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浮遊島(船着き場)


『間もなく着陸いたします。お忘れ物のないようご注意ください――』


 客室の通信用マナ鉱石が光り、船員のそんな呼びかけが流れてきた。


 シグが窓の外を見ると、浮遊島の陸地がもうかなり近くに来ている。

 飛行船の着陸先である浮遊島はほぼ同じ高度に浮かんでいるため、位置関係としては海を走る船と港に近い。


 ちょうどガレイン号が船着き場に入っていくところだ。


「おい、そろそろ準備しろ。行くぞ」

「……」

「……おい」


 シグの超至近距離に、真っ白な頭頂部がある。

 ベッドに座るシグの腕を、クゥが隣から思い切り抱きしめているのだ。


「いつまでへばりついてんだてめーは……」

「……せめて船を降りるまで。シグはさっき、嫌な思いをしただろうから」


 つまりクゥは、甲板でのギルシュとのやり取りにシグが落ち込んだと思って、慰めようとしているわけだ。


 最初こそ『いらねえよ』と押しのけようとしたシグだったが、相手はつい先日までシグの中にいたクゥである。


 動揺していることはすぐに看破された。

 決局シグは拒否しきれずに、かれこれ一時間以上もクゥの体温を間近で感じている。


「ぼくはシグの味方だからね」

「さっきも聞いたぞ」

「……あんまり一人で抱え込まないでね。ぼくにできることなら何でもするから」


 シグ以外が聞いたら一撃で理性を吹っ飛ばすような言葉をさっきから繰り返しクゥが告げている。

 普段のシグなら力づくで引きはがしていたかもしれない。

 だが、今はそうしなかった。できなかった。


 こんこん、と扉がノックされる。来客らしい。


「すぐ開ける」


 シグが扉のほうに行こうとすると、クゥが腕を抱く力を少し強めた。

 意地でもシグから離れるつもりはないというアピールだ。


「……クゥ、もういい」

「でも」


 そうじゃない、とシグは首を横に振る。


「もう落ち着いた。……気を遣わせて悪かったな」


 余計なお世話だった、とはとても言えない。シグはギルシュとのやり取りで確かに心の傷を抉られていたのだ。


 しかしクゥが一時間かけて慰めてくれたおかげで、いくらか気が軽くなっている。

 それを認めないほどシグもひねくれていなかった。


 クゥが手を離したので、シグは立ち上がって扉のほうに歩いていく。

 がちゃり、と扉を開けると。


「シグルド様。エイレンシアお嬢様から伝言を預かって参りました」


 そこに立っていたのは、エイレンシアの世話役である初老の男性だった。

 一応シグとも顔見知りである。


「……エレンから伝言?」

「は。宿は『朝陽の音色亭』の近くで取るように、とのことです」


 朝陽の音色亭、というのはおそらく宿の名前だろう。


「ちなみにエレンたちが泊まる宿は?」

「朝陽の音色亭でございます」


 つまり自分の泊まる場所のそばに宿を取れ、と。


「確かにお伝えいたしました。それでは失礼いたします」


 と、初老の執事は去っていった。


「シグ、執事君は何だって?」

「エレンからの伝言だ。自分たちの泊まる場所のそばで宿を取れ、だとよ」

「? 遊びに来るのかな?」

「知るか。つーか普通に嫌なんだが」


 エレンが泊まる場所とはつまりギルシュたちもいると考えて間違いない。シグはまったく近寄りたくない。


「まあ、ぼくはシグについていくよ。大丈夫、もしギルシュが何かしてきてもぼくがやっつけてあげるからね!」


 クゥがそんな宣言をするのと同時、飛行船が完全に停止した。


『当船は、ただいま浮遊島に到着いたしました。お降りの際にはお忘れ物のないよう――』


 客室隅のマナ鉱石から船員の言葉が聞こえてくる。

 港に着いたのだ。



× × ×



 船着き場に着いて最初に降りたのはシグとクゥの二人だった。


 何しろ同じ船に貴族学院の生徒たちが乗っているのだ。うっかり鉢合わせたら最悪なので、シグたちは出口に一番に並んだ。


 クゥが「んーっ」と伸びをしてから、周囲を見渡して言った。


「案外普通の港と変わらないんだね」

「船と港が空飛んでることを除けばな」


 浮遊島の地面は、ガレイン号と同じく、空中に浮かんでいるわりに地上とあまり変わらない。

 高所は空気が薄い・寒いというがシグの体感では多少涼しい程度である。


 外観としても通常の港と基本的には同じだ。


 やや離れた場所には革張りの大きなテントがあり、番兵たちの管理のもとで船員たちが積み荷を運び込んでいる。

