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プレゼント

作者: 江葉

たまにこういうのを書きたくなります。



『誕生日プレゼントだよ』


 十歳の時、わたくしは最高の『プレゼント』を貰った。


『大切にするんだよ』


 満面の笑みを浮かべた父に、わたくしは同じ笑顔で礼を言った。


『わかっていますわ。ありがとうお父様! わたくし大切にいたします』


 なんて素敵なプレゼント。その時のわたくしは感激のあまり涙ぐんでいたに違いない。プレゼントを抱きしめて、大切にすると誓った。可愛い、かわいい、わたくしのモノだ、と。



 ◇



「フィオレンティーナ、話がある」

「アーノルド様? それに皆様も、怖いお顔をしてどうかなさって?」


 学園の校舎を抜けて渡り廊下に出たところでわたくしを呼び止めたのは、婚約者であるアーノルド様と彼のご学友だった。

 渡り廊下からは中庭が見える。中庭にはガーデンテラスがあり、放課後そこでお茶をする生徒が集まっていた。

探しものの最中に止められて少し苛立ってしまったが、アーノルド様とご学友の後ろに探していたものを見つけてほっと息を吐いた。


「まあ、メテオラそんなところにいたのね。探しましたわよ」


 金の髪に蒼い瞳のメテオラはいつ見ても可愛い。びくりと肩を震わせて潤んだ瞳で見つめられると胸がきゅっと高鳴った。


「アーノルド様、見つけてくださってありがとう存じます。皆様も、メテオラを連れてきてくださったのね」


 感謝を込めて礼を言うと、なぜかアーノルド様は眦を吊り上げて睨んできた。


「フィオレンティーナ、メテオラとは誰のことだ?」

「メテオラはメテオラですわ」


 どうしたというのだろう。まさかアーノルド様は、メテオラを忘れてしまったのだろうか。


「お、お姉様……。わたくしの名前はクリスティーナですわ」


 メテオラまでおかしなことを言う。最近のメテオラは少し変だわ。


「メテオラ、またそんなことを言って。皆様を勘違いさせてはダメよ?」


 わたくしがやさしく諭すと、アーノルド様がなぜか怒りを膨らませた。


「フィオレンティーナ・メルダース。勘違いしているのは貴様だ! クリスティーナの人権を無視した非道な行いの数々、もう看過できん!」


 アーノルド様の大声に、ガーデンテラスにいた生徒たちが何事だと振り返った。

 その中に友人の顔を見つけてちいさく手を振ると、わたくし一人に対しアーノルド様たちが五人という構図に心配したのか席を立ってこちらに近づいてきた。釣られたように他の方々も遠巻きに見ている。


「聞いているのか!?」

「聞こえていますわ」


 わたくしのその様子に腹が立ったのか、アーノルド様が怒鳴りつけてきた。騎士志望なだけあって、声が大きくて耳が痛くなる。

 最近、というかメテオラを紹介してからアーノルド様はどうも怒りっぽくなった。今からこんな調子では、結婚後が不安になる。


「やはりメテオラと会わせるべきではなかったですわね。アーノルド様は変わってしまいましたわ。どうしてもと頼まれて学園に通わせましたのに……、そのような悪影響を与えてしまうなんて。ウェスト卿に申し訳が立ちませんわ」


