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異世界サスペンス劇場  作者: 遊座
第一章 勇者殺害事件
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異世界サスペンス劇場 第2話 隣は何をする人ぞ




──第二貴賓室。


 数人がゆったりと座れる上等なソファーにアンナは深く腰かけていた。そして修道服を纏った彼女の膝の上には頭があった。第二王子ルーファスが膝枕をしてもらっているのだ。年齢の割に幼い外見の彼は第三王子よりも年下に見えるほどだ。仮に未成年のように見えるが、成人年齢を満たしている女性を合法ロリと呼ぶことが可能であるならば、合法ショタとでも言うべき存在であった。そしてそんな合法少年に膝枕をかます中年女性。おねショタならぬ、おばショタというシチュエーションだ。アンナはそんな破戒(はかい)的な状況に構わず、膝上のルーファスの金色の髪をねっとりと撫でていた。


「……これからどうなるんだろう ? 」。


 不安げな声が小さく聞こえた。


「ルーファス様に悪い(よう)にはなりませんよ。勇者様が亡くなったのはとても悲しいことですけれども、王国が大陸一の大国であることは変わりませんし、第三王子の傘下に入っていた戦士も行方不明。ネードだってルーファス様の味方みたいなものです。ただあの男はアイーシャ様のことが心配でその傘下に入っているのです」。


 優しい声が頭上からルーファスの全てを包み込む。それによって安らぎを感じながらも、朧気(おぼろげ)な母の顔と、あれ以来どんなに分厚(ぶあつ)いオブラートに包んだ表現をしても「おかしくなった」としか言えない姉を思い出し、彼は決意を新たにする。


「戦争だけは絶対にダメだ。仲良くしなきゃ。魔族とも……。たとえディミトリアスと対立することになっても」。


「その通りです。ようやく訪れた平和な時を壊していい道理など、どこにもありません。きっと女神様もそれを望んでいらっしゃいます」。


 本来の優しい気質と、アンナがまいた超平和主義の種が徐々に芽吹き、ルーファスの脳内には綺麗な、現実ではありえないほど綺麗な、広大なお花畑が出来上がっていた。国のトップの頭に咲き誇る花々は一体誰の墓標(ぼひょう)(そな)えられることになるのであろうか。



──第三貴賓室


「まだ『戦士』サイラスは見つからないの !? 」。


 今日この部屋を使う権利を与えられた第三王子のものではない怒声が響き渡った。声の主は長い茶色の髪を上品にまとめ上げた、いかにも貴族といった風の美しい女性だった。多少年嵩ではあるが。

 怒鳴られた騎士達は身をすくめるでもなく、彼らの主から視線を外すこともなかった。

「母上 !! 皆よくやってくれています !! 俺の騎士達を罵倒するのなら、今すぐに出て行ってください !! 」。


 女性と同じ髪の色の大柄な少年が質素な椅子から立ち上がり、その(とび)色の瞳で強く女性を非難する。


「ご、ごめんなさい、ディミトリアス……。でも『勇者』が死んだ今、あなたの傘下にある『戦士』までいなくなったら……。あなたの立場も弱くなるし……。これを機に周辺国が侵略してくるかと思うと心配で心配で……」。


 ディミトリアスは軽く溜息を吐いて、ゆっくりと現王妃でもある母親に説明する。


「戦争とは今日思い立って明日やれるものではないのです。どの周辺国もそんな準備はしていませんでしたし、今もそんな動きはありません。それに……まだ英雄は残っています」。


「英雄 !? ひょっとしてあの「盗賊」のことを言っているの !? あれはあの骨女に取り入ってこの国を盗もうとしている国賊よ !! それに戦場で「盗賊」なんかに何ができるのよ !! 」。


 一度鎮火してもまたすぐにヒステリーの炎が(ごう)と燃えあがる。一体何を燃料にこれだけのエネルギーを出せるのかが、息子であるディミトリアスにもわからなかった。


「落ち着いてください ! いざとなれば収容所の『武道家』と『魔法使い』を出します。それにあの『僧侶』がいれば兵士達の士気も上がります。死ななければ回復できるのですから」。


