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迷宮離脱(第一層③)


 迷宮一層。

 その一角――正規ルート付近の場所に、十人ほどの冒険者が集まっている。


「一体何があったらこんなことになんだよ……」

「魔物の仕業?」

「ストーンナイトでもこんな大破壊は無理だろ」


 彼らの目の前には通路を丸ごとふさぐ瓦礫の山があった。


 少し前に謎の轟音があり、それが気になってやって来た彼らを出迎えたのがそれだった。おそらく天井が崩落したらしい。


「これ、誰か下敷きになったりしてねえだろうな」

「見たとこ大丈夫そうだが……」


 と、鎧をまとった一人が確認しようと近づいた、その瞬間だった。



「――【<(クル)>雷撃(ライトニング)】」



 何かが聞こえた気がした次の瞬間、瓦礫が反対側から吹っ飛ばされてきた。


「「「ぎゃああああああああああああ!?」」」


 近づいていた冒険者もろとも吹き飛ばされる。


 衝撃のあと、瓦礫には大きな穴が空いていた。ちょうど人間が通れるくらいの。


 そこを通って出てきたのは――


「……追放王子」


 冒険者たちの間にわずかな緊張が走る。


 誰かが呟いた通り、出てきたのはくすんだ銀髪の少年だった。


 誰ともつるまず、目つきや言葉遣いがすさみきった様子は『一匹狼』という言葉がよく似合う。

 だが、瓦礫の大穴から出てきた彼の後をついてもう一人が現れた。


「けふっ、うう、シグ。砂煙がすごいよ」

「仕方ねえだろ、瓦礫吹っ飛ばす以外にどう出ろってんだ」


 あの追放王子が、誰かと連れ立っている。


 しかも何だか仲良さげだ。


「……、」


 追放王子はその場の冒険者たちを興味なさそうに見ると、正規ルートのほうに歩いて行った。コートに素足という恰好の少女もその後を追う。


 残された冒険者は顔を見合わせた。


「……追放王子と一緒にいた女の子見たかよ」

「ああ。くっっっそ美人だった」

「なんであんな子がシグなんかと一緒に……?」


 そんなやり取りの中、一人の冒険者が叫ぶ。


「おい、瓦礫の奥にまだ誰かいるぞ!?」


 その言葉に、慌ててシグが開けた大穴から瓦礫の向こうに入っていく冒険者たち。


 なぜ精霊術を使えないはずのシグがこんな大穴を開けられたのか、そんな疑問を抱えながらも人命優先。


 冒険者一同が瓦礫の向こうに向かったところ。



 ――ボッコボコに顔を腫らし、髪を剃られて坊主頭になり、さらには全裸(近くに服を燃やしたような形跡アリ)の男三人が倒れ伏していた。



「「「何だこれ!?」」」


 慌てて駆け寄り三人組を叩き起こす冒険者たち。あまりにひどいやられようだったので、とりあえず回復薬をかけまくって話せるくらいまで治療する。


 誰かがぽつりと言った。


「これ、まさか……追放王子がやったのか?」


 状況から考えて、そうとしか思えない。


 確かにあの少年は口が悪く喧嘩っ早い。彼ならやりかねない、とその場の誰もが思ってしまう。


「俺、ちょっと追いかけてくる。さすがにこれは見過ごせな――」


 冒険者の一人が言ったとき。


「待て、やめろ止まれ! 何もしなくていい!」


 倒れていたはずの、普段なら羽根つきの旅行帽をかぶっているウェスターという男が鬼気迫る形相で止めにかかった。


「何で止めるんだよ。お前被害者じゃないのか?」


「いや、あ、あいつは悪くねえ。悪いのは俺たちなんだ。それでいいから、あいつの機嫌を損ねるようなことをしないでくれぇ! 頼むっ!」


 何かに怯えるように、がたがた震えながら懇願するウェスター。


 おそろしいトラウマを刻み込まれてしまったようにも見えた。


 一体何があったんだ、と、その場の冒険者たちが訝しげに顔を見合わせた。





「ふふふはははははははは」

「機嫌良さそうだね、シグ」


 迷宮の出口に向かって歩く途中、シグはこらえきれない、とばかりに笑みを浮かべていた。


 出口は近い。すれ違う冒険者たちに不信そうな視線を向けられているが、シグは特に気にしていない。


「そりゃ気分いいだろ。こっちをさんざん馬鹿にしてきた連中にきちんと仕返しできたうえ、金だの魔核だのも回収できたんだからな」


 というか、金目のものはだいたい奪っていた。


 最初にシグが取られたぶんはもちろん、旅行帽の男たちがもともともっていたぶんも根こそぎいただいている。彼らが持っていた回復薬もだ。


 連中のしでかしたことからすれば当然の報いといえよう。


「む、出口だね」


 クゥの視線の先には、迷宮の出口があった。


(……まさか本当に帰ってこられるとは)