 ウェスト卿はアーノルド様のお父君で、伯爵でもあるご立派な紳士だ。次男とはいえアーノルド様がこの様子では、さぞ頭を痛めていらっしゃるだろう。


「私が変わったのはクリスティーナのおかげだ。腹の黒い貴様とは違い、やさしく清らかなクリスティーナは貴族思考に凝り固まっていた私の心を包み、癒してくれたのだ」


 そう言ったアーノルド様がメテオラを引き寄せ、腰に手を回した。メテオラが恥ずかしそうに頬を染め、しかし嫌がるでもなく身を寄せる。

 これにはわたくしだけではなく、近づいていた友人たちや、見守っていた方々も眉を顰めた。

 人前で、婚約者でもない未婚の男女が身を寄せ合うなど、はしたないと言うべきだ。現にそこここから「はしたない」「何のつもりかしら」と非難の声が聞こえる。


「そうですよ、フィオレンティーナ様。アーノルドはあなたと婚約して以来ずっと苦しんできたのです」


 口火を切ったのはアーノルド様の親友のカルム様でした。


「アーノルドの悩みを理解せず、傲慢に振舞うあなたは友人の私から見ても目に余るものでした」

「なにより、クリスティーナ嬢を家に閉じ込めていたなどと、ご令嬢であろうと許されることではありませんよ!」


 リーヴ様とニヒト様も嫌悪を露わに言いますが、意味がわかりません。


「メテオラとコメットをどう扱おうと、わたくしの自由ですわ。婚約に苦しむほど悩まれていたのなら、そうおっしゃってくだされば良かったのに。何も言わなかったのはアーノルド様でしょう」


 そもそもこの婚約は、我がメルダース家の財力と軍事力に目を付けたウェスト家から申し込まれたものだ。メルダース家はウェスト伯爵領が一大農産地であることから受けたにすぎません。

 メルダース家はわたくしが継ぎますし、軍事と技術は切っても切れないものですから、我が家のほうが発展しているのです。


「婚約を解消しても、わたくしちっとも困りませんわ。父とウェスト卿にそうお伝えしましょうか?」


 むしろ困るのはアーノルド様でしょう。次男の彼ではわたくし以上の良縁があるとは思えません。


「……貴様のそういうところが嫌なんだ! もううんざりだ!!」


 なにやらアーノルド様が悲劇の主人公のように叫びますが、わざとらしくて逆に観客は白けていますね。


「どういうことでしょうか? まさかわたくしに、なんでもかんでも察して尽くせと? アーノルド様、それこそ傲慢、甘えというものですわ」


 わたくしの正論に、周囲の皆様もうなずいている。

 何も言わず、相談もせず、一人で抱え込んでいたのはアーノルド様なのだ。どうやらご友人には愚痴を吐き出していたようですが、それでわたくしを責めるのはお門違いというものでしょう。


「君が……! 貴様にそうやって脅迫めいたことを言われるたびに、私がどれほど追い詰められたのか知らないだろう! 父も兄も「フィオレンティーナ嬢にふさわしく」「メルダース嬢の夫として」と、そればかりだ! 貴様の付属品扱いにどれほど傷ついたか!! もううんざりだ!!」


 爆発するようにアーノルド様が叫んだ。彼にしがみついているメテオラはうるさくないのか、そっとアーノルド様の胸に手を当ててなだめている。


「まあ。ずいぶんご自分を卑下してらっしゃいますのね。そのように捻くれた心持ちでいらっしゃるからわたくしの言葉を脅迫だなんて後ろ暗く勘ぐってしまうのですわ。もっとゆとりをお持ちになって、父君や兄君に寄り添ってみてはいかが?」


