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花守の愛妻道中  作者: 依馬 亜連
本編
2/29

1:喪服の少女

 澄んだ海は、波も穏やかだった。

 快晴の空を少しばかり濃くしたような、青い水面越しに時折、小魚の群れやクラゲが見て取れる。

 その海面に真っ白な泡をかき立てながら、真倉瀬島への定期船が進んでいく。観光客らしき家族連れやカップルは窓際の座席を陣取って、やれ大きな魚影があった、イルカが跳ねていた、だのとはしゃいでいた。


 大学進学と共に真倉瀬島(まくらせじま)へ移り住んで、約一年半。深良(みら)にはもはや、魚に一喜一憂する初心さ等は残っていなかった。通路側の硬い椅子に大人しく座り、ぼんやりとした面持ちで天井を見つめる。

 もちろん、椅子が硬いのは通路側も窓側も変わらず、であるが。

 天井は白いペンキがあちこち剥げ、蛍光灯も等間隔に歯抜け状態だった。経費節約のためだろうか。いや、そうに違いない。


 ついでに言えば彼女は今、魚どころではなかった。

 喪服のまま、着替えもせず、彼女は島に戻ってきていた。お通夜と葬儀を終えてのとんぼ返りであるため、心底クタクタだったのだ。おかげで元々白い肌が、疲労によって更に血の気を失っていた。

 ぐったりと座席に沈み込む、黒ずくめの小柄な少女を、しかし周囲の島民は気にも留めない。

 フカフカの毛が生えた猫のご婦人も、背中に生えた羽が潰れないよう浅く座席に座る少年も、基本誰もが他人には知らんぷりだ。

 そういう島民の纏っている空気が、深良は好きだった。なお観光客は、時折チラリチラリと彼女を横目に窺っていたが、黙殺する。


 真倉瀬島はどこよりも、あらゆる種族の「人間」が入り混じる都市だ。

 獣人(じゅうじん)鳥人(ちょうじん)草人(そうじん)結晶人(けっしょうじん)も、それぞれのコミュニティを作ることなく、小さな島の小さな街で肩をぶつけ合いながらも共存している。

 深良のような霊長類から進化した人間、いわゆる霊人(れいじん)の方がむしろ、そこでは少数派であった。世界全体で見れば、霊人が多数派でありつつ富を独占しているのだが、この島だけは例外なのだ。

 そんな歪んだ社会構造を持つ島だからこそ、住民たちは種族も生き方も違えど、皆、「厄介ごとには出来るだけ首を突っ込まない」という姿勢を共通して身に着けているように伺えた。


 おそらく深良が白いハンカチで顔を覆い、さめざめと号泣したところで、きっと誰も振り向きすらしないだろう。

 もちろん、彼女はそんなことはしないが。

 通夜と葬儀は、彼女の両親のために行われたものだった。

 だが、そこに悲しみはなかった。

 両親はお互いの愛人を公認し合っていた。そうすることが、「自分らしく」生きる方法だと信じていたのだ。忌々しいことに、両者共に。


 そして深良の悪感情などそっちのけで、二人は愛人と連れ立って、ダブルデートするような間柄だった。

 そんな、娘や第三者から見れば爛れきった、「まとめて爆ぜてしまえ」と鬱陶しがられるような関係を構築した挙句、交通事故で四人全員あの世送りとなったのだ。

 彼らのために流す涙など、とうの昔に枯れ果てた……どころか、そもそも両親用の涙の在庫があったのか、そこから疑わしい。なにせ物心ついたころから、恋に生きているような両親だったのだ。


 ただ、深良はとにかく疲れていた。ダブル不倫中の事故死という点で、葬儀がどんな様相だったのかは想像できるだろう。端的に言って、地獄絵図であった。

 深良はこぢんまりと殺風景な下宿先に戻り、さっさと布団にダイブして、そのまま泥のように寝たかった。

「……あー……でも、だめだ」

 膝に乗せたカバン越しに、マナーモードにしていた携帯端末を撫でて、ぽつりとつぶやく。

「お店に、顔出さなきゃ」

 やむにやまれぬ事情だったとはいえ、二日間もバイトを休んでしまったのだ。せめて一言、あいさつに行かなければ。彼女は年に似合わず、義理堅いのだ。

 不義理が基本装備であった、両親を反面教師にしている、と言っても過言ではない。


「布里絵さん、腰大丈夫だったかな?」

 バイト先は年齢不詳のご婦人、大戸 布里絵女史が趣味もかねて経営するレンタルビデオショップだ。

 個人経営の中規模な店ながらも、女主人の映画の趣味が良いため、店は存外繁盛している。

 また、彼女の人柄の良さも、人気の要因だった。

 くたびれた深良も今は、店長の快活な笑顔に癒されたい気分だ。

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