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迷宮離脱(第三層)


 次に目を開けたとき、シグの目の前には少女がいた。


「やあ、シグ。目が覚めたかい?」


 にっこり笑ってそんなことを言ってくる。


 常識外れに長い白髪の少女だ。体つきは華奢で、印象としては十三、四歳くらい。

 顔立ちは冗談のように整っている。深い空色の瞳が妙に印象的だった。


 そこまではいいだろう。


 だが問題が二つある。

 一つはシグはこの少女に見覚えがないこと。

 迷宮にいるということは冒険者だろうが、こんなに目立つ外見の冒険者がいればシグだって知っているはずだ。

 にも関わらずシグはこの少女を知らない。


 もう一つ。



 白髪の少女は、何も着ていなかった。



「…………は?」


 あまりの事態に思考が止まる。


 肌は白く、未成熟ながらささやかな膨らみを主張する胸元は隠すことなくさらされていて、長い白髪がなければ大変なことになっていただろう。


 シグは思わず周囲を見た。

 やはり意識を失う前に飛び込んだ迷宮の小部屋だ。

 小部屋の入り口付近には『魔物除けの匂い箱』が今も緑色のガスを吐き出しており、その向こうには大量の魔物が見える。


 どうやら精霊を進化させようとしたところ、シグは気絶したらしい。


 なぜだ。

 そしてこの目の前の全裸の少女は何者なんだ。

 というかなぜ服を着ていないんだ。


 白髪の少女は座り込むシグに乗っかるようにして頬や胸をぺたぺた触りながら、


「シグ、体は大丈夫かい? 痛みは引いた? さっきあらかた余剰マナは吸い出したから問題ないはずだけど……」

「ちょっ、離れろ何だてめえ!」


 シグが思わず押しのけると白髪の少女は、わあああ、と情けない悲鳴を上げてシグの体から転げ落ちた。


「ひ、ひどいなあ。ほんとにひどい。ぼくはシグを心配してるのに」

「うるせえ。お前みたいな得体の知れない女に心配される筋合いはねえぞ」

「得体のしれない女? ぼくが?」

「おい、なんだその不思議そうなツラは」


 当然の質問をしたはずなのに首を傾げられ、逆にシグが困惑してしまう。

 白髪の少女は心から不思議そうにしている。


「いや、まさか今更そんなことを言われると思わなかったから。十五年も一緒にいたのに」

「あん?」

「まさか記憶が飛んでる……? いや、仕方がないかもしれないね。何しろきみは『ぼく』を受け入れることができず破裂する寸前までいったんだから」

「さっきから何言ってんだてめーは。つーか質問の答えはどうした」


 白髪の少女はあっさりと言った。


「だから、クゥだよ。ぼくはクゥだ」

「……………………、は?」


 シグは、白髪の少女が告げた答えに目を瞬かせた。

 クゥ。クゥと言ったか。その名前は――


「そう、きみの契約精霊だよ。『無能精霊』と蔑まれたきみの半身だ。つむじ風ひとつ起こせない、精霊のなりそこない。まあついさっきその不名誉は返上できたみたいだけど」


 絶句。シグは唖然として、言葉を返すのに三秒かかった。


「いや……待て。待て、何言ってんだ。お前がクゥ? そんなわけねえだろ」


 何しろ、クゥは精霊だ。

 そして精霊は喋れない。ものに触れられない。それにシグの知るクゥは白い蛇の姿をしていた。それがこの美少女の正体? とても信じられない。


「嘘じゃないよ。ぼくはついさっき進化した。それでこの姿になったんだ」

「馬鹿言えよ。お前、冒険者だろ。俺をからかってんのか?」

「まさか、どうやって冒険者がここに来るのさ。入り口があんなことになってるのに」


 小部屋の入り口にはシグが引き連れてきた魔物たちが群れをなしている。


 確かにあれを単身で、傷一つ負わず、武器どころか素っ裸で突破できる冒険者などそうはいない。というかそもそもこんな格好で迷宮に潜るやつはいない。


「だからってなあ……」


 シグはまだ疑っている。

 目の前の少女はシグの知る『精霊』という存在とは違いすぎる。

 そももそ人型の精霊など聞いたこともない。


「いちおう名残はあると思うんだけど。この目の色とか、髪の色とか」


 少女の瞳の色はクゥと同じく深い空色だし、立てばくるぶしまでありそうな長い髪もクゥの胴を思わせる白色だ。

 シグの知るクゥを擬人化したらこんな感じになるだろう。


 というか、実はシグは彼女からクゥと似た気配を感じてはいるのだが――


(……なんか違うんだよなあ。クゥっぼいんだけどクゥじゃねえ。まるでクゥに変なもんが混じってるみてえな感じがする)


 結果、白髪の少女のことを完全には信用できない。


 まあいいか、とシグは思った。重要なのはこの状況をどうにかできるかどうかだ。

 問いただすのは後でいい。


「……時間もねえし、ひとまず信じる。で、あの魔物どもをどうするかだが」

「心配いらない。ぼくがいる以上、シグには指一本触れさせないとも」


 立ち上がり、腰に手を当てて薄い胸を張る白髪の少女。


「…………、」

「? どうしたんだい、シグ」


 言いよどんだシグに対して首を傾げる白髪の少女――自称クゥ。

 さっきから無防備に振る舞う彼女から視線を逸らしつつ、シグは言った。


「……何でそんな堂々としてんだお前は……」


 服を着ていないならまだしも、隠そうとすらしないのでさっきからクゥの胸も、へそも、脚の付け根まで丸見えだ。いや、常識外れに長い髪のせいで致命的な見え方はしていないのだが、それがかえってシグを落ち着かない気持ちにさせる。


