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浮遊島(森林エリア)/幕間


 魔境に出現する魔物は、場所によってそれぞれ個性がある。


 たとえば水辺の魔境なら水棲の魔物が多くなるし、雪原であれば毛皮をまとった大型の種族がよく出現する。


 二週間前までシグたちがいた迷宮も、ゴーレム系やパペット系など無生物ベースの魔物が多かった。

 性能も主に頑丈さ、膂力に偏っていた。


 当然ながら今いる浮遊島の魔物にも共通する特徴がある。


 獣系、有翼系といった種族的なものと――


 とにかくすばしっこい、という点だ。


「……ああもうっ、全然攻撃が当たらない!」


 シグから少し離れた位置でクゥが叫ぶ。


 場所は浮遊島・危険域の『森林エリア』だ。

 浮遊島は市街地からまず森があり、川に沿って進んでくと西に泉が、さらに奥の東には守護者が現れる岩山にたどり着く。

 守護者に突撃するまでに浮遊島の魔物に慣れる意味も含めて森林エリアを探索していたシグとクゥだったが、さっそく洗礼を受けていた。


 種族名、『エッジウィーザル』。


 獅子ほどもある巨大なイタチの魔物が二体、木々の間を跳ねまわってシグとクゥに襲い掛かってきたのだ。


『キィッ!』


 ズガッ! とシグが一瞬前までいた地面が盛大に抉られる。


 エッジウィーザルの前脚には三日月状の刃が備わっている。脚と垂直に伸びるそれがエッジウィーザルの武器だった。

 現在シグとクゥはそれぞれ一体ずつのエッジウィーザルを相手取っているが、見事に苦戦中である。


 理由としてはまず、単純にこの魔物が強い。


 危険度はDだが森林というのはエッジウィーザルの独壇場である。ただでさえ速いのに幹やら枝やらを足場に三次元的な軌道をされては目で追うことすら難しい。油断するとすぐに後ろを取られてしまう。


 そしてもう一つが、クゥとの致命的な相性の悪さだった。


「てあっ! ……あーまた避けられた!」

『フシュゥ』

「あっ今ぼくのことを馬鹿にしたね!?」


 クゥは馬鹿力だし頑丈だが、いかんせん小回りが利かない。

 直線を思いっきり走れ、というならクゥの圧勝だろうが敏捷性ではエッジウィーザルのほうがずっと上手である。その証拠にさっきから全然攻撃が当たっていない。


 しかもエッジウィーザルがこのタイミングで駄目押しを行う。


『『キィイイイイイイイイイッ!』』

「わっ、わっ? シグどうしよう! もっと速くなったんだけど!?」


 マナを用いた速度上昇。つまり身体強化だ。


 魔物も身体強化や精霊術を使ってくることがある。エッジウィーザルもその一種だ。


 無強化ですら手を焼いていたエッジウィーザルがさらに加速し、しかも縦横無尽に木々の間を飛び回ってくる。隙を見せれば斬りかかってきて、さらに一撃離脱で反撃を許さない。


 目で追っていては間に合わない。

 だから、目では追わない。


「ってわあああああ服が切られた! せっかくシグに買ってもらったのに!」

『……!?』


 攻撃を食らっても平然とするクゥにエッジウィーザルの片方が驚いた気配がしたが、シグはそれを無視して作業を続ける。


(右。左上。飛び越えて後ろ。攻撃方向は基本的に背後か上から――)


 いくつかの要素からエッジウィーザルの動きを分析する。

 そして読み切った。


『ギシャアアアアッ!』

「――ふっ!」


 後方斜め上から飛び掛かってきたエッジウィーザルの攻撃を紙一重で回避し、シグは身動きの取れない着地(・・)を狙ってその横っ腹を思い切り蹴飛ばす。


 甲高い悲鳴を上げながらエッジウィーザルが吹き飛ばされ――衝突音。


『キィッ!?』『キュウッ……』


 シグが蹴飛ばしたエッジウィーザルが、吹っ飛んだ先でもう一体に空中で激突したのだ。

 二体の巨大イタチは折り重なって地面に落下。

 シグは詰めを誤らない。


「【<(スノウ)>氷槍(アイシクル)】」


 放たれた氷の槍の群れは転倒したエッジウィーザル二体を容赦なく貫き、経験値へと変えた。





「【石板(スキルボード)】」


 戦闘後、シグとクゥは森林エリアのひらけた場所で休息していた。


 シグは切り株に腰かけて石板を呼び出してブレスレットから経験値を移す。

 黒い煙のような経験値が石板に吸い込まれていく横で、クゥが興奮した様子で言った。


「やっぱりシグはすごいなあ」

「あん? 何がだよ」

「あのすばしっこいイタチを蹴っ飛ばしただけじゃなく、見事にもう一体にぶつけてたじゃないか。大道芸でも見ている気分だったよ」


 クゥが言っているのはさっきのエッジウィーザルとの戦闘のことだ。

 クゥは不思議そうに首を傾げる。


「ぼくは全然攻撃が当たらなかったなあ。シグはどうやってタイミング合わせたの?」


 大したことじゃねえよ、とシグは言った。


「相手のクセを見抜くのは剣術のド基礎だ。魔物は人間より単純だから簡単に読める」


 おまけに途中から身体強化で加速したため、動きの軌道がより単調になった。体の速さにエッジウィーザル自身の動体視力が追いついていないのだ。

 相手の次に取る行動か予測できれば、あとはそれに合わせて動けばいい。


 シグの場合は自分の動きも使ってエッジウィーザルの動きを誘導したため、さらに予測の精度も上がっていた。


「シグが教わったことならぼくも知ってるはずなんだけどなあ」

「頭でわかってるのと体がついてくるのとは別ってことだろ」


 適当にそう言って、シグは石板に視線を戻す。



〇クゥ

・『属性』:空

・『階位』:大精霊

・『錬度(レベル)』:15

・『保有精霊術』:【<(クル)>突風(ガスタ)】【<(クル)>風刃(ウインド)】【<(クル)>雷撃(ライトニング)】【<(ソル)>火炎(フレア)】【<(レニ)>水鞭(アクアウィップ)】【<(スノウ)>氷槍(アイシクル)