 そこでチラッとメテオラを見ると、大げさなほど体を震わせてアーノルド様にしがみついた。


「メテオラとままごと遊びなどしていては、いつまでも成長できませんわよ?」


 ままごとなんて、もう卒業している年齢でしょうに。そう匂わせれば周囲から失笑が漏れた。


「ま、ままごと……?」

「お姉様、ひどいです。わたくしは真剣にアーノルド様と……!」


 メテオラが懸命に、けれども庇われながら訴えてくる。いつの間にあんな芸当ができるようになったのかしら。


「アーノルド様と?」

「えっ?」

「アーノルド様と、どうしたの? 何かあったの?」


 そこを追求されるとは思わなかったのか、メテオラの顔が赤くなる。アーノルド様はきっとわたくしを睨むと「悪女め」と吐き捨てた。ぐっとメテオラの肩を摑んで引き寄せる。


「フィオレンティーナ・メルダース侯爵令嬢、貴様との婚約は破棄する!」


 はっ、と顔を上げたメテオラが潤んだ瞳でアーノルド様を見つめた。

 アーノルド様は愛しいものを見る目でそんなメテオラを見つめ、うなずくと、一転してわたくしに憎しみの籠った目を向けた。


「そして私は、愛するクリスティーナ・メルダース侯爵令嬢と結婚する!!」


 破棄を叫んだ時よりも大きな声で、アーノルド様が宣言した。

 友人と周囲の方々が息を飲んだ。恥知らずな、とどこからか囁きが聞こえる。

 アーノルド様を祝福しているのはカルム様、リーヴ様、ニヒト様だけだ。


「一体どのような権利があって、アーノルド様がわたくしのメテオラと結婚するんですの?」


 問題はそこだ。アーノルド様にはメテオラをクリスティーナと呼ぶ権利も、メテオラと結婚する権利もない。


「お姉様、わたくしはクリスティーナです。メテオラではありません!!」

「……? あなたはメテオラよ? わたくしの十歳の誕生日プレゼントでしょう。コメットと一緒に、名前を付けてあげたじゃない」


 そう、メテオラと、メテオラの母のコメットはわたくしが貰ったプレゼントなのだ。メテオラをどうこうする権利はわたくしにある。


「名前を付けて、その晩は一緒に眠ったわね。お母様が儚くなって一ヶ月、わたくしを慰めようとお父様がくださったプレゼントだわ。わたくし嬉しくて、ドレスをお揃いにしたり、ご飯を食べさせてあげたり、髪を結ってあげたわ。そう、ご本を読んであげたこともあったわね」

「そうやってわたくしを人形扱いして、ないがしろにしたのはお姉様です!」


 メテオラは泣くが、ないがしろにしたなんて心外だわ。


「ないがしろになんてしていないわ。……ああ、一人になって、寂しかったのね? でもしかたがないわ。わたくしは学園に行っていて、メテオラに構っていられなくなったんですもの。それに、お友達もできて、お勉強も楽しくて、ついついメテオラのことを忘れてしまったの」


 入学前はメテオラとお茶会などを楽しんでいたものの、学園での勉強や友人との会話のほうが面白いのだ。知らないことを知るのは楽しい。

 でも、だからといって古いものを捨てたわけではない。馴染んだものの良さはよくわかっている。取り出すのはたまになっても、愛着があるのだ。


「わたくしだって大人になるのよ。メテオラは大切だけれど、メテオラにばっかり構ってはいられないの。ね?」


 わかってくれるでしょうと微笑んでも、メテオラは震えながら首を振るだけだ。困ったことに、メテオラを慰めようにもアーノルド様たちが邪魔で近づけなかった。


「クリスティーナと母君が、貴様への誕生日プレゼントだということは知っている。事あるごとに言っていたからな」


 だが、と言ってとうとうアーノルド様がメテオラを抱きしめた。


「名前を勝手に変え、服も満足に与えず、自由に外出もできぬよう閉じ込めていたそうだな! それのどこが大切だ!?」

「アーノルド様……!」


 アーノルド様に縋って泣くメテオラを、カルム様たちが慰めている。

 大切だからこそどこにも出さなかったのに、どうしてわかってくれないのだろう?

 メテオラの金髪をやさしく撫でる姿を見ながら、胸の底がすっと冷えていくのを感じた。


「……わたくしと結婚すれば、もれなくメテオラもついてきますわ。それではいけませんの?」

「そんなっ、それではわたくしはどうなるのです!?」

「ずっと家にいればいいわ。きちんと大切に面倒を見てあげてよ?」


 大切にすると誓ったのだから。

 それにメテオラはお人形ではなく生きているのだから、死ぬまで面倒を見るのが持ち主であるわたくしの責任だ。


「わたっ、わたくしには、わたくしの心があります!!」

「クリスティーナ……! フィオレンティーナ、貴様のその傲慢な振舞いが、クリスティーナをどれほど傷つけ、苦しめたのかわからんのか!」


 苦しんだり悩んだり、どうやらアーノルド様とメテオラは傷の舐めあいがお好きなようだ。

 気づかなかったのは、わたくしの落ち度かしら? いいえ、婚約者なのに相談してくださらなかったのはアーノルド様のほうだ。見栄がおありになったのだとしても、わたくしのものを奪うのはあまりに酷いなさりようだわ。


