敗残兵、剣闘士になる 009 原石
「お願いします」
砂がまだひんやりしている朝焼けの時分にマクシミヌスの教練が始まった
自分以外にも若い色白で坊主な二人がいるがまだ挨拶もできていない
今日は木刀だけ持ってきている
「マツオの剣は自分で作ったのか」
「はい」
「器用な奴だ
グラウクスに聞いたところによると医学の知識があるそうだな?」
「はい、半分メディケ、半分ウーンクトゥルくらいの仕事」
「そうか、言葉はもう少しだが十分だ
先ずは手合わせからだ
同じくチロの二人と組み合わせを変えながらやるぞ
まずはマツオとニゲルからだ」
「「はい」」
ニゲルは細身で色白の男、金髪の坊主だ
目は緑色で爽やかな感じで好印象だ
右手に細身のちょっと短い曲剣、左手に40センチ四方くらいの四角い盾を持っている
向かい合うと身長が180センチ近くあり手足が細さもあってより長く感じる
「始め!」
剣を軽く合わせて距離を取る
ニゲルは体を四角い盾に隠すように前屈みになり剣先を此方に向けてユラユラさせている
最初なので両手で木刀を持ち正眼に構えて気合いを込める
「ィヤーー!!」
最初の声出しは絶対にやらなければいけない
自分の気持ちを押し出し威圧も込める、息を吐くことで呼吸を整えて自分の内側を静かにする、そして響きを感じとり集中を波紋のように拡げるのだ
ニゲルがビクッ!とした瞬間を見逃さない一瞬盾の中に目が隠れたのだ
摺り足で重心を前に移し右の手首を軽く内側に捻り切っ先を盾の上に滑らせるように木刀を横にしながら突く、所謂平突きだ
顔に当たるギリギリで止めると狙い通りに眉間の真ん中に切っ先が向いていた
「勝負あり!
おいニゲル、どうして盾を上げた?」
「驚いてしまって」
「だから盾と顔の位置は固定していなきゃダメだと言ったろう?訓練が足りん、ドライオスに伝えておく」
「そんな~」
「盾を掲げたまま走りこみしてこい
あい次、マツオとセバロス」
「はい」
セバロスも色白、明るい茶髪の坊主頭
身長は155くらい、腹がぽっちゃりしているが腕も腿も筋肉が充実している
右手に短めの槍、左手に縦長で大きい四角い盾を持っており、顔には木の板に小さい穴を開けただけのお面を被った
「始め!」
剣と槍を軽く当てて距離を取る
左足と顔以外がキレイに盾に隠れているし盾は僅かに斜め上を向けるよう持っているので力を逃がす方向を考えた構えになっている
「キェー!」
発声から入るのはいつもの通りで息を整える
集中を拡げて全てに反応できるように体の重心位置を維持しながら観察する
セバロスの顔は完全に此方には向いていない、やや右上に引っ張られているように見える
右手を下げているのか?
なぜ?大盾の下から突くのか?なら盾の方向へ回ってみるか
摺り足で足の交差時にも重心位置は滑らかに右方へ動かし盾のさらに左へ回り込むように緩急をつけて動く
セバロスの左足がしっかり此方に向かない瞬間を狙って正中から左へ切っ先を滑り込ませて引き剥がすように少しだけ力をかけ抵抗させてから一気に引くと盾ごと体が勢いよく回る
体が捻れたところで盾の中心を全力で突くと盾が跳ね上げられ足が露出、アキレス腱から足背動脈(足の甲の動脈)までを木刀で撫でる
「そこまで!」
残心と構えを解いて左手に木刀を納める
まだまだ重心移動と体の動かし方がなってないな~
「セバロス、何で止めたか分かったか?」
「足を切られたから」
「そうだ、アキレウスと動脈を切られたのだ
継続は出来るだろうが5分も経てばもう立っていられないだろうし意識も朦朧とするだろう
助命を嘆願しても今の所ではお前は処刑だ、だがこれ以上やっても軸になる足が利かないから殺される、どちらにしてもモルスはお前を連れていくのだ」
モルスは死神だ、全ての生き物に平等に死を迎えさせる神々の中で唯一の平等神と考えられているそうだ
