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最初の出会い


 その日はソルステート王国中央に位置するソルステート城にて、大規模な式典が執り行われた。老若男女問わず国中の人が集まり、式の主役が到着するのを心待ちにしている。やがて王宮騎士たちが、白銀の甲冑に身を包んだ青年を連れてきた。青年はゆっくりと王の前へ進み、ひざまづいた。

「アルベールよ、そなたの国家への貢献を認め、ソルステート王の名において勇者の称号を授ける」

 王は青年の首に、勇者の証とされるペンダントをゆっくりとかける。青年は顔をあげ、式辞を述べた。式辞を言い終えると、王に一礼をし、騎士の案内に従ってその場を退場した。

 

 3年前、王の一人娘が何者かに誘拐された。時を同じくして、世界中の魔物が凶暴化し、人々の生活を脅かした。学者たちは、魔王が現れたのだと言い、姫をさらったのもまた魔王なのだと結論づけた。

 はじめ、王宮騎士団の手による捜索および魔物討伐が行われていた。しかし、1人、また1人と数が減り、1年と経たずに音を上げた。騎士団は、多額の褒賞と相応の地位をエサに冒険者を雇い入れ、魔物討伐を行わせるようになった。

 先の青年アルベールは、その魔物討伐を志願した冒険者の1人であった。多くの冒険者が自分の腕を恃み単独で戦う中、彼は違う方法をとっていた。それは、信頼のおける仲間を集め、チームワークをもって魔物を打ち破るというものだった。

 その結果、数々の凶悪な魔物を仕留めた彼は、国家の功労者であり最強の冒険者として、勇者の称号を与えられることになったのだった。




 式典から少し時間が経ったある日、城下町の酒場は、ある貼り紙の話で賑わっていた。

「おい、勇者さまが一緒に冒険する仲間を探してるらしいぜ」

「俺、応募してみよっかなぁ」

「やめとけよ、お前くらいのレベルじゃ、もし受かってもすぐ死んじまう」

「だが、なんで今頃になって仲間の募集なんか始めたんだ?」

「これは噂なんだが、この間入った洞窟で全滅しちまったんだとか」

「それで一斉解雇か?」

「いや、戦闘不能ってとこらしい。勇者は王宮医師団のおかげですぐ復帰したらしいが、他のやつらにまで、そんな金はかけられないんだとさ」

「だとしたら、オレはごめんだね。いざってときに、見捨てられるんじゃあな」

 男たちが談笑していると、酒場の戸が緩やかに音を立てた。一人の青年が、静かにゆっくりと入ってくる。やがて、奥のカウンターに腰掛けると、メニューを指差して注文した。

「いまのやつ、お前知ってるか?」

「いや、知らん。だが、随分と高価そうな服を着てやがる。それなりに名の通った貴族なのかもしれねえな」

「バカな人たちだねぇ。あれが勇者さまだよ」

 怪訝な顔をする男二人に、中年の女がそう告げた。その会話を店の片隅で、一人の少女が聞いている。皮の鎧を着たその少女は、牛乳を飲むペースを落とし、青年を観察し始めた。

「勇者さま! ど、どうか私を旅のお供としてくださいませんか!」

 離れた席から駆け寄ってきた男が、店中に聞こえるように叫んだ。青年は困惑の表情を浮かべている。

「えっと、それはちょっと……」

「そうですか……」

 声をかけた男は肩を落とし、立ち去っていった。青年は辺りを見回すと、顔を隠すようにしながら、そそくさと店を出た。少女もまた、勘定をテーブルに置くとすぐに立ち上がって、青年の後を追いかけた。

「おい、あのガキ、もしかしてあいつも勇者の仲間になりたいってクチか?」

「そうじゃねえの? だが、あれだけ屈強な男が断られたんだ。あんなヒョロっちいガキじゃ、結果は目に見えてるな」

「はは、違えねえ」


 早足で歩く青年は、やがて駆け足になった。少女は、見失わないように気を払いながら、距離をとって後をつけた。二人は商店街の人混みをかき分けていく。すれ違った男の抱えていたリンゴが散らばったのを、少女は横目に見た。徐々に、人気のない道へ入っていく。青年は、錆びて変色した、今は使われていないだろう倉庫を見つけると、速度を上げて中に入り、大きな音を立てながら鍵を閉めた。

