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花守の愛妻道中  作者: 依馬 亜連
本編
15/29

14:藤田父

 十分ほど大通りを走った後、タクシーが右折すると、護花隊本部が見えた。相変わらずの、クラシカルでおしゃれな佇まいだ。

 本部入り口前の広場に、タクシーは停車した。深良に手渡されたベルトから財布を取り出し、典都が宣言通り運賃を払う。もちろん、領収書は忘れない。

 最後に運転手と挨拶を交わし、外へと出る。タクシーが広場を一周して敷地の外へ消えたところで、典都は腰に手を添えて伸びをした。


「狭かった」

 次いで肩や首も、ぐるりと回した。

屈葬(くっそう)みたいになってましたもんね」

 気の毒に思いながらも、深良はつい笑った。

「ボブスレーのそりに比べればマシだがな」

「えっ。ボブスレーなんて、したことあるんですか?」

 これまたマイナーなスポーツを選ぶな、と目を丸くする。

「『クール・ランニング』に憧れて」

 引き締まった表情のまま、往年の名作スポコン・コメディ映画の名前を出され、深良は束の間ぽかん、となった。


 しかしすぐに、コートを抱きかかえたまま背を折り曲げ、大笑いした。

「ミーハー過ぎます!」

「家の湯船でイメージトレーニングもしたぞ」

 鮮明に浮かんだその光景が追い打ちとなり、深良は更にけらけら笑った。目尻に涙も浮かぶ。

「そこまで笑うか」

 典都の口元がへの字になる。

「ごめんなさ……ふふっ。だって、周りに流されるタイプに見えなかったから」

「『カリオストロの城』を観れば、ミートボールのパスタが食べたくなるタイプだ」

 分かりやすいまでに、脳天から影響を浴びる性質であるようだ。


 潤んだ目尻をぬぐい、深良は微笑む。

「今度、ミートボールのパスタを食べながら、『カリオストロ』観ましょうか」

「楽しみだ」

 への字が緩み、典都もかすかに笑った。

 入り口の両開き扉まで辿り着いたところで、本部裏手からやって来た真昼と行き当った。

「班長、もう大丈夫なんですか?」

 気遣わしげに黄色い目を細めながら、彼は右手で何かの鍵をもてあそんでいた。

「治療も受けた、問題ない。バイクは?」

「あ、はい。裏の駐輪場の、いつものとこに」

 典都が乗り捨てた隊用バイクは、彼が回収してくれたらしい。ほい、と間抜けな掛け声と一緒に投げられた鍵は、寸分たがわず典都の手の中へ。


 そして真昼はにっかりと、深良を見る。

「深良ちゃんも無事でよかった」

「ありがとうございます」

 屈託ない真昼の笑顔に、深良も素直に礼を言った。

「深良ちゃんが誘拐されたって、班長から連絡あった時さ、もう、支離滅裂で! こっちは場所が知りたいのに、要領を得ないのなんの!」

 しかし続けて言われた言葉に、深良の丸い目が更に、ビー玉のように丸くなった。


──典都さんの自己申告と、ずいぶん様子が違うような……


 気付かれないよう、うっすら横目で彼を伺えば、煮詰めたコーヒーでも飲み干したような顔があった。

 つまりは図星らしい。

 若干空気が読めないらしく、真昼はそれに気付かずベラベラ続ける。

「気のせいか、ちょっと声も上ずってたし、班長泣いてたんですか──あがぁぁっ!」

 それに対する答えは、背後に回り込んでから脇で顔を挟み込んで締め上げる、ドラゴン・スリーパーというプロレス技であった。無言そして無表情で行われているため、尚更恐ろしい。


 真昼の地獄の絶叫を背に聞きながら、深良はそそくさと護花隊本部へ入った。

 今の二人には、関わらない方が良いだろう。

 だが入ったら入ったで、怒声の応酬が待ち受けていた。

 前回お邪魔した時の、比ではない。なにせ入り口のホールで、青年と初老の男性が取っ組み合いの喧嘩をしているのだ。

 おまけにマウントを取っている青年は、仁八だった。埃っぽい服を、更に取っ組み合いによってあちこち破りながら、彼は叫んでいた。


「あんたのそういう、霊人至上主義のせいで! 俺も、友達も、死にかけたんだぞぉ! なんでっ……それが分かんないだっ!」

 真っ赤な顔で声を枯らす仁八を、初めて見た。深良は唖然と、固まった。

 彼の怒鳴った内容によると。

 馬乗りで殴られている初老こそ、二人が誘拐される原因となった藤田 東久(はるひさ)氏らしい。髪をツンツンと立たせ、成人した息子がいるとは思えない若々しさ……のはずだが、その息子によってあちこちボロボロになっている。


 なんとかなだめようと群がっていた隊員の一人が、肩で息をする仁八を、後ろから恐々羽交いに押さえる。

 もう一人の、草人の隊員が藤田氏を抱え起こそうとしたが、その手を藤田氏が叩き返した。

「触るんじゃねぇよ、ヒトモドキ」

 お坊ちゃん然とした仁八の親とは思えぬ、そして年に似合わぬ、思慮分別が欠片も見受けられない声音だった。


──この人、嫌いだ。


 深良は直感した。

 公衆の面前で息子に殴られちゃって可哀想に、とうっすら覚えていた同情も掻き消える。

 一方の仁八は、鳥人の隊員になだめられるまま、大人しくなった。

「……どうぞ、逮捕でもなんでもして下さい。俺、霊人だからって、優秀なわけじゃないんで」

 最後の言葉はじろり、と父親に向けられたものだった。

「逮捕だなんて、ほら、親子喧嘩ですし……でも、手当てしないとね?」

 鳥人の隊員は麗しい顔に愛想笑いを貼り付け、腰の低い調子のまま、仁八を本部へと案内する。


 連れて行かれる途中で仁八は、疲れ切った目で周囲をぐるりと眺めた。そして、棒立ちになっている深良と、一瞬だが目が合う。

「あっ……」

 驚きで目を剥いた彼と、ばつの悪さで身をすくめた深良が、同時に無意味な声を漏らした。

 だが、結局、お互いにその後続く言葉はなく。仁八は再びうなだれ、隊員に支えられながら奥へ消えた。


「藤田社長も、お怪我の手当を……」

「いらねぇよ。こんな獣臭いところで治療されたんじゃ、逆に悪化するだろ」

 残された隊員の気遣いも無下にして、洒落たスーツの皺を正しながら、藤田はなおも毒づいた。

 さっさと隊員に背を向けた藤田が、立ち尽くしている深良と、目を合わせた。

 いや、彼女の後ろに立っていた、典都をねめつけている。

 がに股でヅカヅカ近寄って来た藤田は、典都とすれ違いざま、鼻で笑う。

「またヒビ増えてやがるじゃねぇか。みっともねぇな、クズ石は!」

 典都は眉すら動かさず、去って行く藤田へただ、会釈のみを返す。


 代わりに、深良の体が震えた。圧倒的な怒りで。

 たまらず拳を作った彼女の肩を、典都がそっと撫でた。

「いつもの事だ」

 だから気にするな、とその口調が語る。悔しさで思わず涙の浮かんだ目を、深良が上に向けると。

 どこか達観した表情の典都と、そして真昼がいた。

「スポンサー様だしね、放っておくしかないんだよ」

 毛並みに締められた跡が残ったまま、慣れた様子で笑う真昼に、深良はくすん、と鼻を鳴らして不満を示した。

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