「あの頭の中に王国の領土よりも広いお花畑を栽培している女が戦争に協力するわけがないわ ! だいたい……」。


 いつものことながら、激昂(げきこう)してどんどん論点のズレていく母に対して心の中で舌打ちするディミトリアス。いつものように、なだめながら別のことを考える。


(仮に「戦士」が戦場に出たとして、相手の兵士をどれだけ殺せるのだろうか ? 数百人 ? それとも千人以上 ? それに恐ろしいのは「盗賊」だ。あいつはきっとどんな厳重な警備の城にも入り込むことができる。あいつなら相手国の王族を「暗殺」することも簡単にできるはず。そしてそれは俺に対しても同じことが言える)。


 ようやく王妃を追い出したディミトリアスは大きな溜息を吐いた。


「……見苦しい所をみせてしまったな。とりあえずいままで通り『戦士』の捜索を最優先に。あとはとにかく情報だ。どんなささいな情報でもかまわない。すぐに報告してくれ。国難と言うべき事態になるかもしれないが、諸君の働きで乗り越えることができると信じている。俺も全力を尽くす。頼んだぞ !! 」。


「ハッ !! 」。


 騎士達の威勢の良い返答が響いた。


(俺が生き残っている全ての魔族を殺してレベルを上げさえすれば…… !! そうすればきっと全てうまく行くのに…… !! )。



 夕刻、王宮の裏庭、と言っても広大な敷地にある王家の墳墓(ふんぼ)。その隣に「勇者」の棺は埋葬された。世界を救った者への破格の扱いだ。ただそれを受けた当人が喜びを(あら)わにすることは、ない。死んでしまっているのだから。これから数日、裏庭の門は解放されるそうなので、墓標は民衆の献花に埋まるであろう。


 アンナは埋葬の儀を終えた後、第二王子ルーファスを彼の部屋まで送って、しばらく時を過ごしてから教会へ帰るために王宮の大門をくぐったところで、声をかけられた。


「アンナ、今日はお疲れさん」。


 いまや彼女にこんな気楽に声をかけられる人間は王国内でも十人いるか、いないかだった。声の方を向くと、かつてともに魔王を討ち果たした仲間の一人と、少年だった頃の「勇者」に瓜二つの彼の娘がいた。


「どうしたの ? まさか私を待ってたの ? ネード」。


 修道服の美熟女は笑顔で返す。


「……そうさ。久しぶりにあそこへ行かないか ? 」。


 美しい夕焼けの赤を背中にして、ケレン味たっぷりの芝居がかった顔でネードは言った。


「……プッ ! フフッ ! なに格好つけてんの !? 第一王女様だけじゃなくて、私にまで『盗賊』の特技、『詐欺芝居(さぎしばい)』を使う気 !? 」。


 勇者と同じく、ネードのことも少年期から知っているアンナにとっては舞台俳優じみた彼の仕草は滑稽(こっけい)で仕方がなかった。


「……やっぱりアンナには通用しないか」。


 軽く肩をすくめておどけた表情をしてみせる盗賊。ぎりぎり青年と言っても良い年齢でありながら、キザったらしい口ひげのせいで実際よりも年嵩(としかさ)に見える彼と、若めの熟女であるアンナが並んでいても、何の違和感もなかった。


「あの酒場でしょ ? いいわ。少しだけ付き合ってあげる。ジラも来なさい。つらいだろうけど、ちゃんとご飯食べなきゃならないしね」。


「……わかってるよ !! 」。


 埋葬の儀を経て、再び流れた涙で真っ赤になった瞳で、勇者の娘は怒鳴る。


 夕暮れ時の街を三人は並んで歩く。酒場への途上、かつて勇者の仲間だった二人が一緒に行動している姿を人々は興味深そうに眺めていた。やがて酒場が並ぶ通りへとたどり着き、新しい外観の店に挟まれて居心地が悪そうに佇んでいる古びた店のドアをネードが開く。

 広い店内にいくつも並べられた木製のテーブルと椅子。それぞれのテーブルには、簡素な鎧の頼りない防御力を筋肉で補っているような戦士達、動きやすい独特な服の武道家達、いかにもなローブを纏い、杖を持つ魔法使い達、そして場違いな僧侶達が仲間を探しにやってくる勇者達を待ち構える、どこか(くす)ぶったような独特の熱気が店の中に満ちていた──のは過去の話。「勇者」が仲間を見つけた酒場は、もはや遺構(いこう)に近い記念碑的な店となっていた。


 今日は貸し切り──と言いかけた酒場の主人がネード達を見て、泣きそうな顔で、笑った。



読んでいただき、ありがとうございました。

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