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飛行船②


 飛行船、という乗り物がある。


 その名の通り水上ではなく空を飛んで移動する船のことだ。


 見た目は単なる木造船と変わらないのだが、船底に浮力を生み出すマナ鉱石を大量に積んでいる。さらに『風よけ』の精霊術を船員が絶えず張っているため揺れもほとんどない。


 仕組みが違うため本来は風を受けるはずの帆も、飛行船では単なる他船との連絡板である。複数の図形や色で信号を送り、空中での接触を防ぐらしい。



 シグたちは現在、一級飛行船『ガレイン号』で移動中だ。



 シグたちが飛行船の乗り場がある町にやってきたのは、迷宮都市を出発して二週間後。


 ベリーから買ったチケットで乗れたのは確かに高級船だった。

 何しろ客の全員が個室だ。しかも船員は王宮の使用人ばりに丁寧である。


 個室に乗り込んだシグたちはルームサービスで食事をしたり(無料だった)、遠ざかっていく地上を見ながら時間を過ごす。


 そうこうしているうちに、飛行船は雲の中に突入した。


 浮遊島に行くには必ず雲の中を突っ切っていかなくてはならない。もちろん船は特殊なマナ植物の材木から作られているため落雷にも耐えるが――その少し前、船員から乗客は釘を刺されていた。


 一、危ないから甲板に出るのは禁止。

 二、窓を開けるのも禁止。


 しかし雲を抜けた以上はその制限も解除されている。


 クゥに半ば引きずられるようにして甲板へと向かったシグは、甲板に通じる扉の前で船員に呼び止められた。


「お客様、甲板に出られますか?」

「ああ。何かまずいのか?」

「いえ、甲板に出られるお客様に二点、注意事項がございまして――」


 船員が語ったのは以下のようなことだ。


 いわく、『船のへりから身を乗り出さない』、『魔物が出た際には船員の指示に従い速やかに避難を』。


 シグの隣でクゥが目を瞬かせた。


「こんな高度に魔物が出るのかい?」

「そうですね、航空十回に一度ほどございます。浮遊島も近いですから。もちろん万全の警戒態勢も敷いておりますが、どうかご了承ください」


 シグは剣を持ってきているし、クゥはそもそも全身が凶器だ。

 巨大ゴーレムクラスの敵でなければ問題なく蹴散らせるだろう。


 二人がそれぞれ頷くと、船員は「ご協力ありがとうございます」と腰を折った。





 甲板に出ると、真っ青な空が視界いっぱいに広がっていた。


「おお……! すごい、雲があんなに下にある!」


 甲板のへりから景色を眺めるクゥがはしゃいだ声を上げる。


 かなり高度はあるはずだが、風よけの精霊術によって甲板の環境は地上と大差ない。雲の中を突っ切ったはずなのに濡れてもいない。


 たまにやってくるという魔物対策なのか、何人かの屈強な船員があちこちに立っている。


 客はシグたちだけだ。どうやら一番乗りらしかった。


「……ん? おお、おおおっ。シグ、こっちに来てほしい!」


 そう言ってクゥが船の舳先のほうへと駆けていく。

 ほぼ甲板の最先端から前方を見る。するとその先にはこの船の目的地が見えた。


 雲の上に浮かぶあれこそが――


「あれが『浮遊島』かな?」


 だろうな、とシグは相槌を打つ。


 六大魔境の一つ、浮遊島。その所在はウィスティリア王国南端『碧葉海』のはるか上空。


 雲の上を漂っているように見えて、実際にはほぼ一定の位置から動かない。重力に逆らって浮かび続ける理由は解明されていないが、浮力を生み出すマナ鉱石を作る機構があるという説が有力らしい。


