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異世界サスペンス劇場  作者: 遊座
第一章 勇者殺害事件
3/5

異世界サスペンス劇場 第3話 昔話



 既に日は落ちているのに、並ぶ店からの明かりが通りを照らし、誘蛾灯のようにふらふらと動く酔っ払いどもを引き込んでいた。貸切られた酒場の真ん中のテーブルで三人は盃を傾け、料理が運ばれてくるのを待つ。店内はこの時間にもかかわらず明るかった。


「ここも昔はロウソクの明かりしかなかったのにね……」。


 天井を見上げて、黒い修道服の女性がしみじみと言う。


「これも戦利品みたいなもんだ。『魔法具』とそれを作成することのできる魔族の技術者を手に入れることで、人間もその恩恵にあずかることができた……。ま、そのせいで夜も明るくなって『盗賊』の仕事はやりにくくなったけどな」。


 まるで貴族のように上等な生地を使った黒い喪服を着た男が片頬を上げて、手にしたグラスの中味を(あお)った。冷えたエールだ。常温の方が香りが際立つが、ネードは冷えた方が好みだった。それもまた冷蔵の魔法具のおかげだ。


「なに他人事みたいに言ってるのよ。魔王討伐後に捕らえた魔族を働かせて魔法具を大量生産して『商人』と大儲けしているのは、あなたでしょ ? 」。


 複雑な顔で、お優しい『僧侶』、アンナはネードを見る。「魔族も自分達人間と同じく心がある存在。魔王によって無理やり戦わされていた」と主張して彼らの居住地を定期的に訪問しては炊き出しやら、体調のすぐれない者に回復魔法をかける活動をしている彼女にとって、一部の魔族を強制的に労働させているネードに思うところはある。

 しかし彼が「魔法具は魔族しか基盤となる部分が制作できない」と言い張り、実際に別の商人達が魔法具を再現しようとしても不可能だったことで、「魔族を皆殺しにしろ !! 」という主張の歯止めともなっていた。


「仕方ないさ。人間が負けてたら、逆の立場になっていたんだ」。


 アンナが何か言おうとしたところで、料理が来た。


「待たせたな ! 『勇者』が好物だったステーキ盛り合わせだ !! 」。


 ドン !! と大きな皿がテーブルの上に置かれた。基礎となる大きなステーキの上に一回り小さなステーキが乗せられ、それが繰り返されてバベルの塔のように積み上げられたものが、偉容を放っていた。年齢的に怯む二人をよそに、バベルの塔を崩し去る神罰の如きフォークが、どんどん階層を減らしていく。


「おお !! さすが『勇者』の娘だ !! 」。


 恐ろしい勢いで肉をかきこむジラを見て、酒場の主人は豪快に笑い、厨房へと戻っていった。あっけにとられるネードとアンナ。やがて全ての肉を胃へと送り込み、満足そうにお腹をさする少女。


「ジル…… ! あなたこういう風に大皿に盛られた料理は別のお皿に取り分けて、みんなで分けて食べるって教わらなかったの ? 」。


「なんでわざわざ分けんの ? 父さんとご飯を食べる時はいつもこうやって食べてた。早い者勝ちだって」。


 きょとん、とした顔でアンナを見つめるジル。


「行儀悪いでしょ ! 」。


「なんで行儀良くしなきゃならないの ? 」。


「当然のことよ !! それに一緒に食べる人のことを思いやらないと…… ! 」。


「なんで ? そんなこと気にしてたら自分の食べる分が減るだけだろ」。


 まるでギリシャの哲学者ソクラテスが「唯一の真の英知とは、自分が無知であることを知ることにある」として、人々に実は自分自身が無知であることを気づかせようとしたように「なんで ? 」攻撃を繰り返すジル。

 それは議論の場ではともかく、大人が子どもを仕付(しつ)けようとするこの場面では悪手であった。


「なんででもよ !! 」。


 大きな雷が、落ちた。


(ああ……。きっと「勇者」はジルを「娘」として扱わず、「弟」に対する兄貴みたいに接してしまったんだろうな。……母親がいれば、違ったんだろうが)。


 ネードは心の中で大きな溜息をついて、話を変える。


「……とにかく状況を整理してみよう。四日前の朝、殺された『勇者』が自宅の寝室で発見された。遺体には胸に大きな刺傷(ししょう)があり、凶器は不明だが恐らくは長剣。そして『戦士』も『勇者』が殺される数日前から行方不明……といったところか」。


「……やっぱり『戦士』が犯人なのかしら?」。


 アンナが悲痛そうな顔で下を向いた。


「まだわからないさ。でも容疑者の一人だ。なにせ寝ていただろうとはいえ、『勇者』の『防御力』を破ってダメージを通せる人間は限られているからな」。


 この世界ではレベルによるステータスが絶対である。例えば「攻撃力」が9の者の攻撃は「防御力」10の者に傷一つ付けられない。たとえどんなに防御側が無防備でも。それが女神や魔神よりもはるかに位階の高い神が定めた摂理なのだ。よって「勇者」の防御力を超える「攻撃力」を持つ者が今回の事件の容疑者となる。


