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迷宮離脱(第一層①)


 入り組んだ迷宮には、最短で最深部まで行ける『正規ルート』というものが存在する。


 その正規ルートを出口に向かって逆走していくシグたちをすれ違うたび、同業者(ぼうけんしゃ)たちがクゥを見てぎょっとしていた。


「……? さっきから注目されてる気がするなあ」

「裸足にコートだけ着てたらそりゃ目立つだろ」


 シグは呆れたような口調で言う。


 しかし実際のところ、人目を引く一番の原因はクゥの顔立ちの美しさだった。理知性とあどけなさが同居するその容貌は、すれ違う男の視線を簡単に奪う。


 シグはそれを理解しているが、もちろん口には出さない。


「それより話の続きだ」

「よしきた。何でも聞いてくれたまえ」


 自信たっぷりな顔で薄い胸を張るクゥを横目に、シグは石板を呼び出す。


 シグにとってはもっとも気になる部分がまだ解明されていない。


 シグが指さしたのは、石板の『階位』の欄だった。


「石板によると、お前の『階位』が『大精霊』なんてもんになってるわけだが――こりゃあ何だ? そんな階位聞いたことねえぞ」


 通常、精霊の格は下から疑似精霊、下級精霊、中級精霊、上級精霊、特級精霊と分けられる。大精霊、などという区分は存在しないはずなのだ。


 クゥは難しい顔で「ふむ」と唸る。


「それは重要な質問だ。心して聞いてくれよ、ぼくたちの今後にも関わる重大な話になる」

「あん?」


 たたっ、とクゥはシグの数歩先に出た。それから軽やかに反転、両手を広げて両目を閉じる。


 そう、それはさながら神話を語り広める宣教師のごとく身振り手振りを交えて大仰な仕草で――


「――大精霊とは太古の昔、精霊王とともに悪しき魔物の王と戦った特別な精霊だ」


「……」


「魔王を封じた後ぼくたちは役目を終え、この世界をさまよっていた。だが今再び、何らかの危機が世界に現れようとしている。それを止めるためにぼくは再び顕現した。強く力を求めたきみの契約精霊に宿る、という形で」


「…………」


「というわけで、ぼくの正体は何か世界が滅びそうだったからやってきた大精霊だ。シグ、力を貸してくれ。一緒に世界を救おうじゃないか!」


 シグは端的に言った。


「まともに説明する気がねえって意志表示か?」


「……わかってたけど辛辣な反応だなあ」


 クゥはがくりと肩を落としたが、シグは冷たい視線を向けたままだ。


 何しろ話がまったく頭に入ってこない。


 というより、途中で理解を放棄してまともに聞いていなかった。


 なんか世界を救おうとか言われたが、聞き間違いだろう。そのはずだ。


 クゥは気を取り直すように言った。


「けど、シグだって違和感を覚えているだろう? 仮にぼくが普通の進化をしていたら、今頃は一回り大きな蛇の姿にでもなってたはずだ」


「……それは、」


 そうかもしれない、とシグは思う。


 精霊は進化してもそこまで見た目が変わらない。少なくとも、『もとはあの精霊だったよな』と思えるくらいの面影は残る。


 ところが目の前にいるクゥはどうだ。


 進化前の名残はほとんどなく、おまけにものに触れる。喋れる。


 『シグの体に入りきらなかったマナの塊』というイレギュラーな存在であるにしろ、外見が少女のものである理由もわかっていない。


 確かにまともな進化現象とはいえなかった。


「その原因が、大精霊とかいう階位にあると」


「その通り。進化したとき、非物質状態で漂っていた『大精霊の格』が混ざったことでこの姿になった。ついでに大精霊としての知識や力も得た。もっとも、心はクゥ(ぼく)のままだけどね」


