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迷宮離脱(第二層)


〇クゥ

・『属性』:空

・『階位』:大精霊

・『錬度(レベル)』:1

・『保有精霊術』:【<(クル)>突風(ガスタ)】【<(クル)>風刃(ウインド)】【<(クル)>雷撃(ライトニング)】【<(ソル)>火炎(フレア)】【<(レニ)>水鞭(アクアウィップ)】【<(スノウ)>氷槍(アイシクル)



「……………………なんだこれ」


 半透明の石板を見ながらシグは口元を引きつらせた。


 魔物たちの群れとの戦闘を終え、シグとクゥはひとまず迷宮を出ることにした。

 その途中、当然シグはクゥに色々と説明を求めた。

 クゥの回答は『とりあえず石板を見てほしい』というもので、シグは特に疑問もなくその提案を実行したわけだが――


 出てきた石板に表示されているのがこれである。


「突っ込みどころが多すぎるぞ……」

「まあまあ、一つずつ明らかにしていこうじゃないか。幸いにも今のぼくなら大抵の質問には答えられるだろうし」

(今のぼく、ねえ……)


 妙に引っかかる言い回しだ。

 ともあれ、今は現状を正しく理解するのが先決だろう。


「属性『空』ってのは何なんだ? クゥは風精霊だったろ」

「上位互換、と思ってもらって構わない。空の属性は風の他にもいくつかを含む」

「複合精霊みたいなもんってことか?」


 精霊の中には、複数のマナを扱えるものもいる。

 風と水が使えるなら、それはその二種を使える複合精霊という感じで。

 掛け合わされる属性にも個体差はあり、中には三種類以上もの属性をもつものもいる。もっともそんな稀少な精霊と契約している人間などシグは一人しか知らないが。


 シグの質問に、クゥは顎に指を当てて頷いた。


「まあ……似たようなものかな。保有精霊術の欄を見ればわかるだろう?」

「そうだ、そこもおかしい。さっきの突風だけじゃなかったのか?」


 シグは石板に視線を戻し、『保有精霊術』の項目を見た。


 さきほどの【<(クル)>突風(ガスタ)】を含め、計六つの術が並んでいる。

 数だけでも驚きだがそれだけではない。


「……属性が風、雷、火、水、氷の五種類あるように見える。まさかと思うが、お前、五種類使える複合精霊だってのか?」


 少なくともシグはそんな規格外の精霊など聞いたことがない。

 クゥは平然と言った。


「いいや、これはまだ足りてない。ぼくの練度が低いからだろうね。練度を上げていけばまだ増えるよ、たぶん」

「…………嘘だろ」

「いいや本当だ。話を戻すけど、それが『空』属性の意味なんだよ」


 クゥは続ける。


「術名の前半に、天候を示す句があるだろう? 空属性は天候になぞらえて複数のマナを扱えるという特徴がある。雲で風や雷、晴れで火、雨で水、雪で氷といった具合にね」

「…………、」


 こともなげに言うクゥに、シグは頭痛がしてくる思いだった。


 そもそも二種類のマナを扱える精霊でさえそうそうお目にかかれるものではない。それが現状五種、さらに今後も増えると言われれば唖然とするしかない。


 それはもう、伝説とか、物語とか、その領域のものだ。

 石板は嘘を吐かない。だが、これはあまりにも……


「あれ。信じられない?」

「当たり前だろ……」

「だったら試してごらんよ。そら、ちょうどいい具合に魔物が寄ってきた」

『―――――、』


 現れたのは灰色の甲冑に身を包んだ――中身は空洞なのだが――騎士のようないでたちの魔物だった。手には突撃槍と巨大な縦長の盾を備えている。


「げっ……『ストーンナイト』かよ」


 思いっきり嫌そうな顔でシグは吐き捨てた。


 ストーンナイトは小回りこそ利かないが、高い突進力と防御力を備える難敵だ。

 最深部の守護者(ガーディアン)を除けば迷宮内でもっとも厄介と言っていい。


 初見した際シグは剣で斬りかかったのだが、傷一つつけられなかった。硬すぎるのだ。弱点も存在せず、あれ一体を倒すには中級精霊使いが最低五人は必要とされている。


「あんなの相手してられっか。逃げるぞ」


 唯一の救いは索敵能力が低いことであり、シグは妥当な提案をしたはずなのだが――なぜクゥは不思議そうな顔をしていた。


「逃げる? なぜだい。倒してしまえばいいじゃないか」

「それができれば苦労してねえ」

「そう言わずにさ。おすすめは【<(クル)>突風(ガスタ)】じゃなく【<(スノウ)>氷槍(アイシクル)】あたりだよ」

「……効かなかったら逃げるからな」


 きちんと念押ししてから近づいてくるストーンナイトに対して右手をかざす。


「【<(スノウ)>氷槍(アイシクル)】」

『――――』


 マナの気配を察知して盾を構えるストーンナイト。

 あの盾かってえんだよなー剣もあっさり弾かれたし、と考えるシグの眼前で、薄青いマナが輝いた。それが一瞬で王宮の柱に匹敵する太さの槍へと変化する。数は十。


(……でかくね?)