「だからといって、わたくしのメテオラがどうしてアーノルド様と結婚しなくてはなりませんの? わたくしから奪うのでしたら、それ相応の理由がおありですわね?」

「この期に及んでまだそんなことが言えるのか……!? 私とクリスティーナは愛しあっている。貴様のような、人を人と思わぬ女より、私を愛して寄り添ってくれるクリスティーナと人生を歩むと決めたのだ!」


 この人、いつからいちいち叫ぶようになったのかしら。呆れながら聞いていましたが、聞き捨てならないことを言われました。


「……愛しあっている? メテオラ、そうなの?」


 メテオラはまだ涙の残る顔を赤くしながらもうなずいた。

 返事は「はい」か「いいえ」でするように教えたはずなのに、なかなか直らないわね。本当に、物覚えの悪い子だ。


「それは、二人が愛を確かめ合ったと捉えます。それでよろしいのかしら?」

「そっ、そうです! わたくしとアーノルド様は、愛しあいました!」


 愛を確かめ合う。はっきりいうなら体の関係の有無だ。メテオラは、あろうことか衆人の中で認めてしまった。


「そう……」


 さすがに肩を落としたわたくしに、友人たちが励ましてくださる。


「フィオレンティーナ様、お気をたしかに」

「もう行きましょう。馬車停めまでご一緒いたしますわ」

「あのような恥知らずな方たちなどお気に止める必要はありません」


 何が悪かったのだろう? わたくしは、メテオラを愛していた。あんなに大切に、可愛がっていたのに。

 けれども今は友人たちのやさしさに甘えたかった。わたくしを裏切ったメテオラやアーノルド様ではない、純真なやさしさに縋りついた。


 心の奥底にあった、大切な部分が冷えていく。メテオラに抱いていた、愛情、と呼ぶべきもの。それが冷えて固まって、粉々に砕け散ったのを感じた。


「……婚約の破棄、たしかに承りました。メテオラについてはしかるべく処理いたしますので、そのままお持ち帰りくださってけっこうです」


 アーノルド様……いえ、もうウェスト様と呼ぶべきですわね。ウェスト様に一礼してそれだけを告げた。

 声もなく涙を零すわたくしへの同情の声と、メテオラとアーノルド様を非難する囁きを聞きながら、わたくしはメルダース侯爵家に帰還した。



 ◇



 十歳の時に母を亡くしたわたくしに、その悲しみも癒えぬ一ヶ月後の誕生祝に父から贈られたプレゼントが義母と義妹だった。

 父に愛人がいたことすら知らなかったわたくしは、その場で喜んで見せるしかなかったのだ。それ以外に、自分の心を守る方法がなかったから。

 もちろん、祖父母は怒った。

 母はメルダース侯爵家の一人娘で、祖父母に溺愛されていた。父と母は政略結婚でも幼い頃から婚約しており、二人の仲睦まじい姿はおしどり夫婦として有名だったのだ。


 それが蓋を開けて見ればわたくしと一つ違いの娘まで産ませた長い愛人がいた。よくも騙してくれたと祖父母が怒るのは当然だろう。


 わたくしにとって幸いだったのは、男子が生まれるまではと祖父が爵位を譲っていなかったことだ。祖父母は娘の産んだたった一人の孫のわたくしを養子にし、父に侯爵位を渡さないようにしてくれた。

 便宜上、父と呼んでいるが、あの男はメルダース侯爵家に寄生しているだけの無関係の人間である。

 可愛いメテオラとコメットがいたからわたくしが祖父にとりなしていたに過ぎない。メテオラを捨てた今、もうその必要はなくなった。


 どこからか叫び声が聞こえるが、些細なことである。


「フィオレンティーナ、今までよく耐えたな」

「いいえ。お爺様にはわたくしのせいでかえってご迷惑をおかけしました」


 お爺様とお婆様に今日の事をお伝えすると、ただちにあの三人の処理とウェスト伯爵家に婚約破棄の手続きを取ってくれました。

 ウェスト卿はご子息から話を聞いたのか、ご本人は来られなかったが夜には使者を立てて丁寧な詫びが届けられた。正式な謝罪はまた後日改めて、ということだ。

 アーノルド・ウェスト様との婚約は無事に破棄されました。人目のある所でああまで言ってくれたのです、なかったことにはできません。我がメルダース家の面子にも関わります。


