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敗残兵、剣闘士になる  作者: しろち
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敗残兵、剣闘士になる 038 人気


 2日目の最終戦はイフラースだ

 相手はムルミッロだ

 装備は魚のヒレが付いた鱗の形が刻まれた兜に右肩から手首まで真鍮でウロコ状に加工されたマニカ、両足にも同じくウロコのオクレア、角が取れた四角い大盾は青く塗られている、武器は少し長いグラディウスだ


 イフラースは顎の突き出たような兜に右の肘から下にマニカ、両足にオクレア、右手に新しいファルカタ、左手にはカエトラと呼ばれる丸い盾(直径50センチ位)を持つ、色は全体的に焦げ茶色で派手さに欠ける



 試し切りで切れ味の良さを証明した真剣を受け取り構える



 イフラースの生まれはカルタゴ(現チュニジア北部)だが縁あってバエティカ(現スペイン南西部)に育つ

 バエティカを含むヒスパニア(現スペインとポルトガル)の地方での代表的な武器がファルカタとカエトラだ、ずっと見て育った武器を取り剣闘士として活躍している



 象の鼻のようにくるっと丸まったファルカタの柄をゆるく握ってバトンのように手首でクルクルと回す


 元々構造上よく切れるファルカタを回転の勢いを付けて振り切ることで抵抗少なく、且つ自然と深く切り込みを入れられる、撫で斬るように使うのは刀と似ているところがある



 ヒョンヒョンと音を鳴らしながら距離を詰めるイフラースに全く動じずに機会を窺うムルミッロはファルカタが後ろに回る瞬間を狙って突きを放つ


 イフラースは突きに対して盾で防御するわけでもなく手首を狙って内側から払うように剣先を回す

 当たればお互い傷になるが後々不利になるのはムルミッロの方だ、突き出したグラディウスを寸でのところで戻す



『ヂッ、ギンッ!』


「先ずは指一本」



 突きを戻すよりファルカタの方が早かった

 火が燃え盛るような変な刃文が入った新しいファルカタの切れ味はオカシイ、いつもより少し重たくなってはいるものの重心位置が体にフィットすることで重さは感じないし切った感触が薄く抵抗が少なく深く切れている



(骨に触れた感触があったが欠けてないな)



 視線を下に移すと一瞬触れた人差し指の先端が骨も切られて落ちている



(骨切ってたのか!?

 そういえばニゲルの奴がロンパイアで盾を切ったと言っていたな)



 ファルカタを振り回しながら相手の意欲が落ちるまで受け、返し続けるのがモットーだ


 シールドバッシュのように大盾を振ってきたら半歩下がって持ち手の裏側に響くように下の方を蹴る


 剣を出せば盾で止められ剣の持ち手を狙われる、盾を出せば痛いことをされる、それがイフラースのやり方だ

 顔も良いし普通に強いがなるべく怪我をしたくない、勢いに乗せたくないから嫌なイタズラを仕掛けつつ体力を削っていく、そんなことをしているので観客からの人気は出ない



(そろそろかな)



 相手の盾のある1箇所だけファルカタで執拗に傷付けていた、もちろん叩いたり蹴ったりでカムフラージュしていたので気付かれてはいないと思う


 狙い目は中央の金属のすぐ左側、恐らくは盾の持ち手が付いているところだ


 相手の盾を押し出す瞬間狙って貫けるか試してみる



(切れるなら抜くこともできるだろう)



 ロンパイアとファルカタを比べてはいけない

 ただ今までのファルカタに比べ厚みはあるし重さもあるが切れ味は群を抜いて良いし、なにより丈夫だ


 相手がフェイントを仕掛けてくるタイミングに合わせて回転の勢いを載せて突く!