「そんな~」
「今のはマツオが上手くやり過ぎた、同じチロ同士の闘いでお前をこうも容易く殺れるのは極々僅かだ、精進しろ」
「はい」
「マツオから何かあるか?」
おっと言っていいのかどうかだな
「闘ってみてどうだった?」
「ニゲルは手足が長いから短剣より長さを有利にできる槍の方がいいし守るより攻めを頑張って」
木刀の持つ位置を変えて距離を表現しながら伝える、攻めの方を鍛えれば足が長い分前後の揺らぎを作る重心位置にも余裕が持てそうだ、変化した後のことを考えると怖いな
「セバロスは重心が高いんだ、姿勢もだけどもう少し下に置いてもう少し重心は前に置かないと盾を捌かれたときに攻撃に転じれない」
カタコトの言葉でセバロスの武具を持った体で重心位置の説明をする
「槍を最初に構えたとき低く持っていたのも攻略に使わせてもらったよ」
「なんで分かったんだ?」
「顔が回らないんだ、下げた腕に引かれて」
腕の位置で顔を位置が変わることも一緒に修正位置を説明する
「だから回る方向を盾の方向にして、後ろ足に置いた重心が崩れる位置まで回ったのさ」
「マジかよ、そんなとこまで」
「だそうだ、ニゲルとセバロスはそれを踏まえて二人で闘ってみろ、セバロスは槍に持ち変えろ」
「はい」
ニゲルが槍を取りに行っている間にセバロスの構えを修正してみる
「セバロス、ちょっといいか?」
「あん?」
「構えてくれ」
「おう」
「そのまま、そのまま止まって」
横に回り込むと後ろ重心で胸が少し起きた格好になっていた、槍を持つ手は位置が低い
先ずは重心の位置を整える、骨盤を持って左足の方へ体を少し押しつつ重心位置を少し下げる
上半身はついていったようで特に問題なし、右肘だけ引きすぎない位置に少しだけあげて腋を締めた
「こんなかな」
「大分窮屈だが」
「いやそんなもんだな、マツオの言うとおりでいいぞ」
味方が増えた!ていうかお前が教えろよ
「突きはどう?」
「こうだ」
どうしても腋が開いてしまい槍が盾を迂回して出てきてしまう、これじゃ刺さらない
「それじゃ刺さらない、狙ったところに当たらないだろう?」
「何が分かる!」
「分かる、槍が真っ直ぐ出てない」
木刀で真似して見せる、こうだ、こう!
「肘が外に回ってくるから変だ槍の向きのまま突き出せばいい後は握りの手首の角度で盾の前に槍は出る」
セバロスの後ろから槍の柄尻を持って槍の長軸方向へ突き出しの補助をしてみる
「セバロスの槍が様になってる、いいぞマツオどんどんやれ」
「どうだ?」
「こんな楽に動かしていいのかが心配だ」
「楽な動きが一番だ、この突きの速度を変えるだけで牽制になる
後は盾の底で相手の爪先を打ち砕けばいいだけだろう?」
「マツオはインサニアだな」
初めての言葉だ
「褒めてるのか?」
「そうだ」
マクシミヌスが笑っているのが気になるが一応褒められたと受け取っておこう
「ありがとう」
そうこうしている内にニゲルが戻ってきた
「ズルい!もう教えてもらってる!」
槍を持って走ってくるニゲルの走り方は槍投げみたいだ
「ニゲル右手を後ろに引け!」
「こうか!」
「思い切り胸を張って左足で踏み込んでぶつかった時みたいに反動をつけて~投げろ」
「投げる!?」
「胸を張って踏み込んでぶつかって投げろ!」
「こうか!」
砂の上とは思えない踏み込みで猛スピードで飛んだ槍は先が海綿と布で覆われているのに浜とルドゥス(剣闘士養成所)を隔てる木の柵を突き破り砂に突き刺さった
「やっちまった!」
「不味いのか?」
「直す板があったかな」
「今すぐ直す」
オココを探して薪にする前の流木から適当な太さのものを選び板に加工して紐を結び直して修復した
「よし!元通り」
何事もなかったように今日の朝食へ向かったが、食事中にハルゲニスに目一杯のお叱りを頂きました




