敗残兵、剣闘士になる 037 交通事故
5回戦、誰も来ず
6回戦終わりに敗者が来たがほぼ虫の息、鎖骨の下を刺されており鎖骨動脈が断裂しており治療所に付いた頃には脈こそなんとか触れたが吹き出す血も僅かしかない状況だった
止血など困難な状況だった
「何か言い残すことはないか?」
「な…」
掠れた声で何か言っていたが読唇も間に合わず息を引き取った
7回戦、マリディアーンの本日最終戦も治療患者が回ってくることはなかった
少し間が開いて8回戦、ルクマーンの仕合だ
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パロスの闘いになると基本的な木剣でのウォーミングアップは闘うというよりも打ち合って体を温める意味合いが強い
お互い手の内を明かさずにただ単純に打ち合うのみだ
高レベルでの打ち合いのためみている側は盾に当たる音だけでもピリピリした雰囲気の中で興奮していく
ある程度打ち合い汗が出てくると本番だ
鉄製の武器が出てくる
ガッリのルクマーンは大金槌、所謂バトルハンマーというタイプだ
兜は大きめで頭のみを守るヘルメット型の上に一本だけ丁髷みたいな飾りがついている
平たい四角の大盾、右腕には手首守るだけ小さいマニカと、前になる左足のオクレア(脛当て)のみだがフワッとした長ズボンを履いている
相手はサムニティス(サムニウム闘士)、こちらもガッリと同じく古いタイプの闘士だ
トゥラクスと同じような見た目だが兜が少し違う程度だ
グリュプスというフワフワのブラシみたいな飾りが兜の頭頂部に生えている、こちらも顔出しだ
四角い盾にシーカを持ち、右肩から手首までのマニカ、両足オクレアを装着した闘士だ
ルクマーンがほぼ2メートルという身長に対し相手は180センチ、普通なら大分大きいのだがルクマーンが大きすぎる
「久しぶりだな、ルクマーン」
「男の名前は覚えられないんだ、すまん」
「2年前の雪辱晴らさせて貰う」
「2年前とか覚えてない」
「私語うるさい!始め!」
旧戦士達の戦いが始まった
最初の仕掛けはルクマーン、大盾に体を隠しながら足だけを前に数歩進めて一気に加速、大盾をハンマーも使って両手で突きだすようにぶちかます、敵は小さい盾で受けたがゴム毬のように吹き飛んだ
2メートルの巨体で長い足を使った重さと速度のエネルギーは半端じゃない、もはや交通事故だ
ルクマーンは相手が立ち上がるのを待たずもう一度ぶちかましをかます
今度は盾で受けながらも少し後ろに飛んで転がって流されたものの衝撃がなかった分、ルクマーンは止まらずに加速し立ち上がる瞬間に追い付いて三度ぶちかます
『ドッ!グチャッ!』
しっかりと手応えを感じたルクマーンは一度止まって様子を見る
左腕は折れ掌が外を向き、鎖骨も折れて左腕は使い物にならない
足は同じく左の外くるぶし(外果)が腫れ上がり荷重がかけられるかどうかとうところ
ぶつかった際に兜が食い込んだのか顔から出血している、満身創痍だ
「ウチのチロでも初見で避けて一撃返してきたぞ、そんなこともならんのか?」
「うるせぇ、これからだ」
盾を捨ててというよりは持てず、右手のシーカだけ持ってフラフラしながらも立ち上がる
「一矢くらい報いさせろや!」
「いいだろう、当ててみろ」
「うおおりゃあ!」
『ゴ』
大振りの一撃は大盾に阻まれ虚しい音を響かせそのまま意識を失い倒れた
「鍛練あるのみ!」
ルクマーンは大手を振って主催者の方へ向かいパルムを頂いた
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「ルクマーン大丈夫かな」
なんてのは杞憂でした
運ばれてきたのはオート三輪に轢き逃げプラス踏まれて乗り越えられたような左上下肢の曲がる方向がおかしくなっている人だ
顔面裂傷はほぼ止血
左の足首は牽引して添え木をコの字に組んで踵から当てて包帯を巻いて固定
左上腕骨はバキバキだ、単純に折れた訳でなく幾つかのパーツに割れていると考えられる
骨ビスなんかも無いので開創しての手術は難しいがパンパンに腫れ上がっており減張切開(皮膚を切って内側の圧力を下げる)は必要そうだ
メスで肩少し後ろから10センチ程度の切開を前の方にずらしながら3本入れる
吹き出す血を洗い流しながら筋肉と神経の損傷を確認すると表面からは問題無さそうだ
完全に萎むまでは数日かかるだろう、今度は手首に紐を縛り付けて腋の下に足を入れて体を後ろに倒すことで患者の腕に牽引を掛け筋肉が引き伸ばされ内側に寄る力を利用して骨の位置を整復する
いい位置が決まったところから真麻の包帯で縛り付けて仮固定、全体に良い形になったらグルグル巻きにして血を出しつつ形を整えた
「添え木か〜なんかねえかな」
手術道具の中に鉄の薄い板を見つけた
何に使うか分からないのでJの形に曲げて肘を引っ掛けるような添え木にして包帯で固定して腕の外側から固定する
「あとはコの字型の木枠でもあれば最高だけどそれは無いか〜
あっ、右の指も折れてんじゃん」
右の人差し指がWのようにガチャガチャになっているし小指は外向いて曲がっている
海綿を包帯で固くレモン型に固め右手に握らせて包帯で一本ずつ巻いて軽く握ったような格好で固定した
「こんなもんだろうな」
顔だけ洗ってお終いにした
衛兵に頼んで迎えを要請、何だかんだで一時間以上は余裕で掛かっている
迎えはお願いしていた戸板を持ってきてグチャグチャだったグラディアトルを連れて行く
右手は週に一度は洗浄してグーパーさせること
左腕の包帯が汚れて汚くなったら交換していいが骨が幾つかの骨片に分かれているのでなるべく今の形は崩さないようにとお願いした
「全くどうやったらあんな交通事故みたいな重症患者が作れるんだよ、ルクマーン凄いわぁ」
1人ゴチリながら最終戦の結果を待った




