牛くらいなもんだが大きな牛でない限りは大抵が1人だ

 普通じゃないとなると熊か大猪、オオトカゲだ」



 話を聞いたオココもセバロスも真っ青な顔をしている



「オココ、お前はもう決まってしまっている

 もう1人出すとしてもセバロスは出せん」


「え?」



 セバロスは急に目を見開いていい顔になった

 明らかに喜んでいる



「でだ、今出られるのはマツオしか居ないんだが良いな?」


「オココはそれで良いのか?」


「マツオなら良い」



 断ってくれ!と思って聞いてみたが

 えええええ、俺嫌だ



「武器は何を?」


「ん?あっ!献上していたな

 どうする?」


「ディニトリアスがコペシュを研いでいてくれれば使えるかも知れないけど、心許ないな

 盾と槍を借りるか…」


「今すぐ見てこい!」


「はい!」



 衛兵に声をかけ急いで倉庫へ

 なるべくキレイな盾と槍を探すが盾は残念なことに穴が開いていたり半分に割れていたりと碌な物がない

 槍は少し錆びてはいる物の刀身の太い刺すしか能のない槍を発見、柄も腐っていないし穂先との繋ぎ目も緩んでいない


 状況を聞いた衛兵さんも仕事そっちのけで探してくれている



「あとは布か網無いですか?」


「どっちもあるが大きさは?」


「大きければ大きい方がいいです」


「血まみれのトーガが一枚!網もレティアリウスの物が有りました」


「どっちも貰います」


「どうぞ!そろそろ始まります待ってて下さい」



 奇しくも倉庫は登場口前だ

 すぐ別の衛兵に連れられてオココもやってきた



「上がれ!」



 本日の第1回戦が始まる


 オココとともに闘技場へ上がる階段に足をかける



「マツオ、持ってきたよ!」


「ヌワンゴ!ありがとう」



 腰に巻く革鞘の付いたコペシュがヌワンゴから渡された



「親方にもありがとうと伝えて!」


「はい、頑張って下さい」


「おうよ!」



 鞘の中を軽く確認するとしっかり研がれており、血錆の跡もない全くの新品のような刀身、もしかしたら使われないまま朽ちて消えていく運命だったのかもしれない



「行こう、マツオ」


「おう」



 予備だが信頼できる武器が1つあるだけでも心強くちょっと嬉しい

 上裸でパンツと腰巻きだけ、トーガを左腕に巻いて槍を持ち、網を丸めて右手に持ったまま闘技場に上がった


 オココと二人、中央に向かって進むと観客からは大歓声が上がる


 改めて客席を見ると随分と人が多い、7階席くらいまであるし満席の状態だ

 オココの仕合のときに見たときは楕円形で長い方の直径で50メートルくらいだったように見えたが実際に中に入るともっと狭く見えるのは不思議だ



「マツオ見て」


「熊か〜デカいな」



 反対側の入り口から四角い鉄の檻に入れられた3メートル近い熊が押し出されてきた


 『ガシャン』という音とともに檻の前が開き、棒で突かれたのか「グモオォ!」という低い唸り声を震わし闘技場に入ってきた


 熊が檻から出るとあっさりと檻は引っ込んでしまい、鉄柵で出入り口を塞がれた



 熊はまだ状況が分かってないらしい、人の多さと歓声が萎縮させているような状態だ


 すると観客席から熊の前に何かが放り投げられた、いや何かじゃない、あれは肉だ



「マズイ、オココ、上からの矢に注意しろ」


「え?」


「どちらかが狙われている筈だ、とにかく観客席で弓を持っているのを探せ」


「なんで?」


「空腹の熊が人の味を覚えてからよく動けない俺たちの匂いを嗅いだらどうだ?餌だと思うだろ?」


「なるほど!危ない!」



 オココは瞬時に見つけたらしい、俺を押し倒して守ってくれた



「マツオ、足をやられた」



 オココは左足の脛から脹脛まで裂傷が出来ておりかなりの量の血が出ている



「止血しよう」


「今はまだだ、すぐ止血したらもう一射くる

 このまま僕が囮になるよ、マツオが殺って」



 オココの強い意志を感じたがそれはちょっと頂けない

 日本男児たる者、女・子供を危険な目に合わせる等言語道断



「いや、止血する

 オココの流した血は無駄にしない」

 


