町の休憩所
なんと5話連続します(*´-`)
…ああ、疲れた。
完全に、時間ロスだ。
無駄な時間を過ごしてしまった。
飛び込みで給湯器のセールスをしている俺は、朝一で訪問したジジイの家で、長らく玄関先に拘束され、挙句契約も取れずで疲労困憊していた。
「ジジイの知識欲を満たすためにこっちはセールスに回ってるんじゃねえぞ…。」
根掘り葉掘り聞いてくるから説明してやってんのに、エネルギー還元率を計算するとか自治体に要請するべきとか人間の構造的問題だとか…おおよそ同じレールの上に会話が成り立たない時間を、三時間。実に無駄だった、実につらかった、実に苛立った…。のどがからっからに渇いている、目玉がかっぴかぴに乾燥している、この三時間で頭髪も30本くらい抜け落ちたはずだ。…クソっ、貴重な俺の髪の毛!!!
騒がしい主要道路沿いを歩いて帰社する気にもなれず、裏通りの小道を、生気の抜けきった体で…ぼてぼてと、歩く。…ジュースでも飲もうか、でも、自販機がないな…しまった、太い道路沿いなら、あったはずなのに。そんなことを思いながら…今さら来た道を引き返すわけにもいかず。
「お兄さん、お茶でも飲んで、行きませんか。」
古い民家?の横を通りかかった時だ。
やけに落ち着いた、男性の声が聞こえた。
「いえ・・・、いいんですか?」
一刻も早く帰社したい、足を止めるのもキツイ、無視して進む…いやそれは失礼か。結構ですと断ろうと思ったものの、そこは敏腕セールスマンの俺っていうかさ。三時間分のロスを、取り戻せるかもと、思ったんだよな…。
「ええ、こちらにどうぞ。」
和装束に身を包む、同じ年くらいの男性に促されて、古い木造建築の…玄関を、くぐる。
「こちらは…雑貨店なんですか?」
年期の入った木造の玄関と縁側を見て、ぼろい建物なのかと思ったが、中に入ってみると実に近代的な空間が広がっていた。…和モダンとでもいうのだろうか、土間部分がコンクリートのうちっぱなしになっていて、赤い布張りの腰掛と、テーブルのセットが二つあり、その横の棚にはお香?ビン詰め?何やらオシャレな雑貨が並んでいる。上がり框にある掘りごたつ?では、近所のおばさまと思われるグループが…お稲荷さんをぱくついている。
「雑貨も置いている…町の休憩所のような、ものですね。」
「・・・へえ。」
店だとは思わなかった、…余計なものを買わされるかもしれないぞ。しまったな、疲れすぎていて判断を誤った。今日はやけについていない。
「あの、すみません、僕お店とは思わなくて。」
たった今入ってきた玄関から、出ようとしたのだが。
「……はは、お代は頂きませんよ、休憩所と言ったでしょう?あの奥様がね、美味しいお茶を持ってきてくださったんで、ご相伴に与ってたんです。そこに……疲れ切ったあなたが見えたものですからね、つい声をかけてしまったといいますか。」
「あら!!あんたずいぶんしょぼくれてんじゃない!!!こっち来てお茶のみな?」
「稲荷寿司もあるでな、食うとええ!!」
「まあまあ、おあがんなさい。」
力強い、おばちゃんたちの声に、少々怯みつつも。・・・パンフレットを渡したら、いい返事がもらえるかも。俺は、根っからの、セールスマンというか……。
「はは、すみません、お邪魔…します。」
俺はくたびれた靴を脱いで、上がりこむことに、した。
「へえ!最近はずいぶん便利なシステムがあるんだねえ!」
「あたしゃ昔薪で火を熾しててね?ありゃあ大変だったんだわ!」
「便利そうだね、簡単に使えそうだ!」
「いいでしょう、これパンフレットなんで、見るだけでいいので、よかったらどうぞ!」
