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模擬戦?


 ――要するに、ぼくみたいな超高密度のマナで実体を作ってる場合、細胞の一つ一つまで身体強化で覆われているようなものなんだよね。



 戦闘後、シグの「何なんだお前」という率直な疑問にクゥはそう応じた。



「外見も中身も人間とほぼ同じ構造だけど、その疑似内臓を作っているのもやっぱりマナだし。『精霊術を使う仕組み』はシグの中に残ってるから、できるのは原始的なマナの扱いくらいだけど……まあ、普通の人間よりは性能が高いんだよ」


 怪力も、マナの一部を取り出しての砲撃も、自身がマナの塊だからこそだとクゥは語る。


「精霊術が木を削って作った木剣だとするなら、ぼくがやってるのは引っこ抜いた大木をそのまま振り回すような感じかなあ」


「なるほど。そりゃ原始的だ」


 大破壊が繰り広げられた修練場を眺めながら、シグが呆れ顔で言った。


 そんな二人のもとにルドルフがやってくる。


「いやあ……驚いた。クゥ君、今のは精霊術ですか?」


「うん。だいたいそんな感じだよ」


「ガーゴイルたちをああも簡単に蹴散らされたのは初めてです」


 感嘆したようにそんなことを言うルドルフ。


 特に悔しがっている雰囲気はない。


 サブマスの中には一度負けた相手を地の果てまで追いかけて叩きのめそうとする者もいるらしいが、彼はそんな狂人とは違うようだ。


「それでサブマス君、試験の結果はどうだい?」


 クゥが尋ねると、


「さすがに、これでは不合格と言えませんね。多少思うところはありますが……」


 ちら、と何か言いたげにシグを見るルドルフ。


「何を言ってる。俺たちはパーティだぞ? パーティの勝利はメンバー全員のものに決まってるだろ」


「いや、理屈としてはそうなんですけども」


 シグとしては試験に受かったのだからどう思われようと構わないのだが、そう思わない派の者もこの場にはいる。


 クゥは、がしっ、とシグの腕に抱き着きつつ、


「サブマス君、シグを甘く見ないことだよ。シグはぼくより強いからね!」

「余計なことは言うんじゃねえ馬鹿野郎」


 『では実力を見せていただきましょう』とか言われたらどうすんだ、と嫌そうな顔をするシグだった。


「ははは。それは怖いですね」

「ほら見ろ。すげえ大人の対応されてるだろうが」

「むう……」


 むくれた様子のクゥに、シグはやれやれと肩をすくめる。


 と。



「へーえ、それなら俺たちが確かめてやろうか?」



 背後からいかにも軽薄そうな声をかけられた。


 振り返ると、そこには十人近い冒険者たちが立っていた。


 ギルドの建物の中でシグたちを遠巻きに見ていたのと同じ顔ぶれだ。彼らは一様にいやらしい笑みを浮かべている。


「…………、」


 シグはそれを確認してから、


「で、支部長。試験に受かったんなら通行証もらえねえか」

「え? あ、はい。それは構いませんが……」

「おう無能王子! 無視してんじゃねーよ!」

「舐めてんのかクソが!」


 無視してルドルフとの会話を再開した途端に鎧を着た冒険者の一人が掴みかかってきた。いかにも面倒くさそうにシグが再度振り返る。


「……何なんだよてめーら。何か用か」


 鎧の男はニヤリと笑って、


「いやあ、卑怯者のお前の実力を俺たちがチェックしてやろうと思ってなぁ」


「あ? 卑怯?」


「さっきの試験、お前、そっちの嬢ちゃんに戦わせるばっかりで何にもしてなかったじゃねーか。卑怯としか言えねーだろ」


 鎧の男が言うと、他の冒険者からも野次が飛ぶ。



『さすが無能王子だな、女の陰に隠れてぶるぶる震えるのがお仕事ってかぁ?』

『この寄生野郎が!』

『どうせ自分じゃ試験に受からないからその嬢ちゃんに泣きついたんだろ?』



 その援護射撃に鎧の男はにやりと笑う。

 そして、ずい、とシグに顔を寄せてくる。


「……ってわけだ。お前にゃその嬢ちゃんはもったいねーよ。俺らに寄越せ」


 なるほどそれが言いたかったのか、とシグは理解した。


「嫌だっつったら?」

「そりゃあ力づくで奪うに決まってんだろ」