 そのあからさまな仕草に、白髪の少女は手をぽんと叩いた。


「そっか。シグは照れているんだね」

「黙れ」

「いやあ、今までシグの前でからだを隠したことなんてないから失念していた。けれどシグも紳士だね。興味があるなら好きなだけ見てくれれば――わっぷ」

「いいからそれ着てろ露出狂」


 コートを脱いで投げつけるシグ。クゥはやや不満そうだったが、大人しくそれを着た。


 着た結果、途半端に体を隠したことでノーガードの太ももなんかが余計に目を引くわけだが、シグは意志の力でそこからは目を逸らす。


「……やっぱりお前、クゥじゃねえだろ」

「どうしてそんなひどいことを言うのかなあ」

「クゥはお前みてえに面倒な性格してなかった。もっと大人しいやつだったぜ」


 蛇だった頃のクゥを思い出しながら言うシグに、


「――それは違う。きみのことが好きで好きで仕方ない気持ちは、ぼくがきみの知るクゥだったときから変わっていないよ」


 クゥは語気を強めて、はっきりとそう言った。


「お、おう」


 あまりにまっすぐな好意に、シグは意表を突かれて目を瞬かせてしまう。


『『『――――ォオオオオオオオオオオオオオッ!!』』』


 その時、魔物たちの雄叫びと足音が連続した。

 魔物除けの効果が切れたのだ。

 ぬうっ、と小部屋に魔物たちが侵入してくる。人形(パペット)種、骸骨(スケルトン)種、ゴーレム種――目算三十体近く。


(くそ、時間切れか)


 シグは頬を引きつらせる。あの魔物たちの奥にはさらに魔物がいるのだろう。突破は間違いなく不可能だ。


 そんな絶望的な状況の中。


「ふふふ、ふふふふふ」

「なんでこの状況で笑ってんだてめーは……」

「いやあ、これが愉快でなくて何なのかと。ようやく、ようやくだ。僕はやっときみの役に立てる」


 なぜかシグの隣でクゥが笑っている。嬉しそうに。まるで冤罪で閉じ込められていた牢屋からようやく出られたような声で――


「まあ、ただのマナの塊に過ぎないぼくには精霊術は使えないんだけどね! だから代わりにシグ、きみにやってもらおう。大丈夫、術を使うぼくの本体はきみの体にしっかり宿っているからね!」

「要領を得ねえな! それよりやべえぞ、魔物がもう来てる!」

「問題ないさ。復唱だ、シグ。一言一句間違えないでくれよ」


 クゥは端的に、その引き金をシグに伝えた。



「――【<(クル)>突風(ガスタ)】!」





「――【<(クル)>突風(ガスタ)】」


 シグがそう告げた瞬間、体から『何か』がごっそり抜けた。

 それと引き替えに精霊術が発動する。

 掲げたシグの手のひらが緑色の光を放ち、直後、突風が吹き荒れる。


 今にもシグたちに襲い掛かろうとしていた魔物たちが跳ね飛ばされ、天井や壁に叩きつけられ、マナの塊になって霧散した。


「………………は?」


 ひく、とシグの口元が引きつる。

 凄まじい出力だ。上級精霊に匹敵するだろう。


『『『…………!?』』』


 心なしか魔物たちも怯んでいるような気がする。


「おい、何だこの馬鹿げた精霊術は……」

「まったくだ。てんで威力が出ていない」

「ああその通り――じゃねえ! 逆だろ!? 強過ぎだろこれは!」


 シグが叫ぶと、クゥは何を言ってるんだとばかりに目を瞬かせた。


「これが? どこがだい、こんなのたかだか上級精霊程度の威力じゃないか。いまのぼくからすれば加減に加減に加減を重ねたようなものだよ。……まあ、現状じゃ仕方ないのかなあ」


 こいつ何言ってんだ、とシグは思った。

 いまの一撃で二十体近い魔物が消し飛んだというのに、この程度? 意味がわからない。


 だが、魔物はまだ打ち止めではない。問いただすのは後だ。


 仲間がやられてもめげずに襲ってくる魔物たちに向かって再度唱える。


「【<(クル)>突風(ガスタ)】!」


 何も起こらない。


「【<(クル)>突風(ガスタ)】! 【<(クル)>突風(ガスタ)】! ――おい何も出ねぇぞ!?」

「あ、マナが切れたんだね」

「あん?」

「精霊術はマナを使って使うものだから。あの程度の術でも、今のきみのマナ容量では二度は使えないようだ」


 何とことないように言うクゥに、シグは唖然と口を開けた。


「打ち止めってことか……? まだ魔物はいやがるってのに!」

「慌てない慌てない。なくなったなら足せばいいんだよ。ほら、手を貸して」


 あくまで平然としているクゥに言われるがまま手を差し出すと、クゥがその手を両手で包み込んだ。まるで祈るようにクゥが目を閉じた瞬間、触れ合った部分が淡く光る。


 すると、すぐにシグの中に『何か』が入ってくる感覚があった。


「これで完了だ。これでまた術が使えるようになったはずだよ」

「……あとでまとめて説明してもらうからな」

「もちろん。ところでシグ、魔物が来るよ」

「ああくそ、――【<(クル)>突風(ガスタ)】!」

『『『ギャアアアアアアアアアッ!?』』』


 再び吹き荒れる突風。

 蹴散らされる魔物たち。

 それをあと二回繰り返して、戦闘は終わった。


(戦闘っつーか、もう虐殺だなこれ)


 シグは遠い目でそんなことを考えていた。



(現在地 → 『迷宮』第三層)

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