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浮遊島(H7区画)


 エイレンシアと別れて数分走り、シグは目的の場所にたどり着いた。


 森林エリアH7地点。


「このあたりのはずだが……」


 正規ルート沿いとはいえ明かりまでは存在しない。月明かりを頼りに薄暗い森の中を進んでいくと、シグはそれを見つけた。

 ひときわ大きい樹木の幹に、氷でできた茨が巻き付いている。


 そしてそれにとらわれるように、クゥの姿があった。


「……っ」


 目を見開き、次いでシグは歯を食いしばった。


 遠目に見た限りでは気絶しているらしく、クゥは目を閉じたまま動かない。そのままでは倒れ込みそうになるクゥの体を、鎖のような氷の茨が締め上げ支えている。


 まるで磔にされるような姿だった。

 あの氷の茨はギルシュが精霊術で作ったものだろう。

 ギルシュの姿は確認できない。

 今ならクゥを救出できる――とは、さすがにシグも思わない。


(……罠だろうが、行かざるを得ねえな)


 警戒しながら、拘束されたクゥのいるほうに向かって進んでいく。

 ギルシュは近くに潜んでいるだろう。魔物ではありえない、粘つくような視線をシグは肌で感じた。シグが隙を晒すのを待っているのだ。

 変化はクゥのもとまで五М、というあたりで起こった。


 びき、と足元の地面がひび割れる。


『――――――!』

「魔物……?」


 巨大なミミズと蛇の中間のような魔物が地面から出現した。


 ロックワーム。

 全長にして十Мに及ぼうかという、蛇とミミズの中間のような魔物だ。危険度はD。


 その首元には透き通るような氷の矢(・・・)が突き立っている。


 シグはすかさず抜剣し、胴を真っ二つに切り裂く。ロックワームは体をくねらせ土煙を上げてその場に倒れ込んだ。


『『――――ァアッ!』』


 さらにもう二体、地面を割ってロックワームが出現する。どちらもシグを標的に定めている。

 巨体による体当たりをシグは上に跳んでかわす。そこでさらなる追撃が待っていた。

 森の奥から凄まじいスピードで突っ込んできた巨大イタチ(エッジウィーザル)が、空中で身動きの取れないシグに襲い掛かったのだ。


『キィイイイイッ!』

「……ッ、てめーもか!」


 エッジウィーザルの爪を剣で弾き、シグは毒づいた。


 ロックワーム、エッジウィーザル。そのどちらにも、体のどこかに氷の矢が突き立っている。

 おそらくあれはギルシュの精霊術によって生み出されたものだ。


 ギルシュは自身の精霊術でダメージを与えた相手を、洗脳して操ることができる。

 つまり、この魔物たちはギルシュによって操られた手駒なのだ。

 だからシグだけを狙って集まってくる。


『『『キィイイイイイイイイイイイイッ!』』』


 森の奥からさらに数体のエッジウィーザルが現れ、シグに向かってきた。

 そのすべてが身体強化を使っているらしく動きが速い。しかも夜なので視界は効きづらく、足元からは動きを止めれば大質量のロックワームの体当たりを食らう羽目になる。

 それをどうにか剣一本で防ぎながら、シグは違和感を覚えた。


(にしても……何だこの数!? ギルシュの野郎、こんな大量の魔物を操ってるとこなんざ見たことねえぞ!?)


 【心】精霊術で魔物を操ることは不可能ではない。


 だがギルシュの実力では操れたとしても低位のものを、ごく短時間だけだったはずだ。そもそも危険度Dの魔物を複数同時に操るなど上級精霊使いでも不可能だろう。


 そのとき、森の奥から声が響いた。


『――よく凌ぐものだ。それが大精霊とやらの恩恵かね?』

「ギルシュ……ッ!」


 姿は見えなかったが、それは間違いなくギルシュの声だった。

 その平然とした声色にシグは怒りを覚え――次いで、疑問を感じた。

 今、やつは何と言った? 大精霊だと?