 ガレイン号の終着点にして、シグたちの今回の目的地だ。


「いやあ、こうして見ると圧巻だねえ。こんな高度に大地が浮かんで、山や森や街まであるなんて」


 目の上に日よけの手をかざしつつ、クゥがそんなことを言う。


「あん? お前見えるのかよ、この距離で」

「まあね。ほら、ぼくの体はマナでできてるからそのくらいの性能は――むぐう」


 ぱん、と真顔でシグはクゥの口を塞いだ。


 近くで警戒役の船員が目を瞬かせている。

 人目がある場所でクゥが普通の人間でないことがバレるわけにはいかない。シグが睨むと、クゥは慌ててこくこく頷いた。


「ったくお前は……」

「ごめんごめん。あんまりいい景色だから、ちょっと舞い上がってたよ」


 苦笑するクゥに、シグは呆れたように鼻を鳴らす。



 たたたた、と軽快な足音が聞こえた。



「あん?」

「え?」


 シグとクゥが振り返ったのとほぼ同時に。



 甲板を走って接近してきた何者かが、いきなりシグ目がけて剣を振り下ろした。



「――うおっ!」


 シグは咄嗟に後方に跳んで襲撃者の剣を回避する。

 着地したのは甲板のへり。

 うっかりバランスを崩せば大空に放り出される位置だが、シグの意識はそれよりも襲撃者に注がれている。


「何だ、てめーは」


 異様ないで立ちの人物だった。

 体つきは細身だ。外套を羽織っているが、服の上からでも女だとわかる。

 長い金髪を頭の後ろでくくって流しており、もっとも目につくのは顔を覆う白い仮面。


「――」


 仮面の剣士は無言で細剣(レイピア)を構え、シグ目がけて突っ込んでくる。横薙ぎに繰り出された細剣をシグは再びの跳躍で甲板に戻りつつやり過ごす。


(……速えーな)


 身体強化を使わなければ今のはかわせなかった。


「おい、誰か知らねえがここは暴力禁止だぞ」

「――、」

「聞く耳持たねえって感じだな……」


 シグの言葉を無視してさらに剣を振るってくる仮面の剣士に、シグは仕方なく抜剣した。


 途端に仮面の剣士の剣筋に鋭さが増す。とにかく速く、一撃が重い。


 加減する余裕はなかった。シグも身体強化を用いて応戦する。


 仮面のせいで確かめることはできないが、襲撃者の女はにやりと笑うように息を漏らした。細剣とシグの長剣が交差したのが契機。


 ガガガガガガカッ! と高速の火花が連続した。


「な、何をしているんですか! ここでの戦闘行為は禁止されて――ひいっ!?」


 船員が止めようと声をかけるが、危うく仮面の剣士の斬撃に巻き込まれかけて慌てて飛びのいていた。

 つばぜり合いをしながら、シグはふと首を傾げた。


「お前、どっかで会ったか? 技に見覚えがあるぞ」


 答えは期待してしなかったが、意外なことに返事があった。


「……まだ思い出せないわけ?」

「あん?」

「ムっカついた。思い出すまでボコボコにしてやる」


 しかもなぜか怒っている。


 つーかあいつそろそろキレるんじゃねえか、とシグがちらりと横を見ると、視線の先ではクゥが何やらぶつぶつ呟いていた。


『あの仮面君、もしかして……』


 シグには何を呟いているのかは聞き取れない。


 しかしどうやらクゥに介入の意志はなさそうだ。シグがいきなり襲われて怒り心頭→力任せに殴りかかって甲板を破壊、という悪夢が実現しなさそうでシグとしては安心である。


「フー……」


 剣と剣を弾いてやや距離を取り、仮面の剣士が息を吐く。

 次には、仮面の剣士がシグの目の前にいた。

 するりと滑り込むような肉薄。


「――ッ!?」


 シグが目を見張る。


 『伸足(のびあし)』。

 相手の意識の隙を突いて接近する技術だ。受け手は相手の一歩が極端に伸びて見えることからそう呼ばれる。


 そして――それはシグが好んで使う技でもある。


 仮面の剣士はそれを用いて五Мの間合いを一気に詰めてきた。


(……やべえ)


 技に気を取られて回避が遅れた。


 まさかこんな場所で殺されはしないだろうが、吹き飛ばされれば甲板の下は千K(キルク)単位の上空である。墜落して死ぬ。


 避けられないなら防ぐしかない。シグは身体強化を全開にして迎撃を行う。



× × ×



 甲板での戦闘を、物陰から見ている人影があった。


「……あれが本当に追放王子か?」


 視線の主は、仮面の剣士と切り結ぶシグの姿に疑問を抱く。


 彼の知る追放王子は剣を振れても身体強化は使えないはずだった。

 それがどうだ。仮面の剣士との高速戦闘にも当然のように対応している。

 魔物対策として配備された腕利きの船員でさえ、二人の斬り合いに介入することができない。


 何があった。

 追放王子の身に何が起こった。


(まさか……精霊が進化した?)