「『勇者』のステータスは覚えているか ? 」。


「えーと……」。


 アンナが形の良い眉をしかめて、思い出そうとしていると、ジラが静かに声をあげる。

「……ここにあるよ。父さんからもらったんだ」。


 少女は一枚のカードを差し出した。教会が特殊な儀式によって作り出す「ステータスカード」だ。この世界では自分のステータスの数値はわかっても、他人の数値は量り知ることはできない。そこでこの「ステータスカード」の出番となる。未使用のカードを自分の額に当てると、その時のステータスが自動的にそこに記載されるのだ。一回使い切りという不経済さはあるが、戦時は自らを「勇者」達に売り込むために首からカードを下げている者が大量発生した。


ゆうしゃ おとこ(19さい)※年齢は十数年前のもの


れべる:51

HP:230

MP:180

ちから:270

たいりょく:170

せいしんりょく:150

うんのよさ:45

すばやさ:200

こうげきりょく:270(+武器)

ぼうぎょりょく:170(+防具)

かしこさ:3


とくぎ:ひのまほうLv3・かみなりのまほうLv7


「これは……魔王を倒した後のやつだな」。


 途端にネードの顔が当時を懐かしむものに変わる。


「そうそう ! みんなで最後に『ステータスカード』を使って見せあったやつ ! 私も持ってるわ ! 」。


そうりょ おんな(29さい)※年齢は十数年前のもの


れべる:49

HP:150

MP:250

ちから:50

たいりょく:100

せいしんりょく:260

うんのよさ:25

すばやさ:110

こうげきりょく:50(+武器)

ぼうぎょりょく:100(+防具)

かしこさ:7


とくぎ:ほじょまほうLv5・かいふくまほうLv6・しんせいまほうLv7


「……大変な旅だった。アンナなんて途中で魔族に(さら)われたこともあったしな ! 」。


「あれは思い出したくもないわ…… ! パーティが二手に分かれて一年探してくれたおかげで助けてもらえたけど」。


 親族の集まりで大人同士が自分の知らない話で盛り上がり、疎外感ですねる子どものような表情のジラが大きな声を出す。


「早く話を進めようぜ !! オッサンのはないのか !? 」。


「あ、ああ。俺も持ってるぞ」。


とうぞく おとこ(17さい)※年齢は十数年前のもの


れべる:50

HP:170

MP: 0

ちから:125

たいりょく:110

せいしんりょく:120

うんのよさ:75

すばやさ:360

こうげきりょく:125(+武器)

ぼうぎょりょく:110(+防具)

かしこさ:15


とくぎ:へんそうLv4・しのびこみLv5・かべあるきLv6・さぎLv7・かくしもちLv8・ごうだつLv8・すりLv9・ぶっぴんかんていLv9・かぎあけLv10


「なんだこの「特技」 !? ただの犯罪者じゃねえか !! 」。


「……これでも役に立つ特技なんだぞ…… ! 伝説の防具を大切に隠し持っていた貴族の屋敷に忍び込んで手に入れたり……」。


「ただの泥棒だろ !! 」。


「『鍵開け』の特技で普通ならば開かない扉を開けて人助けしたり……」。


「どんな扉だったんだ ? 」。


「それは固く閉ざされた人の心の扉だよ」。


「無理矢理いい話にしてんじゃねえよ ! 」。


「いい加減にしなさい ! 話をもどすわよ !! 」。


 アンナ(39+?歳)の迫力の一喝で、二人はおとなしくなる。


「防具をつけていない『勇者』の『防御力』は170か……。確か『戦士』サイラスの『ちから』は300を軽く超えていたから、それに武器を装備すれば『攻撃力』は400近くなる。充分可能だな」。


「そうね……。やっぱり『戦士』が犯人の可能性が一番高い、というより彼以外不可能ね」。


 沈痛な面持(おもも)ちのアンナ。ネードは何かを考えこんでいる(ふう)だ。

「ちょっと待てよ ! 「攻撃力」の高い武器を装備すればオッサンやアンナにも可能じゃないのか !? 」。


 唐突にジラが叫んだ。叫ばれた二人は顔を見合わせ、やがてネードが口を開く。


「それは無理だ。たとえば攻撃力+50の長剣があったとしよう。でもそれを『盗賊』の俺や『僧侶』のアンナが持っても、攻撃力は加算されない。それぞれの職業で装備できる武器の系統が決まっているからだ。俺が長剣を持っても無害な鉄の棒を持っているに等しい」。