 ぎゃははは、と下卑た笑い声を上げる十人の冒険者たち。


「………………、」


 クゥは目を吊り上げて噴火寸前。


 ルドルフは、いちおうとばかりに口を開いた。


「……支部内でのいさかいはご遠慮願いたいですね」

「模擬戦なら構わねえだろ」


 と、シグは言った。


 剣の柄に手を置いて、シグは冒険者たちを馬鹿にするように見て言った。


 模擬戦? と目を瞬かせる鎧の男たちに向かって、一言。


「てめーら全員まとめてかかってこい。俺を倒せたらクゥでも何でもくれてやる」


「「「――――上等だァ!」」」


 その一言が大乱闘の火蓋を切った。

 十人の冒険者たちがそれぞれの武器を取ってシグに襲い掛かる。


「シグ、手伝おうか」

「いらねえ。……試験はお前にやらせちまったしな」


 十対一。


 精霊術を使えば瞬殺だろうが、今のシグはクゥの補給なしには一発ずつしか術が使えない。うっかり撃ち漏らせば面倒だし、そもそも加減もできないので殺しかねない。


 よってシグは身体強化を発動する。


「食らいやがれ!」


 飛び掛かってきた冒険者の武器を横から両断して蹴り飛ばした。


「無能が逆らってんじゃねえ!」


 剣を突き出してきた冒険者をカウンターの掌打で殴り飛ばした。


「え? ちょっ、何かおかし――」


 仲間がやられて戸惑っている冒険者を剣の峰で吹き飛ばした。


「ふ、ふざけんじゃねえええええ!」


 目を血走らせて突っ込んできた鎧の男の股間を思い切り蹴り抜いた。


 シグに飛び掛かった冒険者たちは全員気絶。


 シグの予想外の強さに、残った冒険者たちは腰が引けつつあった。


 それを見て、離れた場所ではルドルフがクゥに話しかけている。


「……シグ君は身体強化を使えなかったはずでは?」

「昨日から使えるようになったんだ。精霊が進化したからね」

「なるほど、そういうことでしたか」


 ルドルフはシグの強さに感心するように――


「王家に連なる方は強い精霊を宿しやすいといいますが――追放されたとはいえ、シグ君も王族の血を引いているということですね」


 その言葉はクゥの瞳から一切の温度を消し去った。


「いいや違う」

「はい……?」


 ルドルフは隣の少女に視線を向けて、ぞくりと背筋を震わせた。


 目の前にいるのが単なる少女ではないかのような、そんな錯覚。


「血筋じゃない。シグは努力をしたから、それに見合った成果がついてきただけのことだ」


 言葉を失うルドルフをよそに、クゥは視線を前に戻した。


「見ていればわかるさ」


 ルドルフもつられるように視線を前に向ける。


「――もう容赦しねえ! 全員で囲んで潰すぞ!」


 冒険者の一人が合図を出し、残りの五人がぐるりとシグを取り囲んだ。


 どうやら一人ずつでは相手にならないと思い知ったらしい。


 六人全員が一斉にシグへと襲い掛かる。


 剣一本で防ぎきれる攻撃ではない。

 そのはずだった。


「…………」


 シグが体をひねって何らかの『構え』を取る。


 口元で何かを呟く。


 一瞬シグの体が淡く光ったのを、ルドルフは確かに見た。


 ほとんど同時にシグの剣がありえない速度で弧を描き――たった一振りで冒険者六人が薙ぎ払われた。


「「「ぎゃああああああああっ!?」」」


 冒険者たちはそれぞれ十数М以上も吹き飛ばされる。


「今のは、騎士団長様と同じ……!?」


 その剣撃はルドルフも一度見たことがあった。


 単なる身体強化ではない、特別な技。


「……何者なんですか、あなた方は」


 その質問に対するクゥの応答は、以下のようなものだった。


「ただの元落ちこぼれだよ。ぼくもシグもね」



× × ×



「いらっしゃい。……って、また別嬪なお客さんが来たもんだな」


 食料品店の店主は、やってきた客を見て驚いた。


 迷宮都市ミランは魔境に隣接する冒険者の街だ。

 この店が取り扱っているのも、冒険者向けの保存食ばかり。


 だというのに、店に入ってきたのは小柄で細身の少女だった。


 目深にかぶったケープのフードからは美しい白髪が覗いている。


「お客さん、何をお求めで?」