 何にしても、少し興味が湧いた。

 この短期間で追放王子の身に何が起こったのか。


 『あの女』の指示に従うのも癪だが、いいだろう。確かめてやる。

 マナを操り精霊術を発動させる。


 数秒後――、船のへりを飛び越えて、甲板に巨大な影が躍り出る。



× × ×



「シグ、後ろ!」


 クゥが鋭く叫んだ。


 ごう、と音がする。慌てて屈むと、シグと、同じように姿勢を低くしている仮面の剣士の頭上を何かが通過した。


『グルルッ……』


 視線を上げると、そこにいたのは飛竜だった。

 薄青い鱗に全身を覆われ、広げた翼の端から端まではおよそ十Мほどもある。

 小さな正六角形を敷き詰めたような翼膜が特徴的だった。


 飛竜は甲板の上にとどまり、なぜかシグを睨んでいる。


「『ハイドワイバーン』です! 乗客のみなさま、避難を!」


 船員が声を張り上げ、甲板の上にいた他の乗客たちが慌てて船内へと避難していく。


「あなた方も早く中へ! あれは危険度(ランク)Cの魔物です! たいへん危険なのでどうか避難してください!」


 シグたちにもそう言ってきた船員だったが。


「……っざいわね」


 仮面の剣士の異変に気付いてぎょっとした。


「あの、お客様……? 避難を……」

「羽トカゲごときがあたしの邪魔をしただけじゃなく、しかも頭の上を通ったわ。あたしの、頭の、上を通ったわ。薄汚い風があたしの美しくて麗しくて繊細な髪を崩した」


 このあたりでシグの顔から表情が抜け落ちた。


(…………こいつまさか)


 仮面の剣士の周囲から、ぱち、ばち、と異音が響き始めた。


 音源の正体は仮面の剣士が発する青色の火花だ。

 通常マナが精霊術以外で物理現象を起こすことは滅多にない。淡いマナの光くらいがせいぜいだ。よほど高密度のマナを駄々洩れにしたりしない限り。


『……ぐるぅ』


 飛竜が怯んでいる。


 だが飛竜は逃げることなく、高く鳴いた。すると飛竜の体が少しずつ薄れ、数秒で完全に見えなくなる。


「ああなるほど、だから潜伏(ハイド)ワイバーンなんだね」


 と、これはシグのそばにやってきたクゥの台詞。


 飛竜がどこかに移動したわけではないだろう。気配はまだ近くにある。

 おそらくあの飛竜は『姿を消す』という能力を持っているのだ。

 なかなか便利だ。飛行能力と合わせれば、相手から攻撃を受けることなく狩りができるだろう。

 普通なら。


「お願いですから船内に戻ってください! お客様を傷つけたとあっては我々が処罰を受けてしまうことに――」

「あー、やめとけ。大丈夫だ」


 悲壮な顔で呼びかけ続ける船員に、シグはそう告げた。


 仮面の剣士がひときわ大きな火花を散らす。


 ばちっ、と音を立てて髪をくくっていたリボンが切れた。

 ついでに仮面も外れて足元に転がる。


 仮面の剣士の素顔は、美しい少女のものだった。肌は白く、つり気味の大きな瞳は鮮やかな緑。髪をくくっていた瀟洒な紐もマナの余波で千切れ、ボリュームのある長い金髪がふわりと浮かぶ。


「『【第一施錠(エアルク)】の戒めを解きて我が力の一端を返還せよ』」


 少女が片手を天にかざしそう告げると、少女の手首に嵌まる腕輪が強く輝いた。三つついた紅玉の一つがその力を失ったかのように黒く変色する。


 途端に少女の放つマナの光が濃度を増す。


「こそこそしてんじゃないわよ鬱陶しいわね! あたしの時間を奪った罪は重いわよ! 王国に七人しかいない『特級』精霊使いの力――その身でしかと思い知るがいいわ!」


 溜めに溜めた一撃を解放する。



「【インテンス・ライトニング】――――ッ!」



 莫大な閃光。

 膨張したそれが、甲板の上部を真っ白に染め上げた。


 轟音とともに船のマストがみしみしと軋む。シグが咄嗟に頭を掴んで下げさせなければ、船員の首から上も黒焦げになっていたかもしれない。


『――――!?』


 上空からは無声の絶叫が聞こえた気がした。


 あとには何も残らなかった。


 空中に潜伏していた飛竜は、潜伏したまま消し飛ばされたらしい。少女のブレスレットに経験値が吸い込まれていくのが見えた。


 船員はシグに頭を押さえられたまま唖然としている。

 クゥは耳がやられたのか小さく頭を振っている。


 シグは立ち上がり、腰に手を当ててふんぞり返っている少女に呆れた声をかけた。


「……お前、エイレンシアだな」

「思い出すのが遅い!」


 金髪の少女――エイレンシア・スタグフォードは噛みつくように言った。

 お読みいただきありがとうございます。

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