「じゃ、じゃあ『補助魔法』の『攻撃力二倍』や『防御力半減』を使えば、『戦士』以外でも…… ! 」。


 アンナは首を横に振った。


「それも無理よ。『即死魔法』もそうだけれども『防御力半減』の魔法は自分よりレベルの低い相手にしか、かけることができないわ。『勇者』よりレベルの高い人間は『戦士』サイラスだけ。それに『攻撃力二倍』の魔法を使える人間は……私だけよ。それも効能がある時間は60秒だけ。私が装備できる最高の武器を持って、『攻撃力二倍』の魔法を自分にかけても『勇者』の『防御力』には及ばないわ」。


 疑ったことに対する謝罪も無しに、自らの考えをあっさりと否定されたジラは下を向いた。


「あとは『戦士』がどうやって屋敷に侵入したか、だな。屋敷に寝泊まりしている召使いやジラも誰一人朝まで気が付かなかったんだろ ? 『睡眠魔法』を使う『協力者』がいたか、魔法具『身隠しの外套(がいとう)』でも使ったか……それに動機は…… ? 」。


 少しだけ疲れたように天井を見上げてから、ネードはぬるくなったエールを口に含んで、飲み下した。


「……明日は念のために『魔法使い』と『武道家』を調べてみるか。二人とも刃物を装備できないし、あそこから出ることはできないから違うとは思うが……。アンナはどうする ? 俺とジラと一緒に『収容所』に行くか ? 」。


 ちょうど一緒のタイミングでワイングラスを傾けていたアンナは、空になったグラスをテーブルに置いてから、ゆっくりと首を振る。


「……悪いけど、明日は魔族の第三居住地へ慰問に行く日なの。その代わり『睡眠魔法』を使える『僧侶』をリストアップしておくわ。……それから、あなた第一王女様に『蘇生の指輪』を献上したんですって ? メイド達の間ですごい噂になってたわよ。それでその指輪がやせ過ぎた姫様には親指でもスカスカなものだから、一念発起して夕食の量を増やすように料理人に命じたらしいわよ。健気(けなげ)じゃない ! ……でも『王家の印章』なんて借りてどうする気 ? 」。


 面白そうに言うアンナをネードは軽く睨んだ。専属のメイド以外は控え室も、水場も共同であり、仲もそれほど悪くはなかった。よってそれぞれ王女や王子の部屋で起きたことを茶飲み話として交換することが、しばしばあった。もちろん王族もそれを承知していて、重要な話をする時は人払いをするのだが。


「『王家の印章』を借りるための必要経費だ。万が一の備えは無駄になってもいいんだ。それを使わずにすんだってことだからな」。


 そう言えばアンナも第二王子と──ネードが反撃しようとした時、本日二回目の爆弾が炸裂した。


「魔族なんかの慰問だって !? そんな自己満足の偽善が父さんを殺した奴を探すことより大事なのかよ !! みんな言ってるぜ !! あの『僧侶』と第二王子は人間より魔族が大事なんだって !! 第三王子の言うように魔族を皆殺しにしてしまえばいいんだってな !! 」。


 怒声の余韻が残る奇妙な静寂の中、アンナは驚いたような顔をして、やがてゆっくりと泣きそうな顔になって言った。


「……私のやってることが偽物だと言うなら、どうか本物を教えて。みんなを幸せに導く、本当の善なるものを…… ! 」。


 ジラは無言で店を飛び出していく。


 その背中を見ながら、ネードは初めて彼女の父親、『勇者』と出会った時のことを思い出していた。



 お前が「盗賊」のネードか !? どうりで卑屈な笑い方をしてやがる ! 人を騙して飯を食ってるからそうなるんだ──


 今の世の中、みんな笑顔じゃねえ ! うずくまって泣いてるか、怒ってるかだ。笑ってても、疲れた笑いか、諦めの笑いか、自嘲的な笑いだけだ ! そんなのは偽物の笑顔だ !! 俺はこんな暗い世界を変えてみせる──


 来いよ ! 盗みしかできないって言うんなら、魔王の命を盗ればいいじゃねえか ! 一緒に行こうぜ !! 俺がお前を本当に笑えるようにしてやる──



 あの時の少年の笑顔は、光にあふれていた。それは輝く道だった。自分が歩むべき道だった。「勇者」というのは暗闇に惑う人に道を指し示す存在なのだ、とその時強く理解した。自分も「勇者」そのものにはなれなくても、彼が望んだように、全ての者が本当に笑い合える世界にしたい。共にその道を歩きたい。どちらかが道半ばで倒れたとしても、もう一人がその道を歩き続けていれば、その道の中に倒れた者も生き続ける。道を外れない限り──その想いがネードの行動原理であった。


 彼はゆっくりと立ち上がり、金貨を数枚テーブルに置き、泣いている小さな背中を追いかけて、薄暗い道を歩いて行った。




※参考 兵士(レベル1)のステータス


レベル:1

HP:10

MP: 0

ちから:11

たいりょく:12

せいしんりょく:10

うんのよさ: 7

すばやさ: 8

こうげきりょく:11(+武器)

ぼうぎょりょく:12(+防具)

かしこさ:5



読んでいただき、ありがとうございました。

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