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試験


「では、ここに名前を書いてください。あとは出身と精霊の属性・階位をこっちの欄に」


「うん。えーと、名前はクゥ、出身はグラナート領、精霊の属性や階位は……」


 冒険者ギルドの窓口で、クゥが渡された書類にペンを走らせている。


 書いているのはだいたい適当にでっちあげたデマ情報だが、それでも問題ない。


 名前さえわかれば十分なのだ――冒険者登録など。


 冒険者ギルドに到着したシグたちは、ひとまずクゥの登録のために手続きをしていた。


「はい、それではクゥ様を冒険者として登録しました」


 受付嬢がクゥから書類を受け取り、説明を行う。


「今日から冒険者ギルドの全支部をご利用いただけます。魔核の買い取りはあちらのカウンターで、さらに探索用の道具は冒険者証を見せれば割引が――」


 自分が登録する際に訊いた説明を聞き流し、シグはちらりと周囲に視線を投げた。



『見ろよ、追放王子だぜ』

『連れてるのってすげえ美人なんだろ? どういう関係なんだ……?』

『昨日ウェスターがあいつらにボコられたって聞いたが、あの小っこいほうがやったのかねえ』



 遠巻きにシグたちを眺める冒険者が何人もいる。


 シグが睨むと慌てて視線を逸らす者もいたが、不快な囁き声は続いている。


(……案の定、注目されてんな)