 要は『クゥ』+『外付けの強化部品』=『いまのぼく』だ、とクゥは補足する。


「あとは……混ざったことで、性格面が大精霊から影響を受けている」


「性格?」


「うん。シグがさっきからぼくに対して違和感を覚えているのはそのせいだと思うよ。具体的には――少しだけ、進化前よりおしゃべりになったかな?」


「……少しだけじゃねえと思うがな」


「そうかもしれない。シグと話せるようになって浮かれてる部分もあるけどね」


 と、クゥは照れくさそうに笑った。


「…………」


 シグは自分なりにクゥの説明を噛み砕く。


 クゥは特殊な進化によって大精霊なる階位を得た。


 その原因とは、クゥいわく『大精霊としての格』。


 それが能力や性格面でクゥに影響を与えている。


 大精霊というのに聞き覚えはないが――それ以外にシグは知っている単語があった。


「……魔王だの精霊王だのってのは、昔話に出てくるアレか」

「なんだ、ちゃんと知っているじゃないか。そうだよ。その魔王と精霊王だ」

「知ってるっつーか常識っつーか……」


 誰から聞いたのかも思い出せないような伝承だ。


 かつてこの国には魔物の王がいた。


 精霊の王はそれと戦った。


 ウィスティリア王国の人間はその戦いで精霊王に協力し――その見返りとして精霊たちは王国民に力を貸してくれるようになった。


 この国に古くから伝わるお伽噺だ。


 シグは単なる創作だと思っていたのだが、クゥの口ぶりからするとまるでそれが事実であるかのように聞こえる。


「で、お前さっき聞き捨てならねえこと言ってたよな? なんか危機が迫ってるから再び現れたとか何とか」


「うん。そうだね」


「まさかと思うがそれ俺も関係あるのか?」


「もちろん。ぼくたちは一心同体じゃないか」


「……」


「わあ嫌そうな顔。……心配しなくても、多分まだ先の話だからあんまり気にしなくても」


 と、クゥが口元を歪めるシグを取りなそうとしたところで。



『ぶっははははははっ! すげえぞこの剣!』

『元王子を嵌めた甲斐があったなあ!』



「「――――!」」


 ぐるん! とシグとクゥの二人が首を横に向けた。


「今の声……」

「シグを襲って剣を奪った連中だ。間違いない」


 頷き合い、二人は声のするほうに近付いていく。


 正規ルートを少し外れたあたりだ。物陰に隠れて様子をうかがうと、案の定、そこには先刻シグを襲った三人組の男冒険者たちがいた。



『おい、次は俺に貸せよ! それ使ってみてえ!』

『慌てんなよ、ちゃんと貸してやるから』

『ほっ、と――こりゃすげえ! 魔物が粘土みてえに斬れちまう!』



 ぎゃははは、と騒ぎながら寄ってきた魔物を両断する猿顔の男。その手にあるのはシグの持ち物である片手剣に間違いなかった。すぐ近くには旅行帽の男と犬顔の男もいる。


 その様子を除き見ながら、クゥがぎりっと歯を食いしばった。


「シグを殺しかけておいて、あんな楽しそうにしてるなんて……」

「魔物の試し斬りってとこか。探す手間が省けたな」

「――ぼッッこぼこにしてやる!」

「はい止まれ馬鹿野郎」


 飛び出そうとするクゥのフードを掴んで引き戻す。


 一番の被害者はシグのはずなのに、なぜクゥがそれ以上に怒っているのか。おかげでシグは微妙に冷静になってしまっている。


 物陰に引き戻されたクゥは、怒りに燃える目でシグを見返した。


「離してくれないかなシグ。ぼくは本当に、本っっっ当に、きみを傷つけたあの連中が許せないんだ」


「落ち着けよ。だいたいあいつら殺したら今度は俺らが悪者だ。ここは正規ルートに近いから、騒ぎを起こせば誰か来るかもしれねえ」


 仮にあの超威力の精霊術などを食らわせれば、相手が生存できるか怪しい。人間よりはるかに頑丈な魔物でさえ一撃で倒せてしまったのだから。


「じゃあどうするのさ! 見逃せなんて言うつもりじゃないよね!?」

「いや、俺に考えがある」

「……?」


 シグが耳打ちすると、クゥは「うん」と頷いた。


「……可能だよ。さっきも言ったかもしれないけど、マナを扱う仕組み自体はシグの中に残ってるからね」


「ならいい」


 そう言ってシグは物騒な笑みを浮かべた。

 お読みいただきありがとうございます。

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