「クリスティーナとナタリアをメテオラとコメットにすることで、二人を大切にすることができたのです。そうでもしなければ、わたくしはあの二人を認めることができなかったでしょう」

「わかっている。そこまでフィオレンティーナを追い詰めたのは、あの男とナタリア、そしてクリスティーナだ」

「あの男の裏切りの証ですものね。心が壊れてしまっても無理のないことよ」


 お爺様が重々しくうなずき、お婆様は涙ぐんだ。


「あの子を亡くした直後に新しい母と妹をプレゼントだと言って連れてくるなど鬼畜の所業よ。人の心を持たぬケダモノを、ようやく追い出せてせいせいしたわ」


 お爺様が吐き捨てた。

 わたくしが徹底してクリスティーナとナタリアを「メテオラ」と「コメット」として扱っていたせいか、メルダースの使用人もそれに倣った。あの二人はまさにわたくしのお人形、ペットと同じ扱いだったのだ、父にとっては予想外もいいところだったろう。


 父は自分の立場をよくわかっていた。だからこそクリスティーナを学園に通わせて支持を集めさせ、ウェスト様と恋仲になり、裏からわたくしを操ろうと企んだのだ。お母様にやったことを、わたくしにもやろうとした。

 あの男の誤算は、わたくしはお母様ほど純真ではなく、お爺様とお婆様が警戒していたこと。アーノルド・ウェスト様がクリスティーナと本当に愛しあってしまったこと。

 メテオラとして育っていたクリスティーナが、まるで物語の姫君を王子様が救い出すかのようなシチュエーションに、すっかり酔ってしまったことだ。


「ウェスト様は、残念でしたわ。わたくしなりにお慕いしておりましたのに……。肉欲に負けて、衆人の中であのようなことをおっしゃるなんて」

「フィオレンティーナ……」


 アーノルド・ウェスト様とは学園に入学してからの婚約でした。伯爵家次男のあの方は軍部入隊を目指しており、そこでわたくしを見初められたのです。

 女侯爵の夫が軍を仕切り、メルダースとウェストを守る盾となる。わたくしとしても、夫が頼りになるというのは安心要素でした。


「一方の意見しか聞かず、事実の確認を怠り、貴婦人一人を殿方が揃って理不尽に責めたてる。騎士としても夫としても失格ですわ」


 以前はそうではなかった。ウェスト領に広がる黄金の小麦畑を語る、やさしい瞳をしたあの方が好きだった。穏やかな人柄に惹かれ、頼もしさに甘えることができるのでは、と信頼していたからメテオラを紹介したのだ。

 あの男のせいで結婚にも男にも失望していたわたくしが、信じても良いのではと思いはじめるきっかけになってくれた。そういう意味では感謝しても良いのかもしれなかった。


「フィオレンティーナ、男はあんなのばかりではないわ。あなただけを見てくれる人が必ずいます」

「はい、お婆様。わたくしも、お爺様のような方が現れてくれると信じていますわ」


 残念なのはたしかだが、結婚前に本性を知ることができたのは僥倖というべきだろう。もしもあのまま結婚していたら、と思うとぞっとします。

 メテオラとコメットを処分するいいきっかけにもなりました。特にメテオラは、学園に通いはじめてからわたくしと会話にならなくなっていたので、どうしたものかと悩んでいたのです。アーノルド様が責任を持って引き受けてくださるのなら、メテオラにも文句はないでしょう。


 メテオラは自分にも心があると言っていました。ならばわたくしにも心があるということを理解していなくてはなりません。

 わたくしが、どれほどお母様を愛していたか、お母様を裏切っていたあの男を恨んでいるか、のうのうとこの家にやって来たクリスティーナとナタリアを憎悪しているか、理解しているはずですわ。


 あの日、誕生日に貰ったプレゼントをわたくしは大切にいたしました。

 何をするにも一緒で、お揃いのドレスを着て、食事を与え、髪を整えてあげた。

 侯爵家を継ぐ勉強が辛い時や、お母様を思い出して悲しい気分になった時、わたくしの気持ちを語って聞かせました。時々存在を忘れてぞんざいに扱ったこともあるけれど、言われた通り大切にした。可愛い、かわいい、メテオラはわたくしのお気に入り。


 だから、他人の手垢がついてしまったものなどもういらないのだ。


 わたくしのモノをどうしようと、わたくしの自由でしょう?


