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突然の訪問ですね

ここ一週間ほど、目眩と頭痛を伴う微熱が続いていた。やっと床上げし、庭のテラスでお茶を飲んでいたのだが、何故かオズワルドが乱入してきた。

質問に質問で返されたソフィアだが、彼女は馬鹿正直に答える。


「悪いと思います。あと、貴方様の訪問があるとは聞いていなかったので、ここにいることに対して疑問を覚えるのは当然かと」

「…オズワルドと呼べ。特別に許す」


どうやら、質問に答える気はないらしい。だが、ソフィアは聞いてばかりいる娘ではない。周囲の状況を見て、答えを導き出そうとすることもある。

オズワルドの後ろに、見知った老婆の姿がある。満面の笑顔を浮かべているのはーーー


「大叔母さま。突然の訪問ですね」

「もうっ。ソフィア、今回のお見合いは上手く行ったみたいね。良かったわ〜」

「上手くいった…?開口一番、愛するつもりはないと言われ、最後は掴みかかられそうになったお見合いは上手くいったといえるのですか?」


嫌味か当て擦りにしか聞こえない。だが、何度も言うがソフィアは純粋に疑問に思っているだけである。


「まあ。相変わらず理屈っぽいこと。それじゃ幸せになれないわよ〜」

「大人だろう。拗ねるな。理屈を捏ねて煙にまくな。…本当は優しいのに、損ばかりするぞ」

「そうよ、ソフィア。愛するつもりはないっていう言葉はね、後で宝物になるのよ。最初は冷たい態度で、後は溺愛!乙女の夢よ!」

「大叔母様の言うことはいつも分からないです。あと、そちら様…「オズワルドと呼べ」


名前で呼べと遮られた。

面倒くさいから、名前で呼んだ方が楽かと天を仰ぐと、庭の木に吹き矢を構えた使用人がいる。それと、伝書鳩が一羽飛んで行った。

振り返らなくても分かる。きっとメリーも後ろに控えているのだろう。


「何故、そんなにも名前で呼ばれることに拘っているのでしょう?私たち、特に親しくはありませんが」

「意固地になっちゃダメよ。ソフィア。本当は嬉しいんでしょ?」

「いえ、意味が全く分からないので、困惑してます。分かりやすい説明を求めます」

「…っ、分かるだろう!本当に鈍いな!お前は!愛してやるから妻になれと言いにきたんだ!」


声に熱が籠るのなら、相当な熱さだっただろう。そんな声音だったが、ソフィアの胸には熱が灯らなかった。

疑問しか浮かばない。


「…確か、先週は愛するつもりはないと仰っていたかと。頭でも打たれたんですか?」


疑問に心配という感情も付随された。

オズワルドは自分の熱を伝えようと、ソフィアの手を強引に掴む。


「本気だ。お前にああ言われた時は、頭に血が上ったが…。だが、お前ほど真摯に俺に向き合ってくれた女は今までいなかった。俺の容姿や家柄に惑わされないのは、マリエットだけかと思ったが…世界は広かったんだな」


今の言葉で、ソフィアはほんの少しだけオズワルドのことが理解出来た。笑顔を浮かべたソフィアに、オズワルドも笑みを返し、顔を寄せようとするがーーー


「つまり、貴方様は自分の外見と家柄が最強だと思っているんですね。それに惹かれない相手であれば、誰でも聖女か女神のように見えると」


ソフィアは口元に淡い笑みを浮かべたまま続ける。そこに嘲笑は全く含まれていない。


「聖女か女神を探しているというのなら、簡単な方法がありますよ。整ったお顔は焼くなり切り傷むなり潰すなりして、損壊すればいいのです。今まで貴方様に近寄られていた方がみんな、顔だけに惹かれていたかどうか、すぐに区別がつきますよ。家柄の方は…お父上に勘当されるなり、ご実家の力が及ばないところで生きればいいのです。私のお父さまは、本妻の子ども達に顔に火傷を負わされて、13歳で家を飛び出しましたが、お母さまという素敵な方に会えました。お父さまのように良い出会いがあるかわかりません。でも、試す価値はありますよ」


年若い娘の口から飛び出る物騒な言葉に、オズワルドは硬直する。

そして、恐れ慄くように、握っていた手を離し、ソフィアからも距離を置いた。

大叔母も顔を顰めている。もっとも、彼女が顔を顰めているのは、良縁が結ばれそうなのに、大昔の『子ども同士の諍い』をこの場に持ち出されたことにだが。


「マリエットさんという方とは実際に会ったことがないから分かりませんが、私が貴方様の外見に惑わされないのは、貴方様のお姿よりももっと美しいものが世の中にあると知っているからです。貴方様の地位に惹かれないのは、今の生活に満足しているからです」


ふう、と一つ息を吐いて、ソフィアはお茶を飲む。一気に話すと喉が痛む。さらに言えば、耳も痛むが、オズワルドの勘違いも訂正しないといけない。

オズワルドは、地位と外見に惹かれない人間を、何故だかとても高尚なものだと思い込んでいる。そんなわけないのに。


「ですから、別に私は特別な人間というわけでもないのです。好むものには、それなりに貪欲です。…こう言ってはなんですが、貴方様の仰る『外見と地位に寄ってくる女性』というのは、一人残らず問題のある方だったのでしょうか?」