 青年は呼吸の音を必死に抑えた。背中の方から、同じように激しい呼吸の音が聞こえる。青年の呼吸が整った頃、壁越しに聞こえた音も、人の気配とともになくなっていた。青年は、その倉庫で一晩過ごした。




 少女はこの追走劇の後、真っ直ぐ家へ帰った。車椅子に座った兄が、器用に身体を回転させて、少女を迎えた。

「おかえり、ソフィア」

「ただいま」

 兄が出来立ての料理を机に並べている間、少女ソフィアは鎧を脱ぎ、ところどころ破れかかったグレーの寝間着に着替えた。

「まだ仕事探してるの?」

「当然でしょ。私もいい加減独り立ちしないと、いつまでもお兄ちゃんの世話になってらんないから」

「お前はまだ18だ。そんなに焦る必要はない。それに、このまま騎士としての勉強を続けた方が、将来的にもいいんじゃないか」

「それはそうかもしれないけど……」

 食事をする手が止まった。兄もそれにつられて動きが止まる。

「不安なんだ。同級生にも先生にも、才能がないって言われる。剣術の試合で勝ったことないし、今日だって少し走っただけで息切れしちゃって。このまま続けてても、全部無駄になるんじゃないかと思うと、どうしても動かずにはいられないの。」

「確かに、お前は戦闘に向いている人間じゃない。けど、騎士はそれだけが仕事じゃないだろう? 勉強しておけば、他の仕事に就いたって役に立つ。お金の事は気にするな。」

 ソフィアは黙って俯いている。

 食事が終わり、兄が食器を片付けようとする。

「それくらい私がやるよ」とソフィアは兄より先に食器を取ろうと立ち上がろうとした。が、机に思い切り身体をぶつけてしまった。兄は床に落ちた食器を拾い上げ、「疲れているんだろう、今日はおやすみ」と言った。

 ソフィアは一人、自室のベッドに横になった。壁にかけられた綺麗なままの剣を見つめる。級友から向けられる軽蔑の視線、教師から向けられる憐れみの眼差し、それらが次々と脳裏によぎる。ソフィアは強く目を閉じて、長い夜が過ぎ去るのを待った。




 翌朝、青年が宿に戻ると女将が待ち構えていた。

「アルベールさん、どこほっつき歩いてたんですか。せっかくお食事をご用意したのに、台無しになってしまいましたよ」

「すみません、女将さん。少し人に追いかけられまして」

「あら、それは大変でしたね。やっぱりこれだけ名前が知れ渡っているお方は、そう簡単には出歩けないのですね」

「なので、そろそろこの街を発つことにします。短い間でしたが、お世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ。あなたのようなお方に泊まっていただけて、光栄の至りでございます」

 両者ともに、深々とお辞儀をした。

 アルベールは、手すりを掴みながら、階段をゆっくりと登って自室へ向かった。部屋に入るなり、勢いよくベッドの上に座り込むと、大きく息を吐いた。目の前には、少し大きめで手提げのトランクケースが1つだけ置いてある。しばらくしてから立ち上がると、部屋の片隅にある鏡をじっと見つめた。数日手入れしていない無精ひげを撫でたりした後、ズボンのポケットから、しわくちゃになった写真を取り出し、自分の顔と見比べた。

「似てるかなぁ」

 ため息をつきながら、写真を無理矢理ポケットに押し込むと、荷物を持って部屋を出た。宿の入り口付近で、女将から大きな声でさよならを言われたが、振り向くことはしなかった。

 アルベールは、昨日見つけた倉庫に入り、地図を広げながら頭を抱えていた。この町に来てからというもの、謎の厚遇を受けている。早く離れるべきだろうと考えつつも、次の目的地もなかなか決まらない。アルベールはもう一晩、ここに泊まって考えることにした。




