敗残兵、剣闘士になる 107 盛り
最後はオニシフォロスだ
褐色の肌に撫でつけたオールバック、眉毛まで整えてある凛々しい顔を見せつけるように兜を脱いだまま登場してきた
鍛え上げた上半身は余計な脂肪の乗っかっていない逆三角形の彫刻ボディと黒短パン、金色の円盾に金色の柄の槍(木槍も金色)、右腕のマニカはあまり光沢の無い黒、両足に金色のオクレアという成金みたいな装備だがとても良く似合っている
顔も引き締まった体も映画に出てくる俳優さんのようで現実味がない
笑顔で観客に手を振るが歓声ではなく井戸端会議のようなコソコソ話がザワザワと聞こえ、若干の青筋を浮かべたままにこやかに中央へ進んだ
相手はレティアリウス(網闘士)だ
皇帝陛下のように金髪癖っけで髭を生やした青い目の彫りの深い偉丈夫、筋肉ではオニシフォロスに負けていないがどちらかというとボディビルダーのような盛り上がり具合で鈍重に見える
左腕のガレルスは透明感のある薄青色で木の銛持ち、右手には錘の突いた網を丸めて持っている
両足にも薄青色のオクレアをつけておりなんとなく地中海の海の色を想像させる
「ネプトゥヌス(海の神様)〜!」
と愛称で呼ばれる男の振りまく笑顔は左右で力の入り方が違う偽善者の笑い方だ
「あいつ嫌い」
「俺もだ」
マシュアルと意見が合った、オニシフォロスもちょっと苛立っているのか遠目からでも木の槍を握る力が入っているのが分かる
審判が間に入り何かを2人に告げ「始め!」が掛かった
オニシフォロスは槍を構えて左右へ体の大きさに見合わない軽いステップを踏み始めた
ネプトゥヌスは牽制に銛で鋭い突き出しを繰り返しオニシフォロスの動きを誘導し網を大きく広げるように放った網を右へ低く大きなステップを踏んで網から逃れた
踏んで切り返す足の踏み込む力を真っ直ぐ木の槍に乗せ鉄板張りのガレルスの隙間を狙って鋭い突きで穿った
「え?刺さった?」
マシュアルが驚いている、踏み込む強さに突きだす体から腕へ伝わる力に一切の乱れがなく究極と呼べる動きで腕を木の槍で貫通させ更に握りを少し緩めてゼロ距離から上半身を捻る動きで更に深く木の槍を突き込んで終わりだ
左の肘の少し上を貫き肋骨の間を通して胸の中まで深々と突き刺したのだ、恐らく胸腔は血の海になっていることだろう
兜は盾を持つ左手に抱えたままの余裕の勝利だった
ゆっくりと歩いて皇帝陛下からシュロの枝を受け取り、立ったまままだ意識があるネプトゥヌスを放置して降段した
余りの圧勝っぷりと木の槍が深々と刺さる不快な出来事に観客の声は出ず、コンモドゥス帝の笑い声だけが響いていた
「さぁ〜て片付けるかぁ」
「はい」
すべての仕合が終わったのでコンクリートベッドを拭き手術道具を煮沸してしまった
忘れ物無いかな〜と点検をしているとまたしてもタイミングの悪いあの男が来た
「マツオいるか?」
「マクシミヌス、片付け終わったからこれから戻るよ」
「そうか、じゃあ控室で待ってるぞ」
「おう」
マシュアルと他のメディケさん達に挨拶をして撤収を終えた、終えたのだがガレノスが居なかった
まあまた直ぐ会えるだろうからいいかと思いながら控室へ帰ると荷物は纏まっているが何やら不穏な空気だった
「皆、お疲れさま!全員無事、全勝だったね!」
なるべく明るい声で入っていくといつもの面々以外にオニシフォロスとマリーカも居た、2人がいたから空気が重たかったんだな
「オニシフォロスさんはじめまして、マリーカは1年ぶりくらいだね、マツオです」
「お前が今のドクトレか」
腰をおろしてこちらを見上げる顔は他のグラディアトルにはないシュッとした顔で男ながらにカッコいい
「はい」
「皇帝陛下が呼んでいる付いてこい」
「は?はい?」
「とりあえず付いてこい」
おもむろに立ち上がったオニシフォロスは見向きもせず歩き出す
なんとなくマクシミヌスと目が合うと何か事情を知っていそうな怪訝な表情で首を振っていた
恨めしい目で見つめ返しながらも早歩きでオニシフォロスを追うと方向は何故か闘技場の登場口で入口に居た衛兵にディニトリアスが打った新しい刀を渡された
「皇帝陛下がお待ちだ、行け」
「えーとぉ?ここから?」
「行けば分かる、俺が代わりたいくらいだ」
「代わってもいいですけど」
「それはできん、早く行け」
「はい〜」
衛兵に上着のチュニックを剥ぎ取られ上裸にさせられ槍の柄でお尻を押され登場を促された
「(嫌な予感しかしない、やっぱりマクシミヌスは何か持っていやがる!)」
新たな鞘はオリーブの木で作られたもので拵こそ素のままだが見事なローマ製日本刀が出来上がっている
刀を提げるベルトも帯もなかったが安く買ったズボンの左側、紐通しの下に穴が空いておりなんとなくそれっぽく刀を差した
登場口を潜ると煌々と松明で場内が照らされており観客席の最上段まで顔が見えるほど、火が焚かれているためか4月末のまだ肌寒い時間帯なのに上裸でも温かいくらいだ
中央にはムッキムキで金髪モジャモジャヒゲの大男が一人、腕組みをして構えている、傍らには盾と剣を持つ付き人も立っていた
誰かすぐ分かってしまったが行かないわけにもいかないので顔を上げつつも気分は項垂れて歩く
「なんだ、マツオじゃないか?」
皇帝陛下の前で左膝をついて片膝立ちとなり頭を垂れた
「要請に馳せ参じました、ハルゲニスファミリアのドクトレのマツオです」
「そうかメディケとドクトレとグラディアトルも兼任していたんだったな、うん、そうかそうか」
「...」
「そう固くなるな
ハルゲニスファミリアは良い成績を残したので褒美を取らせるつもりで呼んだのだ」
「ありがとうございます」
ガバっと何かを抱える音とスルスルっと何か擦れるような音が聞こえる
「さあ、立て!構えてみせよ」
「皇帝陛下に剣を向けても宜しいので?」
「構わん、構わん!余興みたいなもんだ」
絶対やりた盛りだよ
「では、宜しくお願いします」
受けないと首を斬られそうな気がして立ち上がり左の刀の柄に右手を添え皇帝陛下を見た