 どうも昨日クゥを伴ってここに来たことや、旅行帽の男たちとの一件が噂になっているらしい。しかもどうやら見られているのは自分ではなくクゥだ。


 視線の質も、単なる好奇心というよりは値踏みするようなものに感じる。


 変に絡まれたりしねえといいが、とシグは内心で溜め息を吐いた。


「――説明はこんなところですね。質問はありますか?」

「ううん。特にないよ」

「では、これが精霊石のブレスレットと、冒険者証になります」


 隣ではクゥが登録手続きを終えていた。


 クゥは受け取った練度上げ用のブレスレットをつけて、上機嫌そうにシグに笑いかけてくる。


「シグとお揃いだね」

「冒険者全員それ持ってるけどな」

「構わないさ。ぼくが嬉しいからそれでいいんだ」


 なぜか得意げに言うクゥに、シグは「……あっそ」と不愛想な相槌を打つ。


「では、手続きは以上になります。他にご用件はありますか?」


 そう尋ねてくる受付嬢に、シグは質問を投げる。


「十層に行くための試験を受けたい。支部長(サブマスター)はいるか?」

「試験……? シグ様が受けられるのですか?」

「あ? 文句あんのかよ」

「い、いえっ。少々お待ちください」


 慌てたように奥に引っ込んでいく受付嬢。


「シグってほんと口悪いよね。昔はそんなことなかったのに」

「うるせえな。冒険者なんてこんなもんだろ」


 憮然とシグは鼻を鳴らす。



『試験……? 追放王子が?』

『身の程知らずにも程があるよな』

『それとも――そんくらい自信があるとか?』



 そんなやり取りをするシグとクゥに、相変わらず周囲の冒険者から粘つくような視線が注がれていた。





 冒険者ギルドは冒険者をサポートする組織だ。


 主な仕事は冒険者に対する魔境についての情報提供や依頼の斡旋、魔核の買い取りなど。『一定量の魔核を納品する』という条件のもと、冒険者たちを様々な面で助けてくれる。


 ギルドを統括するのは一人のギルドマスター。

 そんなギルドマスターを、六人のサブマスターが補佐する形だ。


 ギルドマスターは基本的に本部から動くことはなく、サブマスターたちは特に規模の大きい支部――つまり六大魔境に隣接する街のギルドをそれぞれ取り仕切っている。


 サブマスターたちの仕事はいくつかあるが、その中の一つが『試験官』というものだ。


 魔境の最奥部を守る守護者(ガーディアン)に挑む資格があるか、実戦形式で冒険者を試す。それで不合格なら守護者に挑むことはできない。


 何しろギルドは守護者のいる場所の手前に頑丈極まる門を立てており、試験をクリアした証のアイテムを持って行かないと門番に通してもらえないのだ。


 シグとクゥが冒険者ギルドに足を運んだのはその試験を受けるためである。


 その旨を受付嬢に伝えて数分後、一人の男が奥から出てきた。


「こんにちは。君たちが受験希望者ですか?」

「ああ」

「うん。よろしくね」

「私はルドルフといいます。支部長でも、サブマスでも、呼び方はお好きにどうぞ」


 眼鏡をかけた、線の細い三十代前半くらいの男だ。


 冒険者というよりは白衣を着せて図書館に放り込んだほうが似合いそうな外見である。


 ルドルフはクゥを見て、柔和な笑みを浮かべた。


「シグ君に、それからきみは昨日噂になっていた方ですね。……この街にはいつから?」

「昨日だよ。シグとは昔からの知り合いで、何か助けになりたいと思ってここに来たんだ」


 という設定である。


 幸いルドルフは疑うことなく「なるほど」と頷き、続いてシグのほうを向いた。


「さて、試験を受けたいとのことですが――はっきり言ってお勧めはしませんね」


「あん?」


「試験は、迷宮の守護者と戦って勝ち目があるかどうかを判断するためのもの。当然それなりに危険です」


「……」


「通常の冒険者でさえ下手をすれば死にます。精霊の力を使えないあなたならなおさら危険だ。剣や体術が使えるから何とかなる、と思っているならそれは思い上がりですよ?」


 ルドルフの忠告は善意からのものだ。

 それがわかっているから、シグも不快に思うことはない。


「むっ……」


 とはいえ隣でクゥがかちんと来た顔をしたので、何か言い出す前にシグはクゥの口を手でふさぎつつ、


「わかってる。うっかり死んでも文句は言わねえよ。何なら一筆書こうか」


「……覚悟があるなら構いません。では、修練場に行きましょうか」


 ルドルフは溜め息を吐き、敷地内にある修練場に向かって歩き出した。


「シグを馬鹿にした……」

「お前なんかいらんこと考えてねえだろうな」


 シグの隣では、クゥが不穏な呟きを漏らしていた。





「試験では、守護者戦を想定した模擬戦を行います」


 修練場に移動し、シグたちとじゅうぶん距離を取ってからルドルフは言った。


「具体的には?」

「こういうことです。――【製造(クラフト)・リトルガーゴイル】【製造・ガーゴイル】」


 ルドルフが行使したのは地属性の精霊術だった。


 土色に輝くマナは、ルドルフの前方に小型十体、大型一体の石像(ガーゴイル)を作り出した。


「……ゴーレム?」


 出現した『それ』を見て呟くシグに、ルドルフは頷きを返した。


「似たようなものです。完全自立型である魔物のゴーレムとは違い、ガーゴイルは私の指示に従って動くものですが」


 ゴーレム系は迷宮によく出現する魔物の種類だ。特徴としては、動きが遅い代わりにやたらと堅く、また力が強い。


 剣に頼っていたシグにとっては相性が悪く、ろくな思い出がない。目の前に並ぶ石像たちはそれを彷彿させる外見だった。


 ルドルフが作り出したガーゴイルは、小型のほうでもシグに近い大きさで、大型のほうに至っては体高が三М(メル)に迫る。


 それがずらりと並んでいる光景はなかなか圧巻だ。


(つーか平気な顔して十一体の石像とか……)


