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敗残兵、剣闘士になる  作者: しろち
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敗残兵、剣闘士になる 030 医術の伝達


 向かいの部屋から出たときに奥に入っていた負けた方のグラディアトルが力なく運ばれていくのが見えた、恐らく死んだのであろう



「こんな新人戦でも命を落とす者が居るのか」


「刃物で切られたり刺されればそうなることもあるだろうよ」


「確かにな」



 部屋に戻りそんな話をしながら、使った針と使わなかった火箸をお湯で煮て消毒

 針にもメスにも油は塗れないが手術道具入れに刃物用の油が入っていることに気付き、しっかりと刀に塗っておく



「なんでここに武器があるんだ?」


「走ってくるときに持ってきちゃったんだ

 だって待機所にも誰もいないだろう?」


「ああ、それはそうだが

 ディニトリアスも来てないしな、どうするかな、ちょっと衛兵に聞いてくるか」


「すまん」



 グラウクスが手をプラプラさせて聞きに行ってすぐに戻ってきた



「取りに来てくれるってよ」


「助かるよ」



 数分後、ハルゲニスがトーガを纏った御人を伴ってやってきた

 刀とコペシュをトーガの人に預け、おひねりは借金返済にハルゲニスに渡した


 ハルゲニスの何か悪巧みした顔が気になったが邪推してもいいことなさそうなので考えないでおく




 十数分後、また歓声が上がる

 勝敗が決したようだ


 歓声がまだ鳴り止まない中、1人足早にさっきとは違う奥の部屋へ入っていった

 今回は走れるくらいらしいがやはり出血はあるようで部屋の前に血で作った足跡が残っていた


 

 歓声が鎮まってきた頃に恐らく勝った方が来たがこちらの部屋に来ず向かいの部屋に入っていった



「どういうことだ?」


「同じルドゥスの人間なんじゃないか?」


「あぁ〜なるほどね」


「次まで待ちだな」


「そうだな」



 1時間近く時間が空くのでグラウクスにも治療の基本を教えてみる

 解剖学はウーンクトゥルだけあってバッチリだった、市民からグラディアトルになったが余りの自分の弱さにすぐに方針転換したそうだ

 血管の位置も腱の走行も神経の走行もちゃんとマギステルから習っていたそうでしっかりと身に付いていた


 それであれば早い、あとはどう対処するかを学べばいい


 切創は基本的にやることは一緒、傷を洗う、出血点を確認して縫うか焼くか選択するだけ

 問題は骨折の整復時のアラインメント、内臓に達していた時の対処、神経損傷だ


 ほんの触りの部分だけだが1時間の間に話しておくことにした





 また大歓声が上がった、負けた方のグラディアトルが来る


「準備は出来てる、来たらまずは状態を確認だな」


「はい」



 年上のグラウクスから恐縮されるとちょっと変な気分だ、ちょっと気恥ずかしくて頭を掻いてしまう


 バタバタと走る音聞こえ部屋を通り過ぎて奥の部屋に行った



「また受け持ちか?」


「そうですね」


「なんかしっくりこない、いつもどおりで頼むよ」


「分かった」



 先生と生徒みたいな感じになってしまっている

 普通なら医学知識は本で学ぶか、師匠が弟子か子供にしか伝授しないのだと言う

 それじゃあ発展しないよね〜



「次が来るな」


「そうか」



 歓声がなり止んできた、廊下を摺って歩く音が段々大きく聞こえてくる



「頼む!」


「見せてみろ」



 肩を貸りて歩いてきたらしい、長くは無いが少しウェーブの掛かった黒髪、肌は褐色で顔の彫りはそれほど深くない

 肉質はいい、脂肪も適度に付いていて筋肉も鍛えた感じが分かる、ヒゲが薄く肌もキメが細かい当たりまだ子供のようだ


 左大腿部、ど真ん中に槍の刺し傷がある



「寝ろ、足を上げて止血からだ

 グラウクスぬるま湯に塩入れて」


「はい」



 ベッドに横にさせて左足を木の台の上に乗せる 大腿部の筋肉はかなり分厚く槍先が骨まで達しているとかなり難治なことになる



「骨まで当たった感じはあったか?」


「無い、無いが結構中で暴れた感じがあった」


「そうか」


「膝伸ばせるか?」


「少しだけ」



 少しだけ足は持ち上げられるが血がドクドクと溢れて来てしまう



「グラウクス、メスもくれ

 おい口になんか咥えてろよ痛むぞ」


「その前に薬にしよう」


「そうだったな」



 アルコールにとある葉っぱの粉末を混ぜて飲ませると痛みを感じずに眠るらしい

 さっきの1時間でグラウクスが教えてくれたのをすっかり忘れていた


 飲んで数十秒後、眼球が上転し意識が朦朧としてきたのが見てわかる



「効くな〜、すげえや」


「ああ、じゃあ教えてくれ」


「いいぞ」



 今回は大腿動脈の下降枝が傷ついているようだ

 足の付け根を紐で縛り木の棒でグルグルと捻りを入れて血行を一時的に抑制

 大腿部の刺創を腿に向って切開を加えて筋膜も切って展開、膝を伸ばした状態で縫工筋と大腿直筋を鈎で避けて血管走行を確認

 動脈が一部裂けている状態になっていた



「結紮するか〜機能は落ちるかもだけど、見てみるか?」


「あーグチャグチャですね」


「縫い付けるのも無理があるしな、髪で縛って先端焼こう仕方ない、神経も少し切れてるな神経鞘だけでも縫っとこう、回復するかどうかはこいつ次第だな」


「ああ、そこですか力入れにくそうだったな」


「まあな」



 膜にくっついている動脈を一部剥離し髪を通せる状態にして血管を切らないように裂けている部分の上下を縛る、裂けた部分は焼いておく


 神経に付いては神経の髄(内側の大事な部分)を傷つけないように気をつけて電線を筒むようなストローの部分だけを縫い付けておく


 穴が開いている大腿直筋は筋線維が乱れている部分はメスで切り取る、微細な出血は血管のあるところを火箸で焼き切る

 鈎を外し筋膜は軽く焼いて一部癒着させ筋肉とはくっついて動いていないか動きを確認、最後に皮膚を髪で縛り終了した



「早すぎないか?」


「そうか?あんまり出血が多いと後が大変だろ」


「それにしても淀みが無いな」


「その辺は数だろうよ、今回は骨まで行ってないから楽だったな」


「どのくらいで治る?」


「2ヶ月はかかるだろうな、復帰するにも時間がかかるさ」


「そんなもんか」



 グラウクスが衛兵に治療が終わったことを話しに行きその十分後くらいに同門の方だろうか、迎えに来てくれたので動脈が切れていたこと、神経が一部断裂していたこと、筋肉の壊死部分がありそれぞれに治療したが神経も筋肉も本人の回復力次第と説明

 なるべく治りやすいようには頑張ったつもりだが足を下げていれば浮腫んでくるし腫れも出る、よく冷やして患部をキレイにしておけとお願いした


 グラディアトルは担がれて帰っていった



「勝ってもあんなもんか〜切ないな」


「全くの無傷で勝つ方がどうかしてるぜ」


「そうか?カヒームは俺に無傷で勝つぞ?」


「バケモンかよ」



 こうしてまた次の患者が来るまでグラウクスに治療方法を指導しながら待つことにした



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