●3●「聖法庁の二人の聖女」
●3●「聖法庁の二人の聖女」
聖法庁、と呼ばれる組織があった。
公式には存在しない秘密機関。なぜなら、その組織は存在しないハズの存在の駆逐を目的としていたからだ。
あってはならぬもの。存在を許されない怪物。すなわち――悪魔。聖法庁は、悪魔狩人の組織である。
そんな聖法庁の、とあるオフィス。ヨーロッパ某国の首都・都心。官公庁の地下に、その部屋はあった。
四方の壁には本棚が立てかけられ、無数の書物が敷き詰められている。そんな部屋の中央に、豪奢なデスクが一つだけあった。
デスクには一人の初老の男性が座り、その前に二人の少女が立っている。
少女の一人は、ツリ目に黒髪の東洋人の少女だった。黒いジャージに野性的な雰囲気を漂わせた、獣じみた少女である。
もう一人は、目を閉じた金髪の北欧人の少女である。紫のドレスにベールを纏った装いだった。黒の少女よりは少し年上で、落ち着いた雰囲気の少女だった。
黒の少女の名は黒咲・奏。金髪の少女の名は、クラリス・スターロードと言った。
「予知が見えたそうだね、クラリス」
「はい、局長」
局長と呼ばれたデスクの老人の言葉に、クラリスが頷く。
「昨晩の定期予知に、見えました。極東――日本、夏樹市。そこで"魔王戦争"が発生し、魔王が誕生する。その魔王はこれまでの魔王とは次元が違い、街どころか国を、世界さえ滅ぼす――そんなイメージでした」
「悪魔の王、"魔王"を生み出す儀式――"魔王戦争"。君が見たのなら確実だろう。世界さえ滅ぼす魔王が生まれるとは――」
"魔王戦争"。それは悪魔達の間でたびたび行われる儀式である。複数の悪魔が相争い、殺し合い、生き残った一匹の悪魔に強大な力が与えられ――"魔王"と呼ばれる存在に昇華する。そんな儀式だった。
通常、"魔王"と言えど都市一つを破壊する程度の――十分な脅威なのだが――存在である。しかし、予知能力者であるクラリスによると、此度の夏樹市で発生する魔王戦争で生まれる魔王は、都市を超え、国を、世界を滅ぼすのだという。前代未聞である。
「魔王戦争をぶっ壊せばいい。夏樹市の悪魔を皆殺しにしてな」
バシッと拳を叩きながら、黒の少女――奏が言う。局長はその言葉に頷く。
「その通りだ。そこで、聖法庁は夏樹市に君達二人の"聖女"を送ることにした。現地の悪魔狩人と協力して、夏樹市に存在する全ての悪魔を駆逐。魔王戦争を食い止めてくれ」
「分かった」
「謹んでお受けいたします」
局長の指令を、奏はぶっきらぼうに、クラリスは丁寧に受け取る。
"聖女"。それは神により奇跡の力を授かった少女のことである。奏とクラリスは、奇跡の力を宿した聖女と呼ばれる存在だった。
聖女だからこそ、悪魔を駆逐できるのである。
「ではこちらの書類に目を通しておいてくれ。現在夏樹市で活動している悪魔狩人の記録だ。君達の協力者となる」
「了解です。――陰陽師――極東の魔術師の様なものですね? 陰陽師のカグラ・アクネさん。それに――」
「半人半魔のセツナ・アクネ――だと?」
書類の上の銀髪の少年――阿久根・刹那の情報を見た途端、奏の表情が歪む。憤怒の相に。
「局長。どういうことだ。何で悪魔が悪魔狩人なんてやってやがる」
「半分悪魔、だ。――君の憤りは分かるがね。悪魔狩人はただでさえ数が少ない。使える駒は何だって使わなければいけないのが実情だ。例え半分とはいえ、倒すべき悪魔であってもね」
「――ちっ」
局長の言い訳に、奏は舌打ちで応える。局長の言葉が事実だからだ。悪魔狩人の数は少ない。この科学全盛のこの時代、悪魔に対抗できる魔術や奇跡の使い手の数は本当に少ない。だから、使える駒は何だって使わなければならないのだ。悪魔の血を引く、呪われた子供であっても。
「まぁまぁ。奏、貴女個人の気持ちは分かるけど――向こうでは仲良くしなければいけませんよ? それに、このセツナさんだって既に何体もの悪魔を討伐した実績を持っている悪魔狩人みたいですし、そう警戒する必要は無いと思います」
「どうだか」
宥めるクラリスの声に、しかし奏は不機嫌を隠そうともせずに返す。
「悪魔は悪魔だ。人間を殺す事しか頭に無いのが悪魔だ。例えどんな事情があろうと――最終的に殺すしかない」
そう言って、彼女は刹那の写真を睨みつける。そこには、黒金の外骨格に身を纏った人外――悪魔となった彼の姿があった。