『バァン!』「あ!あっ!」



 貫いた先には手首だったらしい、手首も小指側半分ほどで切れてしまい盾は持っていられなくなった


 抜けなくならないようにファルカタを引き抜き構え直すと相手は両手を上げて膝を付いた



 剣闘士は助命ミッススを嘆願しても不甲斐ない仕合をした場合に観客から断罪されることがある


 上段の観客の大半は親指を上から下へ回し罵倒を浴びせ「殺せ!」と叫ぶ、中段から最下段の高貴な方々からは白いハンカチは振られない

 主催者である元老院の議官も腕を上から下へ降ろしてしまった



「お、おえええ、お、生きたい、生きたい、頼む、生きたいんだよおおおおお!」



 盾を、剣を持とうとしても左手は親指しか動かず持てない、右手は剣を持てても人差し指の力は入らず振れないが剣である以上は一突きで人は殺せてしまう


 カロン(冥界の渡し守)の使いである白頭巾達は剣を持たれると近付けない


 最後の悪あがきをすされた場合は弓で射抜かれることがほとんどだが、対戦相手が剣や盾を挙げるなり声に出すなりで狙撃を止めれば対戦を継続ししっかりと冥土へ送ることが可能だ

 稀に逆に殺されることがあるがその場合は結局射殺されどちらも不名誉を与えられて終わりになる



 イフラースは左の盾を上げて周りに認めさせてから構えた

 右手のファルカタを振り回すことは止めない、決して挑発ではなくそういう剣技だからだ



「うおおおおおお!」



 盾がない以上はなりふり構わず最短距離を駆け抜け飛び掛かるようにグラディウスで突きにきた

 腐っても最終戦に出てこれる程の闘士である、無駄のない動きで勢いもよく今までで間違いなく最高の動きである



「やれば出来るじゃないか」



 カエトラ(円盾)でいなすようなフェイントを見せてサイドステップで相手の左側に避けて、突きを繰り出した右手首を切り上げて切断した


 返す剣で書道の筆では無いが空にキレイな丸を書いて首に真っ直ぐ水平切りを放つ


 顔が見える不名誉は曝さないように兜の緒を切らずに首を落とした



(半分の予定が全部切っちゃったー!しまった〜!)



 めちゃくちゃ格好良く決めたのに刃こぼれと血錆を気にしてしまうハルゲニスのファミリアならではの性である



「キャアアアアア」「オェ、ひっでぇ」


 という声も聞こえはするが


「良いぞ!イフラース」「かっこいいー!」


 という声の方が今日は多く聞こえてきた


 格好付けたいお年頃でもありファルカタに付いた血を振り切ってから両手を上げて声援に応える


 主催者の近くに行くと月桂冠を渡され、褒美に牛一頭分の肉と金貨の入った袋を下賜された



「我が魂は皇帝陛下のために(なんて思ってるわけねえだろ!)」



 ものすごいホクホク顔の議官にイフラースは胸に手を当ててお辞儀をし、武器を預けて闘技場を降りた




 闘技場出入り口の階段を下りてすぐに金貨の入った革袋を開けて中を見た


(うおっ!30枚以上入ってるぜ、ほっほ〜い!)



ーーーーーーーーーー


 小躍りしながら治療所に回ってきたイフラースは全く無傷だった



「怪我はあるのか?」


「無い!マツオ帰るぞ」


「はい」



 無傷でなによりだ

 荷物を纏めてイフラースとともに治療所を出る



「新しいファルカタがよぉ〜お?」


「どうでした?」


「ちょっと重たくなってたけど長さも少し長くなってるし振り回すのに丁度良かったんだ

 あとは切れ味だが、同じ鋼でもあーも違うもんなのか?ディニトリアスに何を教えたんだ?マツオの武器を作ってから切れ味が変わったと聞いてるぞ?」


「まあ母国の秘伝を知ってる限りで幾つか教えただけでディニトリアスが試行錯誤して作ってるだけさ

 武器を作るのが遅くなったと言うけどあれ大分早いと思うけどな」


「はぁ〜そんなもんかな

 あ、あと今日の相手な、マツオより弱かったぞ!でな?マツオがあの切れ味の剣持ってたら俺は勝てる気がしないよ、マツオの斬撃はあんな盾じゃ防げないぜ」


「ありがとう、でもイフラースに勝てる気はしないよ、経験が足りなさ過ぎる」


「まあ今日はいい気分だからそうしといてやる!」



 上機嫌のイフラースとともに待機所へ戻りハルゲニスとグラウクスも一緒に闘技場の衛兵に挟まれて帰舎した


 イフラースとルクマーンの仕合は圧勝で終わったらしいがイフラースが格好良く決めてくれたとのことでファイトマネーはかなり弾んだらしい

 ハルゲニスがウハウハな顔で部屋に戻っていくのを皆薄目で追いつつもニヤついていた

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