「おい、お嬢ちゃんにはその鎧は重すぎやしないかね」

「いえ、平気です」

 ソフィアは武具屋にいた。プレートメイルとランスを購入すると言って聞かない彼女を店員が必死で思いとどまらせようとしている。

「こんな重いもの、私でも自由に扱えやしません。ましてや、あんたみたいに華奢な体格じゃ、まともに動くことも難しくなりますぜ」

「舐めないでください。これでも騎士の訓練を受けています。そこらの男より強い自信はありますよ」

「せめて、こっちのリネンキュラッサにしたほうがいい。下手すると窒息しちまう」

「なんと言われようと、私はこれ以外を買う気はありません。騎士として相応しい格好をしなければ……」

「はぁ。言っとくが返品はきかないよ」

「構いません」

 ソフィアは購入したものを背中に抱えて、重々しい足取りで、少し前屈みになりながら店を出た。店員は呆れた目で、それを見つめていた。


 アルベールは、倉庫の床に腕を枕にして寝転んでいた。何箇所かある、壊れて開いたのだろう穴から、陽の光が差し込む。蝉の声が響く。太陽の匂いを満喫していたアルベールの耳に、蝉の声にまぎれて、鉄の擦れる音が聞こえてきた。やがて、それは大きくなっていった。

 上半身だけを起こすと、目を細めながら扉を見た。ノックにしてはあまりに一方的な、大きく鈍い音が一つ鳴った。息を殺すアルベール。再び大きな音が鳴る。その音は倉庫には響かなかった。

 扉をそっと開けると、そこには全身鎧の人間が倒れていた。はじめ、手足をじたばたさせていたが、途中で動きが止まった。アルベールは眉を顰めながら、注意深く近づき、その兜を無理矢理外した。

 兜の中には、重厚な鎧に似つかわしくない、汗まみれの少女の顔が入っていた。少女は新鮮な空気を取り込むように、細かい呼吸を繰り返した。鼻を啜る音もする。

「おーい、大丈夫かー」

 顔の上で手を振りながら声をかけたが返事がない。アルベールは、倒れている鎧を背中側から全力で持ち上げて、どうにか少女の身体を起こした。そして、少女の前に座り込んだ。

 少女は下を向いたまま黙っている。

「俺に何か用か?」

 頬杖をつきながらアルベールは尋ねた。少女は荒く息をしながら、首を縦に振った。

「勇者さま、私を、私を連れていってください!」

 少女は顔をしかめ、力なく叫んだ。今にも涙がこぼれ出そうな顔で見つめられて、アルベールは思わず仰け反ってしまった。

「すまないが、俺では力になれない」

「やはり、私では力不足だと言うのですか⁉︎」

「そうじゃない」

「では何故なのです⁉︎」

「俺はお前たちの言う勇者じゃない。人違いだ」

「そんなはずはありません! そのお顔は確かに勇者様です」

「勇者ってのはこの写真の男だろう。残念ながら、俺にはこんな式に出た覚えはないし、そもそもこの国に来たのも初めてだ」

「そんな……」

 少女は肩を落とした。アルベールが立ち上がる。

「そういう訳で、お前の力にはなれない。本物の方を当たってくれ」

 そう言って倉庫の方へ向かう。

「……構いません」

 少女の声に足を止め、振り向くアルベール。

「あなたが勇者でなくても構いません! どうか私を連れていってください!」

「なぜ俺にこだわる?」

「この機会を逃したら、私はもう二度とこの生活から抜け出せない気がするのです」

「……正直、見ず知らずのヤツと一緒に旅をするというのは好きじゃない。何か役に立つというなら、話は別だが」

「なんでもします! どんなことでもします!」

 少女は声を荒げて、アルベールに縋りついた。

「なんでも……。ま、荷物持ちくらいいてもいいかもな」

「ありがとうございます!」

「おまえ、名前は?」

「ソフィアです」

「そうか。それじゃあ、これからよろしくな、ソフィア」

「はい!」

 ソフィアは勢いよく立ち上がり、アルベールについて行こうとしたが、鎧のことをすっかり忘れていたようで、上手く立ち上がれず、顔から勢いよく地面に倒れ込んだ。アルベールは、頭を掻きながら溜め息をつき、ソフィアの鎧を外すのを手伝った。

「こんなんで大丈夫なのか、こいつ……?」

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