 氷の槍はすさまじい勢いで射出され――


『――――――、!?』


 ドガガガカガッ!! と盾ごとストーンナイトの鎧を貫通した。


 ストーンナイトは脱力したようにその場に崩れ、マナの塊となって霧散した。

 そのマナはシグのもとに集まり、ブレスレットについた精霊石に経験値として回収される。ストーンナイトのいたあたりには、大きめの魔核だけが残っていた。


「……おい何だこれ。一撃でストーンナイトが死んだぞ」

「このくらい当然さ。あんながらくた、百体いても敵じゃないよ」

危険度(ランク)Cのストーンナイトをがらくたとか言うやつ初めて見たな……」


 薄い胸を張るクゥに溜め息を吐き、シグはストーンナイトの魔核を拾い上げた。

 そしてその魔核をクゥに放る。


「それも換金できる。持っていくぞ」

「構わないけど、いい加減コートのポケットもはちきれそうになってきたね」

「仕方ねえだろ。そこしか入れとくところがねえ」


 シグは一人で活動する冒険者なので、アイテム類は荷物持ちを雇わず自分で持ち歩いている。だが、旅行帽の男のせいで魔物に追い回された際、丸ごとそれをなくしてしまった。


「良い案があるよ。ぼくがコートを脱いで、袖を縛って袋代わりにするんだ」

「お前それ脱いだらしばき回すからな」


 見た目十四歳前後の少女を全裸で連れまわさせるつもりか。


「……まあ、シグが嫌なら仕方ない。さっきの話に戻るけど、ひとまず石板に出ている術を一つずつ使ってはどうだろう? マナはもちろんぼくが補給する」


 クゥの提案に、今度はシグも頷いた。


「その仕組みもわかってねえが、まあやっとくか」


 石板の内容が間違っていないか確かめる意味でも、戦力把握の意味でも、試し撃ちは必要になる。


 というわけで、まだ使っていない四つの精霊術を検証してみたところ――


 【<(クル)>風刃(ウインド)】。数十に及ぶ風の刃が広範囲に撒き散らされた。

 【<(クル)>雷撃(ライトニング)】。高威力の雷撃が撃ち出された。

 【<(ソル)>火炎(フレア)】。直径二М(メル)の火球が生み出された。

 【<(レニ)>水鞭(アクアウィップ)】。表面が高速振動する水の鞭が手元に出現した。


「……全部使えやがる」

「だから言ったじゃないか」


 精霊術の試し撃ちで爆心地と化した迷宮の一角で、クゥが呆れたような顔をする。


 上級精霊クラスの術が、六つも使えるようになった。馬鹿げた話だ。

 クゥいわくまだこれで初歩の初歩らしいが、シグにはまったく実感がわかない。


「まあ、納得してくれたなら何よりだ。マナを補充しようか」


 そう言ってクゥはシグの手を握った。再び『何か』がシグの中に流れ込んでくる。


 この『何か』がおそらくマナなのだろう。


 今まで精霊術も身体強化も使えなかったシグにしてみれば新鮮な感覚だ。何かが自分の体を出たり入ったりしているのはわかるのに、触れることはできない。非物質であるマナ独特の感覚といえるだろう。


「……今更だが、これってどういう仕組みなんだ?」


 マナ供給を受けながら、シグは尋ねる。


「何がだい?」

「俺の聞いた話だと、マナってのは寝たり飯食ったりしねえと回復しねえはずなんだが」


 人間の体内に宿せるマナには限りがある。そして失ったマナを即座に回復させるには専用の薬品が必要になる。

 少なくともこんなにほいほい補充できるものではないはずなのだが。

 一体クゥは手をつなぐことでシグに何を施しているのだろうか。


「どういう仕組みも何も、ぼくの持ってるマナをきみに渡しているだけだけど」

「……? 普通、宿主(おれ)のマナが尽きたら精霊(おまえ)のマナも尽きてるはずじゃねえのか」

「うーん……」


 質問を重ねるシグに、クゥは難しい顔で数秒唸ってから、


「ぼくが進化したとき、シグは自分に何が起こったか覚えているかい?」

「ああ。……思い出したくもねえがな」


 クゥが進化した瞬間、内部から発生した謎の激痛によってシグは気絶したのだ。

 気絶から覚めた直後は記憶が飛んでいたが、今はきっちり思い出している。


「あれ、ぼくのマナが激増したのが原因なんだ。それまで疑似精霊しか宿したことのなかったシグの体は、普通と比べてマナの許容量が小さい。進化したぼくの保有マナを受け切るのは不可能だった」


 あのままならシグの体はマナに耐え切れずはじけ飛んでいただろうね、とクゥは言う。


「……確かにあれは死ぬかと思った。けど、なら何で俺は無事なんだ?」

「簡単だよ。不要なマナを外に出したからだ」

「なるほど。そりゃわかりやすいな」

「そしてその排出された不要なマナこそがぼくだ」

「は?」


 予想外の言葉に目を瞬かせるシグに対してクゥは続けた。


「最初の質問の答えだよ。ぼくはこんな姿だけど、本質は『きみの体に入りきらなかったマナの塊』だ。……いわば外付けの貯水樽みたいなものかな?」


 マナの塊。その言葉にシグは眉根を寄せる。


「……マナってのは人間の目には映らねえはずだが」

「低密度ならね。ぼくくらい大量のマナを用意すれば別だよ。普通に見えるし、こうして触れることもできる」

「信じられねえな。この手もマナでできてるってことだろ」


 と、つないだままのクゥの手を眺めるシグ。触ったすべらかな感覚は、見た目通りの少女のものとしか思えない。


 それにくすぐったそうにしながら、クゥは言った。


「けど、これで納得できたんじゃない?」

「……もともとお前は俺の体内にあったマナなんだから、それを戻すことも当然できるってわけか」

「きみを破裂させないよう、量を調節することもね。――と、終わった」


 話しているうちにマナの補充が完了した。クゥが握っていたシグの手を離す。

 調子を確かめるように手を開閉させるシグに、クゥが言った。


「それじゃあ行こう! 出口まではもう少しだね」



(現在地 → 『迷宮』第二層)

 お読みいただきありがとうございます。

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