下巻
沸き立つ甘い香りが部屋中に充満する。火にかけると焦げやすい素材として有名な徒花の蜜。これから先は、ますます気が抜けない大事な作業になるだろう。
「ここに、夢喰い獏の涎を三滴いれて」
ぽちゃん、と三回。可愛らしい音が火にかけたばかりの蜜の中に消えていく。ゆっくり焦げないように混ぜながら、今度は先程すりつぶした鱗とガラスの粉を鍋へと継ぎ足していく。
ぼわっと、紫色のわかりやすい煙があがって、グツグツと鍋の表面が泡立ち始める。
ここまではよく見る成功の過程。見習い魔女は完成を目の前にして、うきうきした気持ちで鍋の底をかき混ぜていた。
「最後に一角獣の角ね」
これに大した作業はない。細長い角を削り器で数回、鍋の上で揺らすだけ。
アブラカタブラ、ぽん。
「大婆様の秘密のレシピ、出来上がり!」
呪文をかけて、火を止めて、見習い魔女は熱が冷めないうちに出来上がった鍋の液体を小さな瓶に移し替える。
何とも言えない不思議な色。魔界に育つ毒キノコのような怪しい色をしていた。
* * * * *
見習い魔女はそれの成功を確かめるため、部屋の中を見渡して壁に張り付いていたトカゲに目をやる。にやり。いたずらっ子のような笑みを浮かべて、魔女はトカゲにその薬を振りかけた。
すると、ぼんっ!と音を立てて赤黒い煙が部屋中に立ち込める。
「げほっごほっ、ちょっともう、なぁに」
せき込みながら失敗への不安を口にした魔女は目の前を手で薙ぎ払いながら、さっきまでトカゲのいた壁に目やる。そこではサファイヤのように青白く光る羽をもった美しい蝶が一羽、ひらひらと優しく飛んでいたのだから喜びは隠し切れない。
「今度は、こうよ!」
ぼんっと、窓際に咲かせていた白い花は若草色の煙に包まれて、鈍色の小石に変わる。
「やった、やったわ。大成功よ」
窓の外ではすっかり満月が浮かんでいる。
「望む者の姿になれる」魔法の薬。帰ってきた大婆様はきっとビックリするだろう。一人前の称号を得られるのは自分だと、見習い魔女は自分にも振りかけて扉の外へと飛び出した。本来の自分とは違う別の姿で。《完》
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