敗残兵、剣闘士になる 034 瞬殺
翌朝、カヒームがハルゲニスの代理として役場に連れて行ってくれた
借金奴隷から解放奴隷(リーベルトスと言うらしい)の手続きをして不完全市民権というものを頂いた
地位的にはクリエンテスというハルゲニスの庇護下で生活する市民という位置付けになる、とりあえずハルゲニスの土地からは離れられないらしい
戦争で新たな土地をローマが得たり、新たに開墾し移民を募った場合にクリエンテスという位置付けから離れて都市区民という形になるそうだ
あんまりハルゲニスから離れる気はないけどね
手続きはさっさと終わり、カヒームとともにアンフィテアトルム(円形闘技場)へ歩く
途中、カヒームからこんなに早く解放される奴も居ないぞと囃し立てられた
奴隷としての購入金額を聞かれて納得していた、武器の借金の許可がすぐ降りたことも納得するところらしい、普段の1〜2割程度の額だったそうだ
興行前に死ぬ可能性を考慮されていたのではないかということらしい、出会った頃は病気を疑うほどにやつれていたそうだ
カヒームとの楽しい時間は終わり、円形闘技場へ入り待合室に顔を出す
今日は1回戦にオココ、3回戦ニゲル、4回戦カスタノスと決まったらしい
8回戦にルクマーンがサムニティス(サムニウム闘士)を相手取るらしい、ルクマーンのハンマーを防げるのかどうか見ものだ
本日トリの10回戦にイフラースが出場する、相手はムルミッロ(魚兜闘士)だそうだ
今日は午前中に罪人の処刑が行われている
そんな時間にハルゲニスに呼ばれ観客席の一番下の列に行った
「何か有りましたか?」
「来たか、見よ罪人達だ」
「はい、凄惨ですね」
「そうだな
どんな罪を犯したと思う?」
「人を殺したとか?貴族の家に押し込んだとかです?」
「それはまあ、死刑になるだろう
他にもだ、隣の家に生えてたサボテンの実を食べたとか、自分の区域からはみ出して小麦を刈った、2アスで買った娼婦が貴族の娘だったとか…な?」
「そんなのはただの言いがかりじゃないですか!?」
「そうだ、解放奴隷というのはそういうもんだ
難癖つけられて罪に仕立てられて法外な罰金を課せられて犯罪奴隷に落ちるか、死刑になるか
庇護すべき人間がたった1日家を空けただけで庇護できずなんてことが多々あるのだ
なんせ解放奴隷は裁判のときに弁明こそ許されれど基本的には話すことが認められないことも多い
それが貴族と自由市民、解放奴隷の差だ
よく覚えておきなさい」
「はい」
「そしてお前も奴隷を買いなさい
私に借金をして私のところで働くことで返済するということにして、解放奴隷でありながら奴隷に近い状態で庇護されておきなさい。 いいですね?」
「はい」
「では少しこのまま見ていましょう、すぐに奴隷市が始まりますよ」
「はい」
奴隷を購入するがその借財は二人で支払えることになるわけだ
短期返済で庇護されるためにどう生活すればいいのか解放奴隷でありながら借金で縛り付けておくから勉強しろ、というわけだ(ハルゲニスは別のルドゥスに行くと困るから縛っただけです)
「犯罪者は買えないんですよね?」
「それは無理だ」
「勿体ないですね〜あんな子供まで」
視線の先にいるのは黒い髪は伸ばしっぱなしで固まってしまって、皮膚は黒ずみ、いつ死んでもおかしくなさそうなガナガナな骨と皮だけの男の子、服はない、膨らんだ腹がなんだか可愛そうだ
「あれは多分奴隷だろう、犯罪奴隷かもしれないが親が死んだか戦争先で見つけた孤児とかそんなもんだろう」
「高いですか?」
「競ってみないと分からんが安いだろう、すぐ死ぬかもしれんしな」
「なるほど、あの子お願いします」
「屈強な男も秀麗な女もいる中であれでいいのか?」
「教えるなら子供が楽ですからね」
「子供と言ってもここに出てくるのはグラディアトル見習いになれる14歳以上だぞ」
「あの子も?7・8歳かと」
「それでいいなら買うがどうする?」
「栄養が付けばそのうち大きくなるでしょう、買います」
「分かった、死んだら借金だけ残るぞ?」
「その時はその時でしょう」
ハルゲニスが頷いて顔を反らせ肩を震わせた
マツオは泣いているのかと思ったが、実は笑っていた
死刑執行という名のただの快楽殺人を目にしてから奴隷市に移行する
奴隷商人が一人ずつ壇上に登らせてオークション形式で捌いていく
奴隷達の何人かは既に腹を括っているのかしっかりと胸を張りラニスタ達に顔を向けいい値段がつくようにと言われているのだろう、自分の首を絞めているとも知らずにだ
体格が良い、顔色が良い、戦った経験があることが高値のつく基準で、顔がカッコいいことで跳ね上がる
ということで狙っていた少年はというと開始値段がアウレウス金貨10枚、数人が手を挙げ30枚で2人、40枚でハルゲニスのみとなり購入となった
自分はどうやら言葉が通じないこともあったろうし直前まで意識がなかったことで初期価格で販売に至ったのだろう、と思うことにした
今日、明日は奴隷商で管理となり明後日帰るときに一緒になるんだそうでそれまで楽しみにしておこう
奴隷市が終わり抜け出すタイミングを逃し午後の仕合が始まってしまった
「ではそろそろ治療所に」
「まあ待て、オココの様子を聞かせてくれ」
「あそこまで安定した射手を見たことがありません」
「相手があれでも勝てるか?」
闘技場のアナウンスが音が反響して何を言っているのか分からなかったが先に出てきた全身鎧の兵士を見て驚愕した
「クルペラリウス!?サギッタリウスじゃない?」
「元々の対戦相手は初日に鹿に蹴られて骨折して駄目になったんだ」
「ちゃんと言うこと聞いていれば鎧を貫通する矢を持ってきている筈です」
「そんな矢があるのか?」
「はい、薄い鉄板なら貫けます」
「ちゃんと持ってきているといいな」
「そうですね、使えればですけどね」
オココの登場を見守って意味深のまま立ち上がる
もしかしたらオココはあの矢を使わないんじゃないかと思っている
「始め!」
の掛け声を背中で聞き、矢の弾かれる『キンッ』の後の『キコォッ!』で大歓声が起こった
「(なんだろうか、いやなんとなくわかるけど本当に?え?本当に?)」
声に出していたかどうか分からないが確かめるように振り向くと闘技場の真ん中で大の字になって倒れている全身鎧
その側頭部に生えた一本の木の矢、あれ使ったのか
オココは弓を掲げて観客の声援に応えている
特に憂いも落ち込みなんかも無いようで少し安心した
ハルゲニスは身を乗り出している、ギギギギとブリキを曲げるような動きでこちらを振り返り手であっちいけをしている
それに従って治療所に行こうとしたら「逆だ、こっちゃこい!」と呼ばれたのでイヤイヤ近付いた
「あれを作ったのはお前だな?」
「恐らくはそうだと思います」
「あれの作り方を軍に売る気は無いのか?」
「無いですけど、矢を自分で作っている射手ならやっている工夫ですよ
射手と造り手が別ならだめでしょうね」
「なんだそれは?何が違うんだ?」
「やめておきます、危ないんで、オココも口封じしておきます」
「ぐぬぬぬ」
ハルゲニスからさっさと離れて待機所に矢の製法についてオココに口止めしに向かう
矢の製法なんていずれ気付くだろうと思うことにしたい




