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花守の愛妻道中  作者: 依馬 亜連
本編

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17/29

16:虫よけ

「大丈夫だと思いますよ。おしっこちびって震えあがってましたし」

「いや、ああいう連中は学習しない。連中の仲間が、報復に来る可能性もある」

「だけど典都さん、安静にしなさいって……」

「車で送迎するだけだ」

 そんなやり取りを続けている内に、大学へ到着した。

 三日間の静養を言い渡されている典都に送り迎えをしてもらうことは、深良の心に申し訳なさを生んだ。

 しかし心配してもらえることは、同時に嬉しくもあった。体の内側が、ほかほかと温かくなる。


 昨日と同じように、正門を潜り抜けて右手に広がる駐車場へ一時停車する。しかし今日は一番奥の駐車スペースではなく、前方二列目に停められた。特に深良も、それに対する異議はない。

 代わりに小さく、お辞儀をした。

「でも、ありがとうございます。今日こそは勉強、頑張ってきますね」

「ちょっと待て」

 いつも通りかすかに笑って送り出すかと思いきや、制止の声が返された。

 そして深良へ、先端が二股になった黒い物体を押し付ける。手のひら大で、リモコンのようにも見える。

「スタンガンだ」

「えっ」

 暴力と無縁の世界で生きてきた深良は、わずかにのけぞった。怯む彼女へ、典都は更に護身グッズを手渡した。

 催涙スプレーに、特殊警棒、防犯ブザー……フルコースである。


「いっ、いらないよ! こんなの使えないっ」

 彼女には物騒過ぎて、手に持っていることもおっかなかった。大慌てで押し返す。

「スタンガンなら、脇に付いたスイッチで──」

「そうじゃなくて! いざという時に、きちんと使いこなせないよ。相手に取られちゃうのがオチだと思う」

 眉を八の字にして、深良は上目で訴える。

 こめかみに走る亀裂を撫でながら、典都の口はへの字になる。

「そうなのか?」

「人を殴ったこともないですもん、あたし」

 ふむ、と典都は唸る。

「分かった。なら、せめてこれを持っていてくれ」

 そう呟いて、ジャケットのポケットから小さな箱を取り出した。深紅のベルベットが張られ、まるでリングケースのようだ。

 と、そこまで考えて、昨日の彼の言葉を思い出す。


──指輪を付けて欲しい。


 驚きで頭が真っ白になった深良の目の前で、ケースが開けられた。

 白金で作り上げたレースのような指輪が、そこにはあった。本土でも見かけたことのない作りである。おそらく、結晶人風の結婚指輪なのだろう。

 よく見るとプラチナのレースは、鍵の模様を織り成していた。


「いつ、買ったの?」

 (きら)めく贈り物を見つめながら陶然とこぼれ出たのは、そんな間抜けな問いかけだった。

 対する典都は、惚けた妻にも淡々とした口調を崩さない。

「籍を入れてすぐに。渡せる関係になれば、と願掛けで」

「でも、サイズ……」

 深良本人も、指輪のサイズを把握していない。

 彼女だって年頃の女性なので、貴金属には興味がある。安価なものだが、ネックレスやイヤリングなら持っている。


 だが指輪は、他のアクセサリーと比べても特別な代物だと認識しており、自分が持つにはまだ早い、と考えていた。

 しかし台座から引き抜かれた指輪は、彼女の左手薬指へぴったり納まった。

 驚きが重なり、深良は声すら出なくなった。彼女を見つめ、典都は広い肩をすくめる。

「目測で買った」

「うそ」

「嘘だ。実のところ、君がバイト中に偶然知った」

「ぐうぜ……あ」

 そう言われ、思い当たることがあった。


