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迷宮離脱(第一層②)


「よう、楽しそうだな」

「「「――――ッ!?」」」


 物陰から現れたシグとクゥを見て、旅行帽の男たち三人は唖然と目を見開いた。


「追放王子……!? お前、なんで生きて――、」


 旅行帽の男が理解できない、とばかりにうめくのを見てシグは馬鹿にするような声を発した。


「さあ何でだろうなあ。てめーら頭悪そうだしわっかんねえだろうなあ」

「何だとォ、つーかそっちのガキは……ああそうかそうか」


 と、旅行帽の男はクゥに視線を移す。そして疑問が解けたとばかりににやりと笑った。


「そのガキに助けてもらったわけか。ははっ、情けねえなあ、そんな小娘に助けてくださいって懇願したのかよ! さすが追放王子だ、惨めなもんだな!」


「……」


「おい、ガキ! お前さては知らねえんだな? お前の隣にいるのは無能過ぎて王族を追放された落ちこぼれなんだぞ」


「…………、」


「そんなやつ助けたってろくな見返りはねえ。何言われたか知らねえが、どうせ騙されて――」


「――それ以上続けるな、帽子君。ぼくを怒りでおかしくさせるつもりか」


「ッ!?」


 低い声で唸るクゥの迫力にたじろぐ旅行帽の男。


(キレすぎだろこいつ……)


 シグですらそう思った。


 旅行帽の男はクゥの威圧感に動揺したようだったが、すぐに気を取り直した。


「は、ははっ! ガキ一人増えたくらい何だってんだ! こっちは三人、向こうは二人で――しかも片方は剣のねえポンコツ王子だ! 負けるわけねえ!」


 旅行帽の男のその言葉を、シグは鼻で笑った。


「勘違いしてんじゃねえよハト頭」

「誰が鳩だ殺されてーのか!」


 いきり立つ旅行帽の男にシグは爽やかな笑みを浮かべて――



「てめーらの相手は俺一人だ。おら、かかってこい畜生トリオ」



 ブチッッ、という幻聴が響く。


「あいつ殺すぞ! やっちまえお前ら!」

「「おおっ!」」


 思い切り挑発に乗った三人組が突進してくる。


 動きが速い。それは彼らがマナを用いて身体能力を強化しているためだ。


 身体強化。


 精霊契約によって人類が得た、精霊術に並ぶもうひとつの異能。これを使用すれば脚力、膂力、肺活量や五感などが跳ね上がる。


 たとえ契約したのが下級精霊であっても、これを使うのと使わないのとでは大きな差がつく。身体強化を使えば子どもだって大人の男を叩きのめせるだろう。


 だからこそ、シグは精霊使いと戦う際に必ず先手を取るのだ。


 そうしないと絶対に勝てないから。


「舐めやがって、後悔させてやるよ!」


 だが、それもさっきまでの話。


「――って、あれ?」


 シグから奪った剣を勢いよく振り下ろした猿顔の男が間の抜けた声を上げる。


 さっきまでそこにいたはずのシグの姿がない。


 すぐ目の前にいるクゥが、猿顔男の背後を指さす。


「うしろに気をつけたほうがいい」

「は? ――げぶっ!?」


 直後、猿顔男が勢いよく背後からシグに殴り飛ばされた。剣を手放し、壁に叩きつけられる。猿顔男はぴくぴくと痙攣し気絶していた。


「てめえ!」


 今度は犬顔男がナイフを構えて突っ込んでくる。


 だが、当たらない。シグはそれを半歩の横移動で回避し、真っ向からカウンターの掌打を叩きつけた。のけ反り吹き飛ばされる犬顔男。からん、とナイフが空しく地面に転がる。


 まさしく瞬殺だった。


 速度、攻撃の威力、回避能力、すべてが常人をはるかに超えている。


「……なるほど、こうなるわけか」


 確かめるように手を握ったり閉じたりするシグに、残る旅行帽の男が目を剥いて叫んだ。


「どっ、どうなってやがる……!? お前は精霊の力を使えねえはずだろ!? しかも今の身体強化、上級精霊並みじゃねえか!」


 そう。

 今のシグは、身体強化を使える。


 疑似精霊だった頃のクゥは、精霊であるにもかかわらず、マナの扱いができなかった。そのため精霊術も身体強化も使えなかったが――今は違う。


 大精霊に進化した今のクゥは、精霊術と同じく身体強化もシグに施すことができる。


 シグの人間離れした動きはそのためだ。


「さあな。何でだと思う?」

「ふざけやがって……」

「ふざけてんのはてめーだろハト頭。また仲間を囮にして精霊術溜めてやがったな?」


 旅行帽の男の周囲には火花が散っている。おそらく精霊術の発射準備が完了した合図だ。


 シグを最初に襲ったときと同じく、仲間の陰に隠れて術の準備をしていたのだ。


 それを見抜かれ、旅行帽の男は頬を引きつらせる。


 対照的にシグは口の端を吊り上げた。


「いいぜ、撃ってみろ。避けずにいてやる」

「なに?」

「さっさとしろよ。俺の気が変わらねえうちにな」


 言いながら、シグは足元に落ちていた剣――猿顔の男が落とした、本来は自分のものである片手剣を拾い上げる。


 それを構えて、挑発的な笑みを旅行帽の男に向けた。

 お前の術など避けるまでもないと言わんばかりに。


「~~~~~~ッッ!」


 旅行帽の男は見事に煽られた。


 避けない? 何だそれは。舐められている。――無能の追放王子ごときに!


