敗残兵、剣闘士になる 024 カヒームの底
いつもより少し遅く起きたようだがまだ誰も起きていない
宿舎を出ると昨日は気付かなかったがすぐ裏側が訓練場になっていることに気付いた
訓練所には丁度練習中の数人がいるも誰もハルゲニスの訓練生ではないし皆動きがぎこちない
練習しようと思ったが素振り用の木刀もハルゲニスの馬車に預けたので手持ちに何もない
「まあ、いっか」
訓練所の端っこで木刀を持ったように構えて目を閉じ心象のイフラースとルクマーンと対決する
イフラースとは木剣同士であれば互角、ルクマーンにははやくも勝ち筋が見えてきているが一歩踏み込みたいがちょっとタイミングが合わず、動きなれてきた頃には槌の柄の嫌な攻撃がありそうだ
結果、満足いくには程遠く力と技術の差を実感するだけとなった
目を開けてみると手の内側には滴るほどの汗が体中から嫌な汗が吹き出し粒になって滴り落ちていた
「3回くらい死んだな」
周り見回すも人数は変わらない
「今度はオココかな」
刀一本でどうするかが課題だが飛来する矢を走りながら打払うのは不可能に近い、かと言って受けるわけにも行かずどうしたらいいやら分からない
戦闘海域で戦闘機を操縦するときには馬鹿正直に真っ直ぐ飛ぶなと言うのが教えだった
少しだけ斜め前に向かって飛ばすように訓練したがそれも練習中にはオココにすぐ攻略され胸の中心をバンバン狙ってきていた
真っ直ぐ矢の軌道上を走って盾で防ぎながら距離を縮めようとすると矢を番える際に矢羽をいじって曲がるようにしたりと多彩な技術で翻弄され近付くことができずに負けてしまう
「やっぱり駄目か」
走っているときの爪先を狙われたときの記憶が蘇るともう動けない、痛くて痛くて海綿越しでもビックリするほど痛かったもんだ
「マツオは何やってんだ?」
カヒームだ
「おはよう、目を閉じて記憶の中のオココと戦ってたんだ
矢はなかなか避けられるもんじゃないな」
「そりゃそうだろ、大体サギッタリウスと対戦することなんか無いからな?」
「え?」
「そりゃお前無理だ、相性ってのがあるだろ
オココはサギッタリウスだから野獣と戦うかサギッタリウス同士か最悪クルペッラリウスだぞ」
「クルペッラリウスってなんだ?」
「全身鉄鎧のローマの歩兵重戦士さ、矢なんか刺さりゃしない反則もんだ」
「えげつないな」
「興行で出てくるときは囚人奴隷を虐殺する模擬戦争用のときだからな」
「うわぁ」
頑張れオココ!
「よし、誰も起きてないし手合わせするか
木剣とか持ってきてないよな?借りるか」
そう言ってカヒームがフラッと訓練所内の木人を叩いている一人に話しかけるとどこかを指されて頷いていた、チラッとこちらを見たのでなんとなくその後ろを付いていくと訓練所の訓練士さん(150センチくらい黒い肌で坊主頭ちょっと年食ってる)らしき人が居た
「サンーアのカヒームだが」
までしか言っていないが目を見開いて握手をして、どうぞどうぞと手で合図され傘立てみたいなところからカヒームは短槍を自分は長めの曲剣を借りた
「あとは網だな」とカヒームが呟くとさっきの訓練士?さんが網を持ってきた
「ありがとう」と言われたオジサンは何故か恍惚の表情をしている、まさかの男色家か!?
なるべく見ないよう〜に挨拶をして部屋を出て訓練所の空いてるスペースで組手を軽くすることになった
まずはお互いの武器を合わせる練習からだ、9方向の動きの攻撃と防御から入る
「カヒームは何ていうグラディアトルなんだ?」
「レティアリウスだ、銛と網を使って戦うんだ
兜は被らないから見た目が良くないと出来ない」
「カヒームにうってつけだな」
「だろ?そろそろ慣れただろう、やるか?」
「お願いします」
ちょっと距離を取って正眼に構える
相対してみると網を持っているというだけでどう手を出してくるのかが分からない、カヒームが強いということも聞いているのでとりあえずは仕掛けてみよう
まずは軽いすり足から余り振りかぶらずに縄を持っている左手狙いの切り下げを放つ
悪手だったのはすぐに気付く、カヒームはほんの少し手を打ち引くだけで網が上がり曲剣に絡み付く、巻き取られる前に突きを引くように引き戻す
危なかった、冷たい汗が背中を撫でて武者震いをした
網を警戒しカヒームの右側に回り込み重心をずらしながら少し握りを絞って逆袈裟に切り込む、槍が上がる前に握りの効果で刃先がウネルように槍を避ける
「捉えた!」
と言ってしまった瞬間に体が、足が突然右へ引っ張られた
切っ先は失速どころか振ることすら出来ず右手を離してバランスを取るために地面におろした
すり足でフェイントをかけて踏み込んだ右足が網に巻かれてハムみたいになっていたのがチラッと見えた
顔を上げると目の前に槍先が見えた
「参りました」
武器を置いて右手を上げた、降伏と助命のサインだ
「なーにが捉えた!だ
でも危なかった、足上げないんだもんよ」
「クッ恥ずかしい」
「お前はガッリとかプローウォカトルとかの扱いになるからな、レティアリウスと戦うことは少ないだろう」
「もう一回!」
「駄目だ手の内は明かさねえ
ただマツオならチロとか下位のパロスなんかじゃ相手にならないだろうな、上位のパロスかウェテラヌスなんかで丁度いいくらいだ
そろそろマクシミヌスに手ほどき受ければ良いんじゃないか?朝飯あとに混じりに来いよ」
「間の時間はそっちにいるのか?」
「そうだ、知らなかったか?お前が思ってるよりマクシミヌスもドライオスも相当強いぞ」
「強いのは知ってる、目で追われてるからな」
「それなら早い、練習あるのみだ
しっかり体作ってこいよ」
「はい!」
カヒームは槍と網を置いて皆を起こしに向かった、片付けなくてもどうせカスタノスが使うだろうからと
その間にカヒームを想定した模擬戦を頭に思い描くが足を取られた瞬間がどうなっていたのかが分からず全く想像できなかった
「世の果てには凄い人がいるもんだな」
溜め息はある一定のところを越えると笑う以外になくなるらしい
「生きてるって楽しいな!」