 オココの血を自分の両腕と胸、腹に塗り、トーガのキレイな部分を裂いてオココの下腿全体にキツめに巻きつけて半固定状態にした



「オココには必殺の一射を頼みたい

 頭でなく目か鼻か口、耳とか柔らかいところを狙って射てくれ

 絶対にオココのところまでは行かせない、いいな?」


「分かった」



 オココは頼もしい戦士だ、絶対に必殺の一矢を射てくれると信じて背中を預ける

 何があろうともオココには触れさせない


 熊は少しの肉を食べ終えてまだ周りを窺っているが闘技場に吹き下ろす風が入ってきた瞬間に目が合う


 少し熊に近づいて網を広げておく



「いざ!参らむ!」



 熊に視線を合わせながら近付く


 先ずは槍で行こう、槍で仕留められるならそれで良い


 槍の中程を左手に少し引いた位置に右手を添える、槍先を少し下げ右構えの下段の位で近付く



 熊が少し怯むと観客席の兵士から矢が放たれる、中途半端に刺さらないようにチクチクやるくらいだが怒らせる分には十分だ

 熊はこちらの視線を切って観客席の射手の方に向かって立った、両手をダランと下げたまま



「ボオオオオオ!」



 一部の観客が震え上がっている、笑いながら矢を放っていた兵も顔を引き攣らせている



「こっち見ろー!」



 今が好機!とばかりに体重を載せて左膝裏に槍で突きを放つ

 関節の間を狙った一撃で穂先は関節の中に残ったまま柄が斜めに折れた



「うそーーーん!」



 自分の顔が反射的にムンクの叫びのような顔になり観客席からちょっと笑いが漏れたが気にしない

 熊は観客席側に膝から崩れ壁に持たれる格好になったので折れた柄の尖った部分も同じ左膝に刺して柄尻を足で踏みつけて深い傷をさらに広げておく


 数歩下がって今度はトーガを一巻き分を左手に巻いておき右手で広げてヒラヒラさせる、これにもオココの血が少し拭われているのでそこそこの匂いは放つ筈だ



「おい、逃げるな!」



 熊は左足を引き摺りこちらをチラチラ見ながら入ってきた出入り口に向かい嫌だった筈の鉄柵を叩く

 古代文明の鋳造物だが、現代と遜色ない、もしかしたら強度はローマ帝国時代の方が強固かもしれないとここに来てからよく思う



「ヒィイイン、キュゥーン」



 鉄柵の前に座り込んで泣いてしまった、こうなったらもう襲っては来ないだろう


 オココも痛い足を引き摺りながら近くまで来た、熊までの距離は10メートルもない



「なんか拍子抜けだけど、瀕死ほど怖い動物は居ないからしっかり仕留めてやってくれ」


「うん」



 オココは弓を引き絞り熊がこちらを振り向く瞬間を狙って矢を放つ、涙を浮かべた目を例の矢が貫き脳に至った


 胡座位で座っていた熊は顎を痙攣させ口から泡を吹いて仰向けで倒れ息絶えた


 一応死んだふりじゃないかだけ確かめるためにコペシュを抜いて頭の近くまで摺り寄って頭を叩くがピクリともしない


 即死と言えどもなかなか怖いものだ


 素早く顔を回り込んで首を切ってみるが血は吹き出さず流れ落ちるだけだった

 その場から離れコペシュに付いた熊の血をトーガで拭い納刀、オココの手を繋いで両手を振り上げた



「死んでたぞ、いい腕だ!」


「矢がいいんだよ」


「当てる腕がなければ意味が無いのさ、帰ろうぜ、治療所に」


「そうだな」



 観客に手を振りながら歩く

 野獣との闘いのときにはそれほど名誉(パルムや月桂冠等)を頂くことはない

 特に今回のような熊の戦闘意識が低い状態なんて珍しい限りだろう

 田舎ではツキノワグマに顔を殴られ右目と頬、オデコの右半分が抉り取られてなんで生きてるの?という爺さん婆さんがいるが皆口を揃えていうことは同じだ



「熊にあったら死ぬと思え、遭わないようにすることが大事」



 だそうだ、あんたらよく生きていたよ




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