「なにも国内の貴族に限ることはない」

「そうですとも。フィオレンティーナを娶れる僥倖を理解せぬ男が悪いのです。フィオレンティーナを幸せにできる男であれば、どこの馬の骨であろうとも我慢いたしますわ」

「お婆様ったら、馬の骨に失礼ですわ」


 鼻息を荒くするお婆様に少しだけ笑った。

 後顧の憂いがなくなったわたくしは、好きな殿方を相手に選ぶことができる。騎士でなくとも、貴族でなくとも、わたくしが愛せるお方であればいいのです。

 わたくしきっと大切にいたしますわ。裏切らない限り、死が二人を分かつまで。

 その時を想い、わたくしはぽっと頬を染めた。

 お爺様とお婆様がそんなわたくしを微笑ましく見守ってくれている。


 帰ってきてから聞こえていた喚き声がようやく止み、やってきた執事が「不用品の処分が済みました」と告げた。





・フィオレンティーナ:パスみ溢れる少女。母が死んだ直後に愛人とその娘を「新しいお母様と妹が誕生日プレゼント!」とやられて壊れた。一度好きになったものには執着するも、冷めた途端にためらいなく捨てる残酷さを持ち合わせる。

メテオラとコメットについては完全にペット感覚で接していた。人権? なにそれ? メテオラとコメットというモノだと思っていた。


・メテオラ(クリスティーナ):一歳違いで腹違いの妹。父親を独占していた悪女が死んでわたくしお姫様! と意気揚々乗りこんだら「プレゼント」にされ、それにふさわしい扱いをされた。子供の残酷さで髪をざんばらに切られたり、気が向いた時にしか食事を与えられなかったり、フィオレンティーナが作ったままごとご飯を食べさせられたりもした。

クリスティーナ視点なら真実の愛に助けられたシンデレラストーリーになる。


・コメット(ナタリア):長年愛人の身分に甘んじてたんだから、正妻がいなくなったら陽の目を浴びて良いでしょう!? と侯爵家乗っ取りを企んだ。結果、自分の娘に台無しにされる。貴族を甘く見ちゃいかん。メテオラと共にフィオレンティーナの「プレゼント」になる。

実は第二子を妊娠していたが、生まれてくることはなかった。


・父:婿の立場をよく理解していた。フィオレンティーナへの誕生日プレゼントと言って愛人と娘を連れてきた元凶。なぜ連れてきたかというと、ナタリアのお腹に第二子がいたから。男が生まれていたら契約通りその子に爵位が行くと思っていた。生まれてこなかった理由? まあ、メテオラとコメットが生きてただけましなんじゃないかな。


・祖父母:婿に愛人がいたのを薄々察していたので引退せず、娘を守っていた。娘が自分たちより先に逝ってしまい失意に暮れた人。

娘の死後すぐに後妻と連れ子を迎え入れたのは「プレゼント」だと言われたから。そう、それならどんな扱いでも文句はないわよね。使用人にも徹底してフィオレンティーナの好きなようにさせた。第二子が生まれてもメルダースの血を引いてないし、叩き出す気満々だった。生まれてこなかったし、コメットはもう子供産めないのを知ってる。フィオレンティーナを溺愛し、その婿になれるんだから幸せよね? と心底信じている。


・アーノルド:騎士志望の心をくすぐられてクリスティーナに陥落。フィオレンティーナとの婚約破棄後はクリスティーナとその両親が寄生する中で結婚。メルダースとウェストとの提携は白紙になった。慰謝料のこともあり、領地の片隅で害獣退治で生計を立てる。色々なもの(借金・害獣・世間の目)と戦っている。



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