午前中のクソじじいの超反論否定三昧とは打って変わって、やけに肯定的で和気あいあいとした雰囲気が漂う。
契約してもらえたらありがたいが、テンションが取り戻せただけでも御の字だ、この店に来てよかったな……。
おいしいお茶をいただき、うまい稲荷寿司をいただき、実にのほほんとした井戸端会議に参加させていただき……俺はふわりと、生まれ故郷を思い出した。
割と栄えた町の出身ではあったが、中心部ではなく山の方に生まれた俺は、長屋暮らしの三男坊で……やけに放任主義の両親のもと、すくすくと育った。
隣の家、向かいの家、ツレの家に子供のいない家、近所の家は全部自分の家みたいなもんで、チリ紙に包んだおやつをもらうためにいろんな家に顔を出しちゃあ、米を研ぐのを手伝ったり、蛙を捕まえて神池に逃がしに行ったり、蛇が出たと聞いては捕まえて裏山に逃がしたり、切れた電球があると聞けば変えてやったり…神社でハチの巣つついてぼこぼこになった事もあったなあ……。
記憶を掘り起こしながら、井戸端会議で自分の過去の恥という栄光を晒して、ご婦人方の笑いを誘ってみたりして。お年を召した方って、こういう話、結構好きなんだよな。
「へえ、ずいぶんやんちゃだったんだね!……神社の神様も気が気じゃなかっただろうねえ?」
「ええ、やらかすたびにずいぶんお小遣いを賽銭箱に投げ込みましたよ、許してくださーいってねえ。」
鈴緒に捕まってターザンごっこをして落下した時も痛むケツを押さえながら100円を入れて謝ったし、雨宿りして軒下の床踏み抜いたときも100円入れて拝み倒したし、サッカーボール壁にぶつけて凹ませた時も100円入れて土下座したし……ああ、俺は確実に支払額が足りていない。今度実家に帰ることがあったら、一万円ほど入れておかねばなるまい。
「お兄ちゃんはなんでこういうの売ってるの?」
「僕電気屋になりたくてねえ、都会に来て就職したんですけど、いつの間にかセールスマンになっちゃったんですよ、ハハハ。」
電気系の困りごとって、わりと多かったんだ。電球交換ぐらいなら小学生の俺でも簡単にできたんだけどさ、コンセントだのブレーカーだの、玄関のピンポンだの、難しいのは手が出せなくてさ。工業高校に行ってからはそれなりに直せるようになったけど、さすがにエアコン修理したり、洗濯機解体したりってのはできなくてさ。電気屋に就職したら、何でもやれるようになるかなあって、安易な考えで田舎を飛び出してさ。……気がつきゃ、実入りの多い給湯機販売のセールスばかりやらされるようになっててさ。
そんなことを思いつつ、時計の針を見ると…ああ、もう13:00だ。一度社に戻って報告書を作成しておかねばなるまい。
「お茶とお稲荷さんありがとうございました。このお礼はまたいつか必ず。そろそろ社に戻らないと……、首が、やばいので。」
「ああそうかい?気を付けてお帰り、お礼はええで、またきておくれね。」
「機会があったら、寄るとええ!!遠慮はいらんでな。」
「ここはいつでも解放されとるで!!」
……温かい言葉が身に染みる。やばいな、こういうのに最近飢えていたから、うっかりしたら涙がこぼれそうだ。
「またいつでも顔だしてよ、次はぜひ一局、ね!」
何気に同じ年だという事が判明した男性とは、将棋ファンという共通点が判明した事もあってすぐに打ち解け、いつの間にかタメ口を交わすようになっていた。
「ハハハ!今度うまいもんもって対局に来るわ!!!」
「ぜひぜひ!!あ、僕飛香落ちでいいよ?」
「言ったな!!!」
すっかり気力を取り戻した俺は、足取りも軽く、会社へと戻ったのだった。