ソフィアとしては、外見と地位に惹かれることのなにが悪いのか分からない。


「だ、だが!俺に好意を向けてくる女はゴミばかりだった!断っても断っても纏わりついて、時にはライバルを暴力と権力で遠ざけ、俺に破廉恥な真似を…」

「それ、貴方様がマリエットさんにしたことじゃないですか。全部」


ソフィアの言葉に、オズワルドは頬を張り飛ばされたような顔をした。


「よく分からないのですが…貴方様のことが好きな女性はゴミなのですか?その女性達が抱く気持ちがどうしてゴミのようなものなのでしょう?何故、貴方様の『好き』という気持ちだけが清くて尊いものになるのか分からないのですが…」


言い切る前に、コホコホと咳き込む。病み上がりなのに、喋り過ぎて喉が痛い。

もう一度お茶を飲むと、痛みが和らいだ。


「本当は、貴方様自身がゴミなのでは?」


罵倒の意思などない純粋な疑問は、オズワルドの矜持を深く抉った。

そして、彼はまた同じ愚を犯す。唸り声を上げて、ソフィアの細い首を掴んだーーーところで、オズワルドの意識は暗転した。


「レグット伯爵の仰った通りになりましたね」


倒れたオズワルドを見下ろし、ソフィアはポツリと呟く。

愚息は今度は君に執着するかもしれないーーー絞り出すようなレグット伯爵の声を思い出す。オズワルドの口からは泡が吹いているが、いつの間にか傍に来ていたメリーがオズワルドに回復体位を取らせ、窒息しないようにしていた。

庭の木を見上げると、吹き矢を放った使用人がいい笑顔で親指を立ててきたので、ソフィアも親指を立てる。

大叔母がなにか喚いているが、それは無視することにする。近所迷惑になるのが申し訳ないが、気が済んだら適当に帰るだろう。


一連の騒ぎで、ソフィアの目眩と頭痛がぶり返してきた。

メリーもそのことに気づいたのだろう、ソフィアの肩に上着をかけ、家の中に引っ張っていった。


補足として、オズワルドは父親が回収に来たらしい。後に、レグット家の長男は病気になり、遠方で療養することになったという噂が貴族社会に広まった。

更なる補足として、大叔母の襲来もパッタリと途絶えた。伝書鳩で仕事に行っていたソフィアの両親が戻り、大叔母の首根っこを掴んで父の生家に突き返したらしい。


体調が崩れたり、落ち着いたりする日々を過ごすソフィアの家に、一人の女性が訪れた。

かつてオズワルドに付き纏われていた、マリエットである。



「急な訪いで申し訳ありません」


慎ましく頭を下げたマリエットを、ソフィアは興味深げに見る。黒い髪は動きやすそうに纏められ、同じく黒い瞳は疲れたかのように輝きがない。手は少し荒れていた。

意味の分からないことばかり言うオズワルドだったが、審美眼は確かだったようだ。確かにマリエットは美しい。

ソフィアには、白皙の美貌を讃えられるオズワルドよりも美しく見える。


「旦那様から今回のことを聞かせていただいて…居ても立ってもいられなくて…無遠慮かと思ったんですが、こちらに伺わせていただきました」

「そんな、無遠慮だなんて。貴方の顔が見れて嬉しいわ」


ソフィアは美しいものが好きだ。すぐに寝込んでしまう彼女にとって、働くことが出来る女性は皆美しく見える。

瞳が疲れて見えるのも、当たり前だ。なにかをすれば、責任を伴うことをすれば大概は疲れる。それ自体は特に不幸なことでも不憫なことでもない。

好きなことを仕事にしていても、疲労は溜まるのだ。さらにいえば、レグット家に仕えていた時は、精神的な疲労も酷かっただろう。

(あの人、なんで好きな女性の魅力を自分で損なうのかしら…)

やはり、オズワルドは理解不能だと思いながらも、ソフィアはマリエットに見惚れる。


「…お礼を言いたかったんです」

「お礼?私、貴方になにかしたかしら?」

「…あの男を好きになる理由が分からない、そう言ってくれたと聞きました」


ソフィアは目を点にした。


「え?え?だってそうでしょう?あの時、マリエットさんの方の話は聞けなかったけど…いくらなんでも仕事を邪魔したり、同僚の人との関係を悪くしたり、話をしていただけの人を殴り飛ばしたり、自分の生き方を不憫だって決めつけるような人、好きになるわけないと思うもの」


ソフィアの言葉に、マリエットの黒い瞳から涙が溢れた。

手で顔を覆い、嗚咽を漏らすマリエットにどうすればよいか分からなかった。あたふたしている内に、マリエットは落ち着いたのだろう、先ほどとは打って変わって晴れやかな顔をしていた。


「すみません、急に押しかけてきた挙句に、こんな…」

「いえ、そんな気にしないで。…ただ、どうして泣いたのか聞いてもいいかしら?」


やはりソフィアはソフィアである。こんな時でも自分の聞きたいことを聞く。


「嬉しかったんです。ずっと、私の意見は無視されるばかりで…。庭師のリングさんや旦那様は私の話を聞いて、理解してくれたんですが…」


他の使用人とは、そのことで揉めていたようだ。

詳しい内容は言わなかったし、流石のソフィアもマリエットの苦痛の内容を詳しく聞く気にはなれなかった。


「今回、あの男の方の話しか聞いていない中で、私の方の気持ちを汲んでくれた人がいたと聞いて…嬉しかったんです。…本当に、ありがとうございます」


そう言ってマリエットは去っていった。最後に浮かべた満面の笑顔は、思わずソフィアも微笑んでしまうようなものだった。

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