『甲板でのエイレンシアとの戦いを見て驚いたよ。あの落ちこぼれが、特級精霊使いと互角に渡り合っているのだから! 『彼女』が脅威に思うのもわからなくはないね』

「何言ってんのかわかんねえな」


 シグは吐き捨てる。

 ギルシュはクゥについて何か知っているらしい。

 だが、それで動揺を示せば余計な情報を与えかねない。ギルシュが知っていることなど、後で半殺しにしてから聞き出せばいい。


「それよりさっさと出てきやがれ臆病者! 俺の前に出てくるのがそんなに怖いか!」

『僕が出て行くまでもない、というだけのことさ』


 魔物の数は続々と増えている。

 ロックワーム、エッジウィーザル、風梟(ウインドオウル)巨大モグラ(グランモール)巨大甲虫(ホーンビートル)――総数はそろそろ三十に迫る。


 それらの猛攻をかいくぐりながら、シグは叫んだ。


「たいした自信だな! たかが『花売り貴族』の分際で!」

『……』


 その言葉にギルシュは一瞬だけ黙ると。

 怨念の籠ったような声で、


『……よくもその名で僕を呼んだな』

「何が違うんだよ。庭師が初代で、生業は綺麗なお花を作って他の貴族に買ってもらうこと。やってることは貧民と同じだ。どのツラ下げて貴族ぶってんだ、なあ?」

『貴様ぁあ……!』


 ギルシュの生家、ガーデナー家は歴史ある貴族の家だ。

 その発祥は旧王国時代の王宮庭師。現在は主に花を育てたり香水を作ったりといった方面で名前を売っている。


 シグはそれに対して特に何とも思っていない。

 だが貴族の中にはガーデナー家を『女々しい花売り貴族』と揶揄する者もいる。


 ギルシュはその呼び名を快く思っていないのだ。コンプレックスと言い換えてもいい。


 要はそれを利用した挑発である。


『どいつもこいつも我がガーデナー家を馬鹿にする! だが、そう言っていられるのもあと少しの間だけだ!』

「ああ……?」

『すぐに誰もが僕の力を認めるようになる。僕はもう昔とは違う! 精霊のものだけじゃない――『あの女』から得た力で強くなった!』


 『あの女』から得た力。

 どうもシグにはその言葉が引っかかる。


「それが、お前がここ最近急激に強くなった理由か?」

『エイレンシアから聞いたのかね? ああそうだ。今はまだ上級精霊使い程度の力だが、いずれはあの目障りな女を潰すこともできるようになるだろう!』


 シグは眉根を寄せた。

 ギルシュの言い分では、ギルシュが強くなったのは精霊が進化したから、というわけではなさそうだ。しかしそれ以外にここまで急激に強くなる方法をシグは知らない。


『君ごときでは僕を止めることなどできはしない』


 魔物たちが一斉に動きを止め、ぐるん! と視線の方向を変えた。

 シグから、拘束されて動けないクゥのほうに。

 どうやらクゥを狙うことでシグの『逃げ』を封じる腹づもりらしかった。


『ほらどうする? 庇わなければ君の精霊は食らい尽くされるぞ!』


 はー、とシグは溜め息を吐いた。どこまでも汚い。


 シグは魔物たちを追い越してクゥの目前まで来ると、魔物たちに向かって片手を突き出した。剣を握っていない左手だ。


「【<(レニ)>水鞭(アクアウィップ)】!」


 巨大な水の鞭がシグの手元に出現した。

 それを振るうと、水の鞭は触れた端から魔物たちをなぎ倒していった。


『『『ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?』』』


 【<(レニ)>水鞭(アクアウィップ)】は火球や雷撃と異なり森林エリアでも火災の心配がなく、また【<(クル)>風付与(アドウインド)】よりも持続時間が長い。

 しかも表面が高速振動しているため触れた端から魔物を引き千切って殺せる。

 地形、敵の数、マナ消費などを踏まえれば最適な術といえた。


 魔物たちは瞬く間に全滅する。


『なるほど。それが大精霊の恩恵か。君には過ぎた力だよ』

「ごちゃごちゃうるせえぞヘタレ野郎。いい加減出てきたらどうだ?」

『断る。そしてさっきも言ったはずだ。――僕が出て行くまでもない』


 直後。

 シグの真上から、見えない『何か』が襲い掛かってきた。


「がっ……!?」


 踏みつぶされるように、シグは地面に縫い留められる。

 どうにか視線を上げると、そこには。


『グルルルルッ……』

「ハイドワイバーンか!?」


 飛行船で見たのと同種の飛竜が、シグを上から押し潰していた。

 どうやら能力によって姿を消したままずっと頭上に待機していたらしい。


(いつから――つーか待て。この魔物ってことは……)


『気付いたかね? そう、飛行船に現れたハイドワイバーンは、僕がけしかけたんだよ。君の実力を確かめるためにね。……まあ、それはエイレンシアに邪魔されてしまったわけだが』


 余裕の口ぶりでギルシュが種明かしを行う。

 シグはどうにか乗っかっている飛竜から逃れようとするが、精霊術を使ったせいで身体強化の効き目が低く思うようにいかない。


 ギルシュがその隙を逃すはずはなかった。

 ざり、と音を立ててシグの頬を氷の矢がかすめた。


(やべ――)


 ギルシュの精霊術を食らった人間は【心】精霊術の対象になる。


「終わりだ。これで君は僕に逆らえない」


 森の奥からギルシュが出てくる。その行動が、もう戦闘が終わったことを示していた。


 シグはギルシュによって体の支配権を奪われた。

 お読みいただきありがとうございます。

 次回は少し長くなると思います。

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