 並大抵のマナ保有量では不可能な芸当である。ルドルフが上級精霊、それもかなり高位のものを宿していることは間違いない。


 サブマスターやってるだけのことはあるな、と内心で感嘆しつつ、シグは剣の柄に手をかけた。


「要するに、こいつらを倒せばいいってことか」


「その通りですが、くれぐれも油断しないようにしてくださいね」


「あん?」


「この試験は、本来『上級精霊使いを含む複数人チーム』を想定したものです。当然、難易度もそれ相応に高い」


 脅すような響きはなく、あくまで淡々とルドルフはそう告げる。

 それがむしろ事実を示しているように思えた。


「精霊の守護なく一発でも食らえば、内蔵のひとつふたつは弾けます。……それでもまだ、試験を受けると言いますか?」


 シグの答えは決まっている。ああ、と頷こうとしたところで、被せるように声が割り込んできた。


「もちろんさ。あと、サブマス君。話をする相手を間違えているよ」

「はい?」


 クゥが、シグを押しのけて前に出る。目を瞬かせるルドルフに対して、


「――その人形たちと戦うのは、ぼくだ。というわけで、試験の内容はわかったからさっさと始めようじゃないか」


 そんなことを言った。


 スバァン、とシグはフードを被ったクゥの後頭部をはたく。


「痛い! なんで!?」

「お前、さっきルドルフが俺に言った台詞を根に持ってんだろ」

「そ、それだけじゃないよ」


 理由の一つではあるらしい。


「ほら、シグってぼくに何ができるのかまだ知らないでしょ? せっかくだから披露しようかと思って。ほら、戦力把握は大事じゃないか」


「は? お前って戦えんのか?」


「それなりに。あのくらいなら何とかしてみせようじゃないか」


 クゥは特に見栄を張っている様子はない。

 戦力把握が大事、という点にも一理ある。


 だが、それで試験に落ちたら元も子もない。


「……お前が一発でも食らったら、俺も介入する。かすったり、敵の攻撃が避け切れない状態に追い込まれたりしてもアウトだ。その条件なら構わねえ」


「うん。いけると思う」


 あっさり頷くクゥ。そんなに自信があるならやらせてみるか、とシグはそう結論した。


「すまん、待たせた。こいつがやるそうだ」


 ルドルフにそう声をかけると、眼鏡越しに怪訝な視線が返ってくる。


「この試験を一人で、ですか?」

「ルール違反か?」

「試験をクリアした人間がいれば、そのパーティは守護者に挑戦できますが……」

「なら構わねえだろ。いざとなったら俺も加勢する」


 意見を曲げる様子のないシグに、ルドルフは溜め息を吐いた。


「……はぁ。これ以上言っても無駄なようですね」


 ルドルフの視線が鋭さを増す。ぴり、とシグは彼の雰囲気が変わったのを悟った。


 戦闘態勢だ。


「――では、これより試験を開始します! ガーゴイルたちよ、戦闘に移りなさい!」


 ルドルフの宣言と同時、ガーゴイルたちが揃えて一歩を踏み出した。


 ずしん、と重い地響き。総重量にしてシグの三十倍近いであろう軍勢が接近してくる。


「……で、お前はあれをどうするつもりなんだよ」

「んー、まあシグはのんびり見ててくれればいいから」


 そう言うのと同時、クゥは凄まじい音を立てて地面を蹴飛ばした。


 地を這うような軌道で正面の小型ガーゴイルに接近し、小さな拳を握る。


 振りかぶる。


「いっくよー」


 どこか呑気にすら感じるクゥの声が聞こえて、



 直後、ゴドンッッ!! という轟音とともに小型ガーゴイルが弾け飛んだ。



「は?」

「……え?」


 シグとルドルフが同時に唖然とした声を上げる。


 さっきまで石像の一部だった瓦礫が雨のように降り注ぐ中、クゥは軽やかに身をひるがえし、次の獲物に狙いを定める。すでにクゥはガーゴイルの群れの真ん中だ。


「よし、次はきみに決めた」

『『『――――――――ッ!?』』』


 クゥが手近なガーゴイルに接近し、裏拳一撃で粉砕。ぐしゃり、と下半身だけになったガーゴイルがその場に崩れ落ちる。


 大虐殺が始まった。


「三体目ー、四体目ー、五体目ー、」


 クゥが拳を叩きつけるたび、彼女よりもはるかに大きな石像たちが面白いように宙を舞う。ガーゴイルたちも反撃を試みるが、そもそもクゥの動きと比べてあまりにも遅すぎた。


 クゥが殴るだけでガーゴイルたちは砕けて、ひしゃげていく。


 どうやら一定以上のダメージを受けた個体はその場でマナに戻るらしい。


 敵の数があっという間に減っていく。


(……あの外見でなんつー力業だよ)


 シグは半ば呆れたようにそんな感想を抱く。加勢する必要性を微塵も感じない。


「な、なんという馬鹿げた身体強化ですか……」


 一方ルドルフもその光景に愕然とするが、しかし気を取り直したように叫んだ。


「ですが、残る大型は『リトルガーゴイル』とは性能が違います! この相手になら使っても問題ないでしょう――【ストーンキャノン】です!」


『―――――!』


 最後の一体、大型ガーゴイルが合掌しマナを集約させ始めた。


 地属性のマナによって岩石の砲弾が生成されていく。


 流線形に近い岩塊は人の拳大から長径三十C(セル)、五十C、一Мと肥大化していく。


 クゥはそれを物珍しそうに眺めて、


「おお……この個体、精霊術を使えるのか。なかなか高性能だなあ」


 シグは慌てて叫んだ。


「なに呑気に見てんだアホか! 撃たれる前に潰しちまえ!」


「へ? あ、うん」


「遅い! やりなさい、ガーゴイル!」


『――オオオォオオオオオオオオオオオッ!』


 わずか数Мの距離しかないクゥ相手に、容赦なく【ストーンキャノン】が発射された。


 それに対してクゥがとった行動は回避ではなく。


 まっすぐ前に右手を掲げた。


 放出されるのは既存のどの属性にも当てはまらない、空色のマナの光。


 迫りくる岩石の砲弾が命中する寸前、クゥは緊張感のない顔で口を開いた。



ずどん(・・・)



 クゥの手から撃ち出された空色の光球が、【ストーンキャノン】を消し飛ばした。


「え」

『――――、?』


 クゥの放った空色の光球は岩石の砲弾を正面から砕き、そのまま直進。術者である大型ガーゴイルの左半身を抉り取り、さらにその奥に立つルドルフの真横をかすめてはるか彼方に着弾した。


 遅れてすさまじい衝撃波が修練場をかけめぐる。


 大型ガーゴイルがダメージ過多で消失し、修練場を囲う塀の一部が崩壊した。


「…………え?」


 その光景を、サブマスターのルドルフは呆然と眺めていた。

 お読みいただきありがとうございます!

 

 ……実はパワー型大精霊

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