 浮遊島は空路で食料などの物資を運び込んでいるのだろう。


 輸送のためにいちいち飛行船を飛ばすのには手間と金がさぞかかるだろうが、実際にそれをやっているあたり、浮遊島がどれだけ国にとって重要な存在なのかがうかがえる。


「シグ見てすごい! ここ、下に空が見えるよ!」


 船着き場の端で足元を覗き込みながらクゥがそんなことを言う。


「絶景に浸るのは後でもできるだろ。さっさと『街』に行くぞ」

「わかった!」


 シグが言うと、クゥは軽やかな足取りで追ってくる。


「……えらく上機嫌だな」

「何だかここ、すごく気に入っちゃって。景色も風も匂いも全部!」


 鼻唄まで歌いそうな雰囲気でそう口にするクゥ。

 空の大精霊だけあって、高所に浮かぶこの魔境はクゥの琴線に強烈に触れているらしい。

 それを見てシグはふと、胸にわだかまっていた沈んだ気分が晴れていくのを感じた。


(狙ってやってるわけじゃねえだろうが……)


 ともあれ、せっかく空の上まで来たのだ。いつまでも落ち込んでいてはもったいない。


 シグは気分を切り替え、先行するクゥのあとを追った。






 港から街に行くまでの道のりの横には畑や果樹園、家畜小屋などがあった。


「こんなところで農作業をしているんだね」

「陸路がねえから、いくらか生産しねえと街を維持できねえんだろ」


 浮遊島への物資の輸送手段は飛行船のみ。

 税金をつぎ込んで国が大量に飛ばしているが、それだけで街ひとつを支えるのは難しいのだろう。


「日照はともかく水はどうしてるのかな? 雲の上じゃあ雨も降らないよね」

「精霊術と……あとはなんか水源があるらしい。そこから水を引いてるんだと」

「水源? こんなところに?」

「ああ。まあ、湧いてるのは街の外らしいが」


 つまりは魔物の出るエリアである。


 そもそも魔境というのは『魔物化した地形』のことで、魔境となってからも元の地形の特徴を引き継ぐ特性がある。


 山の魔境なら斜面のある立体的な地形になるし、湖の魔境なら水棲系の魔物が潜む湖となる。

 迷宮が『洞窟』という形状を保っていたのもそのためだ。


 浮遊島に水源があるのもその理由だろう。もともと泉なり川なりがある場所が魔境化したためにそれが残存している、というわけだ。


「ちなみに水の中には魔物も出る。さすがに用水路には頑丈な柵を作って魔物が入ってこねえようにしてるが、たまにぶっ壊されて街に侵入されることもあるらしい」

「ぶ、物騒だね……さすが魔境だ」


 浮遊島は全体が魔境だ。開拓してある場所でも油断はできない。

 そんなことを話していると――シグは視界の端に何か見つけた。


「……何だありゃ」


 手押しの荷車だ。近くに人はいないが、目を引くのはその積載量である。

 クゥが二人は詰め込めそうな樽が五つ。さらに箱状のカゴに積まれた果物の山。

 とても一人で引くようなものには見えない。


「おお、すごい積み荷の量だね」


 クゥが驚き半分感心半分の声で言った。


「馬もいないようだけど……あんなの誰が引くんだろう」

「さあな。屈強なおっさんとかじゃねえか?」

「もしくは荷運び用の魔導具とか」


 そんな感じで予想を適当に口にしていると、果樹園の木々の奥から荷車の持ち主らしき人影が現れた。

 たった今収穫してきたらしい果物入りのカゴを荷車に追加したのは――


『よいせ、っと』


 老婆だった。

 どう見ても七十はとうに超えている感じの。


「「…………、」」


 コメントに窮するシグとクゥの二人。

 そのまま老婆は過剰積載の荷車の持ち手を握りしめる。まさかそれを運ぶつもりか。


「……貴族学院の連中に追いつかれたくねえからさっさと街に行きてえんだ俺は」

「わかる。よくわかるよシグ」


 そんな会話をする二人の視線の先で、老婆が亀すら同情しそうな速度で荷車を引き始める。


 荷車を動かせているのはおそらく身体強化を使っているからだろう。

 数М動かして、ふう、と一息。また数М動かして休憩。


「…………はー」


 シグは溜め息を吐いて隣のクゥに尋ねた。


「お前、あれ半分持つ気あるか」

「全部だって運ぼうじゃないか。ところで、シグってやっぱり優しいよね」

「あれ放置したら寝覚め悪すぎるだろうが……」


 二人は荷車を押す老婆のもとに足を向けた。

 お読みいただきありがとうございます。

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