敗残兵、剣闘士になる 036 カスタノスの油断
カスタノスは順調にことを運んでいた
網で足を掛ける技を温存したまま、網打と銛捌きでウォーミングアップを終えた
相手は背の高いムルミッロ(魚兜闘士)だ
肌の色は焼けて赤黒い肌、腕の筋肉もかなり太い、魚のヒレのような飾りのある兜に赤い四角い大きな盾、カープス・タンと呼ばれる剣身が幅広く先が細くなっている斬撃・刺突ともに可能な旧時代の剣を持っている
カスタノスは二股の銛を持つ、左腕には顔まで隠せるガレルスと呼ばれる盾と顔を守る役割の腕鎧を着けている
腰には縄を引っ張られた時に切るためのプギオ(短剣)を備えている
真剣になっても相手の攻撃を捌きつつ、巻いた網で打つことを続けて相手の足と腕の弱体を狙うが鍛え上げられた筋肉とその上に被さる脂肪の厚みでなかなか効果的な攻撃には至らない
大振りの攻撃に合わせて足を取りたいがある程度弱ってこなければ難しい
なのにカープスタンの長さを活かした細かく鋭い突きと切り返しのスムーズな斬撃でスタミナも浪費せず新人の癖に老獪な剣捌きを見せてくる
攻めあぐねる女の子のようなカスタノスにジワジワ迫るオジサンが面白いらしく観客は乗ってきた
どちらかと言えば卑下するようなヤジのような応援?が飛ぶ
カスタノスから見れば段々敵がイライラしてきているのが分かる、疲労かダメージの蓄積かヤジに対するモノかは一目瞭然だった
カスタノスは誘いの一撃に網を丸めて大きく外回しで頭を狙う
剣を上げてガードしようとする動きに合わせて網を引くと剣を掠り網の一部だけ顔を叩いた
目線を合わせて軽く笑顔を見せる
「「「フォオオオオオオオオ」」」
顔が見えた観客席からは大歓声があがる
屈辱的だっただろう、ずっとチマチマとした攻撃しかしてこない弱腰の癖に観客だけは沸かせ、囃し立たたせる小娘みたいな顔の子供に簡単に攻撃を許したのだ
気合いを履き違えて力任せに突進してきた敵の盾で塞がる視界に網を撒き両足に引っ掛ける
見事に足を絡ませて跳ぶように転びそうになるが一歩踏ん張れてしまった
大盾をしっかり掴んでバランスを取るその距離は30センチに迫る
カスタノスが一歩下がろうとしたときに堪え切れず大盾にのしかかるように敵の体勢が崩れた
右足を挟まれ後ろに下がる勢いを転ぶ勢いに変えられ右の銛を突き出して相手の方肩に打ち込むも力及ばず
足に掛けた分の網の長さに引かれて左肩を引っ張られ背中から叩きつけられた
立ち上がる相手の剣を避けるようなことはもう出来ない
振り上げられた剣を見て助命の右手を挙げることしか出来なかった
相手もまだ若いカスタノスを殺すようなことはしたくなかったのだろう、振り上げたところで少し止まってくれたように見えた
助命は叶えられ引き摺られて闘技場を後にしたカスタノスが見たのは悪役のように振る舞う紳士な剣闘士にパルム(シュロの小枝)が捧げられるところだった
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「随分派手にやられたな」
「しくじった」
「その辺は後でカヒームと詰めてくれ、一旦左のガレルスを取って整復するぞ」
「ああ」
ガレルスを外し、左肩を見ると下方脱臼だった
「あちゃー、外れた方向が良くねえな〜」
「悪いのか?」
「まあな〜痛いから口閉めとけよ、いくぞ」
下方脱臼のときには肩峰と呼ばれる横向きの受け皿の下に上腕骨が引っかかるように外れていることが多い、今回も例に漏れずそのようだ
rのような形の上腕骨の上の窪みが引っかかっているため肩甲骨を引き下げるように手で押さえておいて左腕を内側、右足付け根から反対の肩に手を持っていくようにすると…
「んんーーー!うああ」
グリッと回って入るがその瞬間が一番痛い、まあ痛い、めっちゃ痛い、ちょっとヨダレ垂れるくらい痛い
「入ったけど緩いな、“肩峰”の下が欠けて“関節包”の上が切れてんだな
吊り下げと押さえつけで固定だな」
三角巾を着けて腕を吊り、肩の緩まない高さで位置をあわせる
まだ腕が上手く動かせないのでさらしを巻くように上腕と腋を絞めるように押し付けて固定する
「1日3回、横の巻を外して三角巾をつけたままお辞儀しながらプラーンと下げることが1つ、2つ目は横の巻きはそのままに三角巾から腕を抜いて肘の曲げ伸ばしをすること!期間は一月、分かったね?」
「長い」
「腕が二度と上がらなくなってもいいならどうぞ良いように動かしてください」
「グゥ仕方ない」
「そうそう、なったものは仕方ない!終わり!」
「ありがとう」
「一ヶ月後またな」
「はい」
さぁて、一旦休憩入れるかな〜




