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 迷宮都市ミランはその名の通り、『六大魔境』の一つ、迷宮に隣接する街だ。


 魔核の一大産出地とあってそれなりに規模も大きく、商人や冒険者が出入りするため道幅も広い。この地方有数の大都市である。


 最西端が迷宮の入り口につながっており、近くには冒険者ギルドや武具店などが並ぶ。一方、東に向かうと酒場や雑貨屋、宿屋などが増えていく。


 特に北東の商業区には食料品や生活用品を扱っている店が多い。


 その商業区の一角で、シグはあくびを噛み殺した。


「……で、いつまで待ってりゃいいんだ、俺は」


 シグの目に映るのは色とりどりな布の数々。服飾店である。


 なぜこんな場所にいるのかといえば簡単で、クゥの服を買うためだった。


 時間帯は朝。

 迷宮を脱出した翌日、宿で一夜を明かし、朝一番でここにやってきたのだ。


(……まあ、いつまでもあの恰好でクゥを連れまわすわけにはいかねえよなあ)


 何しろ昨日はクゥの恰好を見た衛兵がシグを誘拐犯と勘違いし、危うく詰め所に連行されかけたのだ。


 クゥの身なりを整えるのは最優先事項だった。


 ちなみに当のクゥは現在シグのそばにはいない。


 クゥを連れて来店した瞬間に店主が『まあなんて可愛らしい子なんでしょうちょっとこれはとびっきりお似合いの恰好をしていただきますわ!』と、ものすごい勢いでクゥを引きずって店の奥に引っ込んでしまったためだ。


 とても止められる雰囲気ではなかった。


 そんなわけで、特にすることもなく待ちぼうけを食らっているシグである。


(それにしたって時間かかりすぎじゃねえか……?)