 店主が訊くと、白髪の少女はこう答えた。


「そうだなあ……とりあえず携帯食料を何種類かと、あとは干し肉が欲しいな」

「はいよ。なんの干し肉になさいますか。牛、馬、猪、いくつかありますが」

「鳥とかえるはあるかい?」

「かえるはありませんな。鳥の燻製ならありますよ」

「じゃあそれをもらおう。これでどれだけ買える?」


 そう言って白髪の少女が差し出してきたのは金貨だった。


 なかなか無防備な買い方である。


 これはいいカモだと思って店主は「こんなもんですかね」と相場より少なく――それでも大袋二つぶんはあったがが――差し出しても、白髪の少女は特に気にした様子もない。


「じゃあ、それだけもらおう」


「毎度。……ところでお嬢さん、これを一人で持って帰る気で?」


「うん。実はおつかいを頼まれていてね、向こうはいまギルドで資料読みの最中なんだ」


 何やら張り切っている様子の少女だった。店主は商品を詰め終え、冗談でも飛ばすように、


「これだけあれば十回はピクニックに行けますね」

「んー、まあ、そんな感じかもしれない」

「どこか出かけるご予定が?」


 少女の口調はあっけらかんとしたものだった。



「明日の朝いちばんで迷宮に行って、守護者を退治にしにいくんだ」



 目を丸くする店主をよそに、白髪の少女は大袋を軽々と持ち上げ去っていった。


 カウンターに金貨が残っていなけれは夢かと思ったかもしれない。





 ギルドのロビーで迷宮に関する資料を読んでいるシグのもとに、足音が近づいてきた。


「シグ君。許可証の発行が終わりましたよ」

「ああ。そこ置いといてくれ」


 と、シグは視線を下げたまま自分が座る隣のソファを指さした。


 ルドルフは呆れたような顔で言った。


「……あまりそんざいに扱われても困ります。仮にもこれは試験を突破し、私が実力を認めた冒険者にしか渡していないものなので」


「わかったよ細けえな。……ん? 二枚あるぞ」


 試験に受かったのはクゥだけだったはずだが。


「先ほど、シグ君の実力も見せていただきましたから。『模擬戦』での戦いぶり、見事でしたよ」


「ふーん。まあ、くれるもんならもらっとくか」


 シグはそう言って受け取った許可証を四つ折りにして懐にしまった。


「クゥ君はご一緒ではないんですか?」

「買い出し。わざわざ二人で行く必要もねえし、俺はやることがあったからな」


 シグの言葉に、ルドルフはシグの手元を見た。


「迷宮守護者の資料、ですか」

「ああ。明日から本格的に攻略を始めるつもりだ」

「正直、お勧めできません」

「またそれかよ……」


 呆れたように言うシグに、ルドルフは続ける。


「守護者は本来、上級精霊使いを含む三十人規模のパーティーで攻略するのが基本です。二人では無謀です」


「試験には受かったんだから文句ねえだろ」


「ううむ、それを言われてしまうと弱いんですが」


 眉根を寄せるルドルフに、シグは続けた。


「……それに、俺たちだけでやらねえと意味がねえ。誰かに手伝わせたらまた『寄生』とか言われそうだからな」


「? クゥ君は一緒でいいんですか?」


「あいつは特例だ」


 理由は聞くな、と言外に告げるシグにルドルフは首を傾げたが、追及することはなかった。


「まあ、シグ君の境遇については聞き及んでいることでもありますし、止めるべきではないのかもしれませんね」


「そうしてくれると助かる」


「ですが、一つだけ忠告しておきましょう」


 表情を改めて、ルドルフは言った。



「守護者と戦うときは、死なないのは当然として――死にかけるのも危険です。運よく生き残ったとしてもおそらく死ぬほど後悔することになります」



 生き残っても後悔する。

 その言葉に、シグは眉をひそめた。


「……後遺症とかの話か?」

「そういうわけでもないのですが……まあ、行けばわかります。嫌でも」


 意味深な助言だ。


 シグはその意味がわからなかったが、とりあえず「わかった」と返事をした。

 お読みいただきありがとうございます!

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