「そんなに言うなら望み通り黒焦げにしてやるよ! 【ライトニングスピア】!」


 まばゆい閃光とともにジグザクの軌道で雷撃が飛来する。


 威力は中級精霊相当。しかも雷属性の精霊術は他のどの属性よりも速い。


 身体強化抜きには目で追うことすら難しいそれを、シグは何の感慨もなく眺めていた。


(……遅い(・・))


 今のシグは動体視力も強化されている。雷撃の槍はほとんど止まって見えた。


 剣を構える。

 振るう。


「……………………は?」


 旅行帽の男が目を見開く。


「さすがシグだ」


 クゥは満足げに微笑んだ。



 雷撃の槍は、シグの一薙ぎで斬り払われた。



「な、なあっ、何だよそれ! どうなってやがる!? 術を剣で斬ったってのか、お前っ!?」


 驚愕する旅行帽の男に対して、シグはあくまで冷静だった。


 というより、納得していた。


(……マナが使えねえと馬鹿にされるわけだ)


 精霊術や身体強化があるのとないのとで差があり過ぎる。どうりでいくら剣の修行をしても勝てないはずである。


 この世界は契約精霊の強さがすべてというが、その理由を思い知った気がした。


 シグは旅行帽の男に向かって言った。


 とびきり悪人っぽい笑みで。


「そんじゃまあ、試したいことも試せたしお楽しみタイムといくか」


「な……何するつもりだ」


「さあな。けど当然覚悟はできてんだろ? じゃなきゃおかしいよな。お前は俺を殺そうとしたんだから、俺に殺されても文句は言えねえよなあああ?」


「――ッ」


 怯えたように後ずさる旅行帽の男。


「わ、……わかった。降参だ! 降参する! もう勘弁してくれ! 謝る、俺たちが悪かったから見逃してくれ! 後生だっ、頼む!」


「命乞いされるのって気分いいな」


「ゲス野郎! くそ、死んでたまるかあ!」


 跳ねるように立ち上がり、転がるように走り出す旅行帽の男。破れかぶれの突進かと思うとそうではなく、シグの真横を抜けて逃げようとする。


 後ろにも道はあるのに、なぜわざわざシグの真横を通ったのか。


 それはそっちに正規ルートがあるからだ。


「おおい、誰か! 助けてくれえ! 殺されるっ!」


 正規ルートには冒険者が常に行き交っている。こうして助けを求められてしまえばすぐに誰かが駆け付けることだろう。


 そうなれば、今度はシグたちが追い詰められる。


 旅行帽の男はこう言うつもりだ。――いきなりシグに襲われた。おそらく自分たちの身ぐるみをはがすためだろう。あの薄汚い追放王子を退治してくれ、と。


 そしてそれはおそらく信じられてしまう。


 この状況下でどちらが加害者に見えるかといえば、圧倒的なシグなのだから。


 それがわかっているから、旅行帽の男の口元には笑みが浮かんでいる。


 そしてそれは次の瞬間、凍り付いた。


「【<(クル)>雷撃(ライトニング)】」


 ズガンッ! と音がして、【ライトニングスピア】よりはるかに大きな雷撃が迷宮の天井を叩き壊した。


 瓦礫が落ちてくる。そしてそれは、正規ルートに戻るための道を完全にふさいでしまった。


「――――――ッ!?」


 唖然とする旅行帽の男。

 これでは、助けを求めたところで誰も来ることができない。


 同時に、目の前の道がふさがれたことで、旅行帽の男は完全に退路を断たれた。


「な? 言ったとおりになったろ」

「危なくなったら正規ルートのほうに助けを求める、か。よく読めたね?」

「この手のカスの相手は初めてじゃねえからな」


 追い詰められた自分に向かって、シグとクゥの二人が歩いてくる。


「なんだよ今のっ、お前精霊術は使えねえんだろ!? くそっ、くそっ!」


 腰を抜かして、後ずさりする旅行帽の男。


 最終的に旅行帽の男は土下座した。


 財布も、魔核もシグ達の前に投げ出して、這いつくばった。


「悪かった。俺が――俺たちが悪かった! 金も奪った魔核も全部渡す! だからこれで収めてくれ!」


 旅行帽の男にとってのありったけの誠意。


 対してシグはかつてないほどに爽やかな笑みを浮かべた。



「許すわけねえだろ、馬ー鹿☆」



 次いで、ドガボゴグシャッッ!! という鈍い音が連続して響いた。

 お読みいただきありがとうございます。

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