 シグはそう思う。


 麻痺にされた挙句大量の魔物に追い回されたときにはどうなるかと思ったが、こうして無事に迷宮の出口までたどり着くことができた。


 そうできたのは――、


「どうしたのさシグ、ぼくの顔に何かついてる?」


 シグの隣で首を傾げる、この少女がいたからだ。


「……お前、クゥなんだよな。俺の契約精霊の」


「またその話かい? そんなに信じられないなら最終手段、認めてくれるまでシグの恥ずかしい秘密暴露大会をするしか……」


「おいやめろ。で、クゥなんだな」


「そうだよ。……何でそんなに重ねて聞くんだい?」


 どこか不安そうに見上げてくる白髪の少女。


 その頭に、ぽん、とシグは手を置いた。肩をこわばらせるクゥに構わず、そのまま乱暴な手つきで二度三度と撫でる。


「今日は助かった」

「……え、あ」


 クゥから視線を逸らすように正面を向きながら、


「死なずに済んだし剣だって戻ってきた。お前のおかげだ」

「……」

「正直お前がクゥだってのにまだ違和感はあるが……まあ、礼は言っとくぞ。ありがとよ」

「…………、」


 無言。

 クゥは、何も言わずその場に立ちつくしている。


 何を言われたのか理解できていないように。


 数秒間何の反応も示さなかったクゥだったが――じわ、とその目に涙が浮かぶ。


 シグがその意味を考えようとしたところで、クゥの瞳から涙があふれた。


「わあああああん」


 大泣きである。ぎょっとしたように周囲の冒険者がシグたちを見た。

 だが一番唖然としたのは当のシグだ。


 なんだ。なぜ泣く。そんなに頭を撫でられるのが嫌だったのか。


「お、おい。落ち着け」


 言うが、クゥが泣き止む気配はまったくない。


 後から後から涙のしずくが零れ落ちていく。


「……どうしたってんだ……」


 どうしていいかわからず呻くシグに、嗚咽まじりの小さな声が返ってきた。


「だって、だってぇ……ぼく、ずっとなにもできない役立たずで、シグを傷つけてばっかりでっ……ずっとずっとそれが悔しくて、悲しくて……」


「――」


「でも、シグはぼくを責めないから、それもつらくて……」


 クゥはぼろぼろと涙を流したまま、


「そんなふうに言ってもらえるなんて、思ったこと、なかったからぁ」


 喉を裂くように、そう言った。


「……お前……」


 シグは呆然とクゥを見つめることしかできない。


 それは負い目だ。


 クゥが十五年にわたって抱え続けた傷だった。


 最下級の精霊だったクゥはまさしく無能だった。精霊術を使えず身体強化も行えない。護衛をつけて『練度上げ』をしても下級精霊にすらならない。


 そしてそれに対する非難は、クゥではなくシグに向いた。


 王家という、『強い精霊を宿して当たり前』の環境に生まれたこともそれを後押しした。王宮でも、貴族学院でも、シグは当然のように見下された。

 マナを扱えないなら牛や豚と同類だ、と嗤われたことさえある。


 シグは努力していた。


 勉学。剣。体術。社交。あらゆることを、毎日毎日磨き続けた。


 そのすべてを無能な自分が台無しにしてきたのだ。


 この世界では精霊の強さがすべてだから。


 クゥはそのことが何よりもつらかった。


「……気にしてんじゃねえよ、そんなこと」

「気にするよっ、無理言わないでよ……」


 コートの袖を当てて何度も目元をぬぐうクゥだったが、まったく涙が治まる気配はない。


 ……率直な感想を言えば。


 気にし過ぎだ、とシグは思う。


 確かに実の父親から『王家にお前のような愚図はいらない』と言われて追放されたり、貴族学院で色々あったりもしたが、それは決してクゥのせいではない。精霊の強さでしかものごとを判断できない周りの人間がどうかしているのだ。


 シグはクゥが悪いと思ったことなど一度もない。


 だが、それを伝えたところで意味はないだろう。クゥを責めているのはクゥ自身だからだ。


 そして、シグからすると、そういう気持ちは少しわかってしまう。


(……あー)


 自分が傷つけてしまった相手に、『あなたのせいじゃない』と笑いかけられる。


 そういう経験のあるシグにとっては、気安く慰めるのも躊躇われた。


 シグは視線を逸らし、呟くように言った。


「なら、これから返済していけよ」

「……え?」

「罪悪感が消えるまで、俺の役に立て。……お前はもう、無能なんかじゃねえんだろ」


 結局、それしかない。クゥを責めているのがクゥ自身なら、クゥを許せるのもクゥ自身だ。


「…………、」


 クゥは涙の溜まった瞳をわずかに見開いて、こくん、と頷いた。


「……うん。そうだね。シグの言う通りだ」

「わかりゃいい。納得したなら、さっさと泣き止め」

「うあ」


 シグはクゥの目元を指で荒っぽく拭い、無理やり涙を止めてしまう。クゥは母猫に世話を焼かれる子猫のように大人しくそれを受け入れた。


 ぐす、と鼻を鳴らしながら、クゥはきまり悪そうに言った。


「……その、ごめん。取り乱しちゃった」

「まったくだ。次にこの話を蒸し返したら殺す」

「わ、わかった。もう言わない」


 低い声で釘を刺すシグにクゥはこくこくと頷いた。


 それを確認してから、シグは迷宮の出口に視線を向ける。


「もう行くぞ。無駄に目立っちまった」

「あ、待って待って。シグ、ひとつだけ」

「あん?」


 シグが振り返ると、なぜかクゥはわずかに緊張した顔をしていた。それを誤魔化すように咳ばらいをして、クゥは口を開いた。



「改めて――ぼくはクゥだ。きみと契約した半身にして、空をつかさどる大精霊」



「……」


「きみの役に立てるよう、頑張るよ。これからよろしくね」


 胸に手を当てて自信ありげな顔をするクゥに、シグは呆れたように言う。


「……今更かよ」

「い、いいじゃないか別に。そういう気分だったんだよ」

「あっそ。……まあ、よろしく」

「うん。よろしく」


 そんなやり取りを最後に、二人は迷宮を離脱した。

 お読みいただきありがとうございます!

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