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迷宮攻略(第十層②)


 ひとまず先客の冒険者たちが戦っている間は何もできない。


 よって、シグとクゥはしばらく戦闘を眺めることにした。


「冒険者はざっと三十人ってとこか」

「人数は多いけど……押されてるよ。『中型』のほうもそこそこ強いんだね」


 冒険者たちの布陣は、まず中型ゴーレム一体につき二人を割り当て、その隙に残った十人が巨大(グランド)ゴーレムを攻略するというものだった。


 しかしすでに巨大ゴーレムに挑んでいた人間は半分がリタイアしている。


「いちおう上級精霊使いが二人いるらしいんだけどねえ」


 と、これは隣に居座っている黒づくめの女の言葉。


「……何でそんなこと知ってんだよ」

「傭兵が戦力は足りてるか? って聞いたら怒りながらそう言ってたわあ」

「傭兵?」

「あっちの怖い顔した人たちのこと」


 黒づくめの女が示した先には、屈強な男たちが五人、真剣そうな顔で戦況を眺めている。


 黒づくめの女が言うには、彼らは金を受け取って守護者戦を『一時的に』手伝う傭兵とのこと。例によって法外な値段を要求されるため、今戦っている冒険者たちは利用しなかったらしいが。


「ちなみに彼ら、赤いマナ鉱石を握っているでしょう。あれはもしもしの時の救難信号を受け取るためのものよお。あれが鳴ったら、感知範囲に入って冒険者たちの撤退を手伝うの」


 要するに保険ねえ、と黒づくめの女は言った。


「はー……いろんなことを考えるものだねえ」


 感心したように頷くクゥ。

 一方シグは黒づくめの女を不審そうに見ている。


「……妙に親切に教えてくれるじゃねえか」


「やーねえ、話し相手がいなくて暇なだけよお。ほらほら、聞きたいことがあるなら言ってごらんなさい? 今なら何でも教えちゃうわよお」


 胡散臭い笑顔だった。シグは適当に尋ねる。


「じゃあ、その妙な恰好の理由を教えてくれ」

「魔女の家系だから魔女の恰好をしてるだけよお?」


 魔女。

 それは、かつて人間が『精霊と共存する前』に存在したものだ。


 基本的には不気味な薬草やら動物の骨やらを混ぜ込んだ怪しい薬を作っては売り歩く詐欺師のたぐいとされている。


 当時は信じる者もいたらしいが、精霊との共存が始まってからは本物の奇跡が当たり前に起こるようになり、だんだん迫害されるようになったとか。 


「そういうキャラ付けってことか」

「……まあ、それも否定しないけどお」


 何か言いたげに口をとがらせる自称魔女。


 それから、ふと思いついたように尋ねてきた。


「そういえば、誰も降りてこないけどお……あなたたち、もしかして二人だけ?」

「ああ」

「二人で守護者に挑むのお?」

「ふふふ、ぼくたちは二人で百人分だからね!」


 よくわからない数字を出して誇らしげにするクゥ。


 シグは見逃さなかった。それを聞いた黒づくめの女が目をきらりと輝かせたことを。


「そうなの、すごいわねえ。ところでこんなところに魔女特製の骨折もたちどころに治す『レベル二ポーション』があるんだけどお」


「買わねえぞ」


「あげちゃうわあ」


「どうせろくでもねえ条件があるんだろ」


「……疑り深いわねえ。まあ、あるんだけど」


 あるのかよ、とシグは呆れ顔になる。


「何が望みなんだよ、お前」


「そうねえ。あなたたちの荷物、かしらあ」


「あん?」


「白髪のお嬢ちゃんが持ってる大きなバックパック、まさかそのまま背負って戦いに行くわけじゃないでしょう? それでその荷物なんだけど、あなたたちが死んじゃった場合、その場にいた人間で山分けっていう不文律なのよねえ」


 黒づくめの女は甘えるように笑って、


「そうなったら、それ、私にちょうだい♡」


「強欲にもほどがあんぞくそ魔女」


「だからあ、前金として回復薬をあげるってば。あなたたちが死ななくても、それはタダであげる。けどお、あなたたちが死んだら、あなたたちの持ち物は全部私のもの。お互いに悪い話じゃないでしょお?」