【<(クル)>風付与(アドウインド)】【<(クル)>雷付与(アドライトニング)】【<(ソル)>炎付与(アドフレイム)】【<(クル)>風壁(ヴェールウインド)】【<(スノウ)>氷壁(アイスウォール)】【クル>麻痺付与(パラライズ)】【<レニ>水縛(アクアバインド)】【<―>――】



「……ん?」


 クゥの性能は迷宮の守護者(グランドゴーレム)戦で大幅に強化されている。


 あの段階で錬度は14。【<(クル)>風壁(ヴェールウインド)】をはじめとしていくつか新しい精霊術も増えていた。


 それがたった今、錬度が一つ増えて15に到達。


 そのせいだろうか。

 石板の一番下に、よくわからないものが出現していた。


「おいクゥ、この保有精霊術の一番下のやつは何だ? 読めねえぞ」


 こんなことは初めてだ。

 クゥは隣から石板を覗き込み、


「たぶん、まだ使えないんだと思う」

「……何だそりゃ?」

「前にも説明したと思うけど、シグってあんまりマナを受ける『器』が大きくないんだよ」


 確かに聞いている。契約精霊のクゥが弱かったためにマナの許容量が鍛えられなかった、という話だったはずだ。


「今のシグの器に限界までマナを注いでも、それを使うにはまだ足りない。だから文字が読めない――そういうことじゃないかな」

「はぁん……」


 シグは懐疑的な表情で石板を眺め、


「ってことはこの読めねえやつは、今までで一番マナ消費の多い大技ってことだな」

「そうなるね」

「どうすりゃ使えるようになる?」

「シグがマナに慣れるしかない。つまりは精霊術を使いまくることさ」


 なるほどわかりやすい。


「そのためにも今は魔物退治だ。がんがん行こう!」


 そんなやり取りで休憩は終了。

 その後二人は、夕方になるまで魔物狩りを続けた。



× × ×



「君、少しいいかね」

「はい? なんでしょうか」


 『眠り梟亭』の庭で水やりをするセリアのもとに、一人の青年が声をかけてきた。


 緑色の髪をしたいかにも貴族らしい青年、つまりギルシュだ。

 ギルシュはセリアに尋ねた。


「少し聞きたいことがあってね。ここに変わった二人組が泊まっただろう。くすんだ銀髪の男と、白髪の女の二人組だ」

「そうですね。部屋をお貸ししております」

「その二人について、知っていることをすべて話してもらおう」


 セリアはギルシュの尊大な態度から貴族だとすぐに悟ったが、同時に不穏な雰囲気も感じ取っていた。


「……申し訳ありませんが、お客様のことを勝手に明かすわけにはいきません」


 セリアの拒否に、ギルシュは眉をぴくりと動かした。


「僕は栄誉ある旧貴族、ガーデナー家の嫡男だ。逆らうというのかね?」


 セリアからすればシグとクゥは客の一組だが、祖母を助けてくれた恩人でもある。

 何よりこうも強引に情報を引き出そうとするギルシュが信用ならなかった。


「シグ様とクゥ様は夕方ごろにお戻りになるはずです。その頃にもう一度いらっしゃってはいかがでしょうか」


 あくまで口を割らないセリアにギルシュは溜め息を吐いた。


「……仕方ない。ではこうしよう」


 瞬間、ちくり、とセリアのふくらはぎあたりに痛みが走った。

 同時に氷で撫でられたような冷たさも。


「……?」


 何事かとセリアが身をかがめて痛みの走った場所を確認しようとしたときには、もう遅かった。セリアの体はこわばったように動かない。


 ギルシュはにやりと笑って尋ねた。


「ではもう一度訊こうか。あの二人について知っていることをすべて話せ」


 次の瞬間、信じがたいことが起こった。


「はい。シグ様とクゥ様は現在屋根裏に宿泊されていて――」


 セリアの口が、セリアの意志を無視して勝手にギルシュの質問に答え始めたのだ。

 いくら拒否しようとしても口が勝手に動く。


「――それに、今日の夜にはシグ様はお一人でご友人に会いにいくと」


 セリアがシグとクゥについて知っていることを洗いざらい喋ると、ギルシュはわずかに考え込む素振りを見せる。


「友人……エイレンシアか? あれに邪魔されると厄介だな」


 ぶつぶつと呟いている。セリアはどうにか体を動かそうとするが、まったく思い通りにいかない。


「早めに始末しておくか。宿屋の娘、君にも協力してもらうぞ」


 ぱちん、とギルシュが指を鳴らす。



 セリアは眠りから覚めたように急激に現実に引き戻された。



 ――自分はさっきまで何をしていたのだろうか?


 『眠り梟亭』の庭にいるのはセリア一人だけだ。セリアは直前まで誰かと話していたような気がしたが、それが誰かはまったく思い出せない。何を話したのかも。


 首を傾げながら、セリアは花壇の水やりに戻る。


 その懐にはセリアの私物ではない薬品の瓶がねじ込まれていたが、不思議とそれに疑問は感じなかった。

 お読みいただきありがとうございます!


 2019.8.24

 序盤を修正したため総話数がずれています。(序盤の五話を三話にまとめました)

 内容は変えていないので、お読みいただくのに支障はないと思いますが、不備があれば適宜修正していきます。

 ……ややこしいことをして申し訳ありません。

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