 以前、女性客が「叔母に貰ったけれど、小さすぎて入らない」とリフォームのために持っていた指輪を、他の客と一緒にはめたことがあった。

 その指輪がピッタリだったので、

「店員さんったら、指も細いのねぇ!」

などと褒められたことは覚えている。残念ながら、女性客から教えられたサイズまでは覚えていないが。

「あの客が言っていたサイズを覚えていた」

 本人でもない典都は、ちゃっかり聞き耳を立てた上で記憶していたらしい。


「記憶力、良すぎですよ……」

 顔が熱くなる。照れに照れてうつむく深良の左手を、典都は真摯(しんし)に見つめた。

「指輪、よく似合っている」

 いつも通りの生真面目な声音が、その感想が上辺ではなく本意なのだと証明していた。

「……うん、きれい。ありがとう」

 深良の言葉も、お世辞ではなかった。精緻(せいち)なデザインの指輪には、一目見て惚れ込んでいた。

 頬を赤く染めたまま、笑顔を持ち上げる。

「ねえ、典都さんの指輪は?」

「一応、持っている」

 答えながら、ズボンの後ろポケットをまさぐり、裸のまま放り込まれていた指輪を取り出した。本当に「一応」持っていただけらしい。

「もうちょっと頓着して下さいよ」

 妙なところで気の抜けている彼に呆れつつ、それを受け取った。こちらは、細身の剣が意匠に取り入れられていた。当たり前だが、深良のものよりもずっと大きい。


 結婚式もしていないので、少し奇妙な心持ちにもなるが。

 それでも、深良は出来るだけ表情を引き締めて厳かさを装い、典都の左薬指へそれをはめた。すべすべした石の肌は、やはり触り心地が最高だ。

 白金を織って作られた指輪は、確かに二人が夫婦なのだと証明していた。

 その事実は、深良の気持ちを上向きにさせる。

 一方の典都はしげしげ、己の指を物珍しげに見ている。

「まさか、深良にはめてもらえるとは」

「そんな手酌みたいな真似、させませんよ。結婚指輪なのに」

 存外意外そうな声音に、深良は少しむくれた。

 口をとがらせると、典都はニヤリと笑って深良の指輪をなぞった。

「これが虫よけにもなるだろうし、防犯グッズは諦める」

 どうにも夫は心配性である。つい、深良は小さく噴き出した。


「心配しなくても、男の子の友達はみんな彼女持ちですよ」

 間近にある典都の顔は、しかつめ顔のまま、すぐさま首を振った。

「男を買い被るな。彼女持ちだろうが妻帯者だろうが、周囲に魅力的な女性がいればすぐに尻尾を振る、浅はかな生き物だ」

「自分だって男のくせに」

 再度笑う。至近距離で見つめ合うことに、不快な緊張感はもたらされなかった。

 だが、幸か不幸かその2人きりの空間は、ノックの音で断ち切られた。


「わっ」

 思わずびくり、と肩を飛び跳ねさせ、助手席の窓ガラスを見れば。

 あちこちに絆創膏を貼った、仁八の顔があった。右の頬には、紫色の内出血の跡も。

 昨日は彼がマウントを取っていたため気付かなかったが、相当父親からの反撃もあったらしい。

 驚くことも、訊きたいことも目白押しだったので、深良は外へと出る。

 数歩下がって彼女が降りる場所を作った仁八は、穏やかだが悲しげな顔でぺこり、と頭を下げた。

「昨日は酷い目に遭わせて、ごめん。それなのに助けてくれて、本当にありがとう」

「ううん、あたしは何もしてないよ。藤田くんこそ……大変、だったね」

 壮絶な親子喧嘩について触れるべきか分からず、はぐらかした労いにとどめた。


 顔を上げた仁八は、怪我のない左頬を撫でた。

「俺と父親、いつも喧嘩してるから。さすがにあそこまで殴り合うことは、滅多にないけど。酉島──じゃなくて、麻生だっけ?」

 仁八はちろり、と運転席から出て来た典都と、深良を交互に見る。面白がっている目だ。

 そういえば車中での様子も見られていたんだ、と深良は赤い顔をしかめた。公然といちゃいちゃするなんて、彼女の柄ではないのに。