 クゥが店の奥に連れて行かれて三十分以上経っている。


 街歩き用の服ならともかく、見た目なんぞ二の次な冒険者の服を買うのに時間をかける必要は果たしてあるのだろうか。


 まああと五分したら力づくで引きずり出すか、という考えがシグの頭をよぎったところで、店の奥からぱたぱたと足音が響いてきた。


「お待たせ、シグ」

「やっとかよ。ったく、どんだけ待たせるつもりで……、」


 不自然にシグの言葉が途切れた。


 現れたクゥの服装は、フードつきのケープを羽織り、その下にはやや露出多めの軽装、足元にはブーツという取り合わせだ。


 冒険者としてはありふれたいで立ちだが、クゥの場合はもとが人外の美貌である。


 昨日からずっと一緒にいるシグですら一瞬目を奪われた。


「いちおうシグに言われた通り、顔を隠れるようにかぶりもの(フード)つきのやつと、あとはぼくの好みで適当に選んでみた。……もしかしてまだ目立つかな?」


 人間にとって何が普通かまだわからないんだよね、クゥはぼやく。


「いや、……昨日よりはマシだろ」

「そう? ならよかった」


 そう言ってくるりと回るクゥ。それを見てシグはふと気付いた。


「お前、髪短くなってねえか?」

「ウフフフフフ可愛くなりましたでしょうお連れ様? 僭越ながら私が切らせていただきましたの」


 と、店主がクゥの背後から唐突に現れる。それにクゥが補足した。


「お金はいらないから切らせて、って言われたからやってもらったんだ。まずかったかな?」

「別にまずくはねえが……」


 改めて見ると、昨日まではくるぶしまで届いた白髪が腰のあたりで切りそろえられている。

 邪魔にならず、クゥの神秘的な雰囲気を損なわない絶妙な長さだ。


 シグから見てもよく似合っている、とは思った。口には出さないが。


「まあどうでもいいか。値段は?」

「全部合わせて三万ユールになりますわ」

「はいよ」


 金貨三枚をシグが渡して会計は終了。


 普段ならそれなりに痛い出費だが、昨日は大量の魔核を売ったり旅行帽の男たちから金目の物を強奪したおかげでシグの財布はびくともしない。


 店主に見送られながら店の外に出る。


 そろそろ昼に近くなってくる頃合いだ。


 クゥから返却されたぼろコートを着直して、シグはこう提案した。


「服も買ったし、飯行くか。希望は?」

「肉がいい!」

「そんじゃ屋台だな」


 二人は商業区を移動して屋台の並ぶエリアへと向かった。



× × ×



 屋台で買った串焼き肉を持って、シグはクゥの待つベンチへと向かった。


「シグ、こっちこっち! ……ちゃんと鳥を買ってきてくれたかい?」

「ああ」


 そう言って、手に抱えた串をごっそりクゥに渡す。近くでそれを見た通行人がぎょっとしていた。華奢な少女が食べきれるような量ではない。


 だが、これでも少ないほどだとシグは昨日思い知っている。


 このクゥという精霊の少女は異様に燃費が悪い。シグの倍は食べる。


 さらに――


「いっただきまー……」


 大口開けて頬張ろうとするクゥに、シグはぼそりと言った。


「食うのはいいが、串一本につき十回は噛めよ」

「……っ!?」


 愕然とするクゥ。


「当たり前だろ。昨日の失態忘れてねえだろうな?」

「う……」

「串から外すなり丸呑みとか、その体でやっていい所業じゃねえからな」

「わ、わかってるよ」


 昨日の夜のことだ。


 夕食は今のように屋台で済ませたのだが、クゥは串焼き肉をシグから受け取るなり、一切噛まずに丸ごと飲み下そうとしたのだ。


 クゥいわく、以前蛇の姿だったことで微妙にその性質を引きずっているんだとか。


 今は(ほぼ)人間の姿であり、そんな無茶をすれば窒息するのは当たり前で、昨晩の食事風景はかなりシュールな感じになった。


 そんな経緯からクゥはシグから『飲み込む前に十回は噛め』と申し渡されている。


「一、二、三、四……あああじれったいなあ。口の中にあるのに呑み込めないとか、何だかお預け食らってるみたいな気分だよ」


「慣れろ。つーか、お前蛇の姿だったっつってもあくまで精霊だろ? 何で蛇の性質まで持ってんだよ」


 シグが尋ねると、クゥは口の中の肉を飲み込んでから、


「うーん……精霊って、基本的に契約するまでは普通に動物とかの体を間借りしてたりするんだけど、ぼくの場合はそれが蛇だったからさ」


 人間は生まれたときに精霊と契約するが、精霊は自然発生的に生まれるものだ。


 人間が生まれたタイミングで世界のどこかから現れ、契約する。


 そうなるまで精霊は自然界を漂っているわけだが……その際、存在を安定させる依り代として動物に宿ったりもするらしい。


「それで、しばらく蛇の体にいるうちに何となくクセがうつっちゃったんだよ。大精霊位が混ざったことで多少マシになってるけど」


「……地味に精霊学の新発見をしてる気がするな」


 半ば呆れたようにシグが言った。


 精霊は本来喋ることができないので、未解明の部分が多い。研究者がクゥの存在を知ったら面倒なことになりそうだ。


「まあ、あんまり蛇っぽいことはしねえことだな。今は人間寄りなんだろお前」

「……服を脱ぐのも駄目なんだよね」

「その衝動が一番やべえんだよ……」


 クゥはどうも服を着なければならない、という状況がかなり本気で嫌らしい。脱皮したくなるような感覚なのだろうか。


 しかしここで衣服を放り出されたら通報されかねないし、服を買った意味もなくなってしまうのでシグは絶対にそんなことは認めない。


 新しい串の肉をほおばりながらクゥが尋ねてくる。


「それでシグ、これからどうするの?」

「あん? 飯食ったあとの話か」

「それもあるけど、もう少し大きな話」


 クゥは続けた。


「昨日まではシグは迷宮の三層まで行くのが限界だったけど、今はぼくがいるからもっと深くまで潜れると思う。……けど、別に生きていくだけならそんなリスクを冒す必要もない。三層までの魔物を狩るだけでお金はけっこう手に入るしね」


 それを踏まえて聞くけど、と前置きしてから、


「シグはこれからどうしたい?」


 そう尋ねてきた。


 迷宮は潜れば潜るほど出現する魔物が強くなり、出口から遠ざかるので撤退が難しくなる。今のシグは精霊術や身体強化を使えるが、死ぬ危険がないわけではない。


 その危険にわざわざ飛び込む必要はあるのか。


 シグはやや遠い目をして言った。


「……俺は、今までさんざん見下されてきた。王宮でも、学院でも、この街でも」


「……、そうだね」


「昨日みてえに実際に襲われることだってあった。学院にいたときとか、しょっちゅう寮の部屋を嫌がらせで荒らされたりしてたな」


 思えばろくな人生ではなかった。


 出来のいい兄と比較され蔑まれたり、両親から王家を追放されて家名を無くしたり、ガラの悪い冒険者に絡まれたり。


 恵まれた生まれではあったが、シグからすれば受けた仕打ちと釣り合うものではない。


「……見返してやる」


 シグは低い声で言った。


「今まで俺を見下してきた連中に仕返ししてやんなきゃなあ。今までは泣き寝入りしなきゃならねえ時もあったが、今はそうじゃねえ。やられたからにはやり返すのが礼儀ってもんだよなあああ?」


「シグ、顔。顔が怖いよ」


 思いっきり根に持っているシグだった。悪人オーラ全開である。


「……見返すのには賛成だけど、具体的な案はあるの?」

「六大魔境を制覇する」


 シグが口にしたのは、まさしく大言壮語だった。


 迷宮を含む六大魔境には、それぞれ最深部に強力な『守護者(ガーディアン)』がいる。それを倒すとその魔境を踏破したと見なされるのだが、有史以来、六大魔境すべてを突破した人間はいない。


「そうすりゃ誰だって俺のことを認めざるを得ねえ。見下してた人間が、自分なんかじゃ及びもつかねえ成果を出す――プライドの高い貴族どもの鼻っ柱をヘシ折るにはもってこいだろ」


 容易ではないだろう。


 昨日までのシグなら不可能だったはずだ。


 だが、今はクゥがいる。練度1にも関わらず、多数の精霊術や上級相当の身体強化をシグに与える反則的な精霊が。


 ぽかんと口を開けてそれを聞いていたクゥが、シグに尋ねた。


「……昨日から今日までの間に、そんなこと考えてたの?」

「反対するか?」

「ううん、しないよ。ぼくはシグのものだし……お礼参りよりは面白そうだ」


 笑みを浮かべてクゥが賛同を示す。


 それからこう提案した。


「それじゃあ、まずは迷宮の守護者退治かな。さっそく行くかい?」

「いや、先に冒険者ギルドだ」


 立ち上がってそんなことを言ってくるクゥに、シグはこう応じた。



「守護者に挑むには、『試験』に受かる必要があるからな」

 お読みいただきありがとうございます!


 タイトル・あらすじを変更しました。紛らわしかったらすみません。

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