 シグは鼻で笑った。

 死んだら荷物はもらう。前金も払う。つまり――


「俺たちが死ぬって思ってやがるな」

「まあねえ。だって、二人でしょお? 誰に訊いたってそう答えるわあ」

「別に構わねえが、条件がある」

「何かしらあ」

「前金はさっきの野郎を治した回復薬だ。確かレベル三っつってたよな?」

「……耳ざといわねえ」


 苦笑しながら、黒づくめの女は懐から回復薬入りの瓶を取り出した。


 先ほど重症だった男を一瞬で完治させたのと同じものだ。


「レベル三は部位欠損まで治せる高級品だけどお……まあ、その剣が手に入るなら割に合うかしらあ」


 さっきの男には五百万ユールで売りつけた逸品。


 シグはそれを受け取り――


「俺たちは二人だぞ。もう一本寄越せ」

「あ、あのねえ! それ一本で二人ぶんにはじゅうぶんよお!?」

「あ? 使えねえな。どうせ余分に持ってんだろうが」


 舌打ちをするシグに、黒づくめの女は呆れた声を出した。


「あなた、私よりよっぽど強欲じゃないのお。……ねえねえ、あなた冒険者やめて一緒に商人やらないかしらあ? 向いてる気がするのよねえ。借金の取り立て役」


「誉め言葉かよそれ……」


 何やら気に入られたらしい。


 勧誘してくる黒づくめの女に、シグは嫌そうな顔をした。


 むっ、とクゥが警戒するようにシグの腕を引く。


「駄目だよ魔女君! シグはぼくといっしょに冒険者をやるんだから!」

「あらあ、こんな可愛い子に好かれるなんて隅におけないわねえシグ?」

「うるせえ勝手に名前を呼ぶんじゃねえ」

「ちなみに私の名前はベリーよ。よろしくねえ」

「ベリー君か。ぼくはクゥだ。よろしくするけど、シグを騙そうとするのは厳禁だからね!」

「怒られちゃったわあ」


 悪びれた様子もなく言う黒づくめの女改めベリー。


 などと話していた三人だったが。



「――うおおおおおおおおおっ!」



「あん?」


 前方から砲声が上がり、シグはそちら視線を向けた。

 見れば、冒険者パーティーと巨大ゴーレムの戦いが佳境を迎えている。


「【上位風刃(アークウインド)】!」


 巨大ゴーレムと戦っていた五人のうち、一人が精霊術を放つ。


 無数の風の刃だ。手数の多さを見る限り、あれが二人いるという上級精霊使いの一人だろう。風の刃の一つ一つが凄まじい威力を持っているのが遠目にもわかる。


 だが、倒せない。


『――――ォオ』


 巨大ゴーレムの表面にいくつもの傷が走ったくらいだ。決定打には程遠い。


 術を放った上級精霊使いが、気圧されたように後退する。


 それを見て、シグは呆れたように呟く。


「……風属性の精霊術は地属性の魔物に通りがいいんじゃなかったか?」

「だからヒビ入ったじゃなあい。グランドゴーレムって『硬さ』で有名なのよお?」

「硬てえってそんな次元かよ……」


 防御力が高いとは聞いていたが、相性の良い上級精霊の術をぶつけても倒せないというのは異常だ。戦闘中の冒険者たちには絶望的な光景だろう。


 そこからはあっという間だった。


 まず、渾身の精霊術が効かず呆然としていた術者が巨大ゴーレムに殴り飛ばされて戦闘不能。それを回復させるために一人が駆け寄り、その時点で巨大ゴーレムを相手取る人員が足りなくなった。


 巨大ゴーレムはあっという間に冒険者たち数人を叩きのめし、巨大ゴーレムとの戦線が完全に決壊。


 ついに冒険者たちの幹部格らしい男が『撤退! 撤退しろおおおっ!』と叫び、中型ゴーレムの相手をしていた人員も含め、彼らは全速力で巨大ゴーレムの感知範囲外に逃れようとする。


 それを巨大ゴーレムたちが地響きを立てて追走する。


 冒険者の一人が、懐に持っていた赤い石を掲げた。


 すると感知範囲の外、シグたちのそばにいた傭兵たちの手元でも同色の石が輝き始めた。


「たすっ、助けてくれええええええ!」

「「「――よし来たァ!」」」


 途端に傭兵たちは目を輝かせ、感知範囲の中に突っ込んでいく。


 彼らは見事な身のこなしでゴーレム軍団の猛追をかいくぐって逆走し、負傷した冒険者たちをも回収し始める。鮮やかな手並みだった。


 どうやらベリーが言っていた『保険』とはあの撤退支援のことらしい。


 数分後、シグたちの前方には、巨大ゴーレムの感知範囲外に逃れた冒険者たちが荒い息を吐いていた。


 救出された冒険者の多くが負傷している。


 負傷しているだけならいいが、それで済まなかった者もいた。


「二人、死んだみたいねえ」


 あっさりと。

 ベリーはそう口にした。


「へ、平然としてるねベリー君は……」


「よくあることだもの。守護者に挑むんだから、死んでも当然でしょお? ……さて、私も商売しに行こうかしらあ」


 と、ハイエナの笑みを浮かべて回復薬の瓶を取り出すベリー。

 ろくな死に方しねえなこいつ、とシグは呆れたように溜め息を吐く。


『―――――――、』


 前方では、巨大ゴーレムがずしんずしんと感知範囲の中央に戻っていくところだった。


 守護者が感知範囲の外に出ることはない。


 相手が感知範囲の外に逃げた場合、ああして中央に戻って彫像のように動きを止め、自己修復を始める。


 そして再び侵入者がやって来た時に再起動して迎撃を始めるのだ。


 それを眺めつつ、ベリーがシグたちに尋ねた。


「ところで、もう一度聞くけどお。……二人とも、ほんとにアレに挑むつもり?」


 魔物には危険度、というものが設定されている。


 迷宮では難敵として知られるストーンナイトは、危険度C。

 つまり『中級精霊使い複数人相当』というランク。


 対してグランドゴーレムは、『上級精霊使い複数人相当』――危険度Aに分類される。


 そんな相手にたった二人で挑む者がいるとすれば、身の程も知らない馬鹿か。


 もしくはギルドのサブマスターや特級精霊使いのような『選ばれた者』くらいだ。


 ちなみにベリーの知る限り多いのは圧倒的に前者。


 しかし――、


「俺たちは六大魔境を制覇する」

「……、それ、本気で言ってるのお?」

「もちろん。もっとも今日が初陣なんだけどね」


 『六大魔境の制覇』――いまだかつて誰も成し遂げたことのないという大言壮語を、二人は何の気負いもなく口にする。


 吐き捨てるようにシグが言った。


「いきなり負けてられるかよ。あんながらくた、五分で瓦礫の山に変えてやる」

 お読みいただきありがとうございます。


 次回はグランドゴーレム戦です。

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