「……どっちでもいいから」

「じゃあ、とりあえず酉島で。酉島こそナイフで脅されてたけど、大丈夫だった? 血も出てたよね?」

 ハイネックのカットソーで隠した首筋に手を添え、深良は笑う。

「病院で、ちょっと消毒しておしまい。怖い夢にうなされることもなく、昨日もぐっすり眠れました」

「そっか」


 ほ、と仁八が吐息をこぼす。そして車を挟んで、典都を見上げた。視線は彼の、こめかみから頬に走るひびへ。

「旦那さんは、その、お体は……凄いことになってましたけど」

「気にするな。株価の変動にも一喜一憂して、発火する種族だ」

「えっ」

 真顔でそう返され、仁八は目を白黒させる。深良は黙って典都の顔を仰ぎ見ていたが、かすかに口元が緩んでいるのを見とめた。

 深良の改姓を茶化されたことに対する、意趣返しなのだろう。

 案外幼稚な人なんだから、と深良はため息をつく。そして仁八へ助け船を出した。

「典都さん、からかってるだけだよ」

「え、あ、そうなのっ?」

 お坊ちゃんであるためか、仁八は案外騙されやすい。


 当たり前だ、と大人げない年長者は腕を組む。

「株価で発火してたまるか」

「はぁ……」

「ただ、結晶人の体質であることは本当だ。妻も無事に助けられたんだから、君も気に病むな」

 初対面の人間でも「どうやら笑っているらしい」と認識できる程度に、典都の笑みが濃くなる。仁八もようやく、安堵したように頷く。

 そして彼の視線は、深良と典都の左薬指に注がれた。


「羨ましいです」

 遠くを見るような表情でこぼれ出た声音は、快活さとは無縁のものだった。

「彼女との交際も反対されて、友達も霊人だけに限定されて、その友達まで危険な目に遭わされて……なんで、俺、あいつの息子に生まれたのかな、と思うと悲しくて」

 仁八は涙を流さなかった。だが落胆と憤りに縁取られた声は、たしかに震えていた。

 深良も自分の生まれや、両親の存在を疎んだことはある。だが、彼に共感を示しても良いのか、と逡巡(しゅんじゅん)した。


 典都と生活を共にするようになってから、彼らに対する恨み言も少しずつだが、減っていたのだ。現状甘やかされている自分に、同意する資格はあるのだろうか、と悩む。

 暗くなった年少者たちを見かねたのか。腕組みのまま黙していた典都が、いつもの落ち着き払った低い声を発した。

「俺は正直なところ、藤田君が羨ましい」

 意表を突かれた仁八の顔から、束の間憂いが消える。典都は淡々と続けた。

「仕事柄、俺が深良と過ごせる時間は限られている。年齢も種族も違う。妻と長い時間を共有できる君を、妬んでもいる。君の悩みに比べれば、些細なものだが」

 彼の言葉通り、仁八の悩みと比較すれば、些細な嫉妬かもしれないが。


 だがそれは、根幹は彼の憤りと同じだった。

 自分ではどうしようもない状況から、ふつふつと沸き上がる不平不満。

 仁八もようやく、薄っすらと笑う。

「俺もせめて、彼女の友達に羨んでもらえるような、認めてもらえるような恋人になります」

「見ず知らずの三人組に拉致された状況で、友人を庇えたんだ。君は十分立派だ」

 こめかみの亀裂を撫で、なんてことない口調で典都が返した。

 だが、その言葉の破壊力は大きかった。

 途端に仁八の表情が、晴天のように明るくなる。上気した頬で、彼は溌剌と頷いた。


──典都さんって、きっといい上司なのかも。


 飲み会での、部下たちから慕われていた様子も思い出し、深良は胸中で呟いた。

 強面で、しかも表情に乏しく、口調も堅苦しいが。

 典都はきっと、相手の気持ちを深く(おもんばか)れる人物なのだろう。

 彼と結婚して良かった、と素直に思えた。

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