「決着」
お待たせしました。最終回です。スレイブ・ゴレム戦もちゃんと決着つきますよ。
8
シンジ博士はついに、巨大な生体兵器〈スレイブ・ゴレム〉と融合し、主導権を得た。明確な自我を持つそれは、着実にボブッティブたちへ向かって進んでいた。吸収されつつある東棟が若干形を保っているおかげで、まだ西棟には到達していないのだ。
「やれやれ。やってくれましたねブレイドさん。霧魔・苦理の使用に特化した人格に擬似転生するとは大した精神力です」
「お前に褒められても何の感情も浮かばない。だが強いて言えば、さっきまでのブレイドはもういないも同然。それに対する憐憫はある」
エクスカタナを構えたまま、ブレイドはスレイブ・ゴレムから跳躍し、西棟へと移った。
「おや、逃げるのですか?」
「何を馬鹿な。シンジ博士、お前はここで倒す」
そう言ってブレイドはエクスカタナを天に掲げた。
「何を……? いや、まさか、そんなことがあり得ると言うのか?」
サイバサはブレイドの目的を理解し驚愕した。まるで伝説を目の当たりにした無辜の民の様に。
「サイバサさんよ、一体何が起きようとしてるってんだ?」
ボブッティブはサイバサに現状について問いを投げかけた。
それにサイバサは深刻な顔つきで答えた。
「……ブレイドめ、まさか擬似転生の逆流を行うとは……」
「逆流? それは一体」
ジョナサンが訊いた。
「文字通りだ。擬似転生……それ即ち、己の魂を今の肉体の内部で強制的に転生させる絶技。これは魂が持つ運命とも言える筋書きを次のページへと進めるも同義だ。ゆえにこそ、それを逆流させるとどうなると言えば、答えは一つ——己の魂を、原初の姿にまで到達させることに他ならない」
「何言ってんのかついていけねえが、それってビッグバンみたいなもんなんじゃねーのか?」
「いい喩えだ。魂におけるビッグバン……つまり原初、そこにはその魂が辿り得るすべての可能性がある。ここで大事なのは〈すべての可能性〉と言う部分だ。ブレイドはその部分に着目し、それに触れた。……つまり、先ほどの擬似転生は実のところ、前世への跳躍に等しかったのだ」
シンジ博士もそれに気がついたのか、巨体の全身を止めた。
「まさか……ブレイドさん、あなたは……エクスカタナにあなたのあらゆる可能性を注入しているのですか……!?」
「さてな。ここで答えを言ってしまうと可能性が狭まる。ゆえに言えないな」
エクスカタナは単にブレイドの腕と融合しているのではない。これは魂レベルでブレイドと融合している。それこそ遥か彼方の前世から。そして、一子相伝の霧魔・苦理はエクスカタナでしか使用できない。……そう、それが意味するものは——こちらは逆に——ただ一つだった。
ブレイドは霧魔・苦理の初代使用者にして、最新の伝承者でもあったのだ。ブレイドは、擬似転生により、永き時を生きながらえてきたのである。
そのブレイドが今、それを力として放出しようとしていた。
「いつまでも擬似転生していると、きっと輪廻のルールに背くことになってしまう。だからたまにはこうして放出した方がいいと思ったのさ」
そしてブレイドは、エクスカタナへと本格的に擬似転生エネルギーを注入し始めた。
「やめろ、やめてくれ……ようやくスレイブ・ゴレムの姿を得たと言うのに……まだ破壊したりないのに……」
「駄々をこねるな若造。過去の転生エネルギー、お前にくれてやる。精々清く正しい人格に生まれ直すがいい」
ブレイドがエクスカタナを振り下ろす。
「やめろォォーーーーーーッ!!!!!」
シンジ博士が叫ぶがもう遅い。極光は既に放たれた。
そして、極光がスレイブ・ゴレムを飲み込んだ。
エピローグ
「うーん、やっぱり最高だぜこの立地」
晴天の下、ハンバーガーショップのテラス席でチーズバーガーを頬張りながら、ボブッティブはジョナサンに語りかけた。
「そこで肝試しするのか? 地味じゃないか、自然公園の森だぜ?」
「しゃーないだろ、郊外の森はなんか知らねーけど廃病院の取り壊し工事で立ち入り禁止なんだからよォ」
「惜しいよな、あの廃病院。肝試しに最適感あるし」
頬杖をつきながらジョナサンがぼやいた。
「なんだ? そんなに肝試し向けなのかあそこ」
「ああ。不良の溜まり場だ。迂闊に行けば絡まれる」
「ハハハ、確かに肝試しだな。ちとニュアンスが違うけどな」
「だが度胸は試せる」
「試してどーすんだよ。不良グループのトップにでもなろうってのか? 求めてねーよそんなの」
「じゃあ聞くが……不良じゃなくて幽霊だったら、ボブッティブ、お前はどうする?」
「幽霊グループのトップになる気もねーよ」
ここでジョナサンは頷いた。
「ま、そういうことだ。俺たちは明らかに真剣さがなかった。そんなザマで女の子誘ってもかっこよさなんて見せられない」
「吊り橋効果さんも自宅で映画見てた方が有意義だって言って来てくれなさそうだな」
「だから肝試しはやめておこうと思う」
「そうかい。じゃあ俺はどこで女の子と仲良くなればいいんだ」
「それに関しては、新しい案がある。これを見てくれ——」
ジョナサンはそう言ってなにやら古い地図を引っ張り出した。
そんな二人を向かいのカフェのテラス席から見守る男が二人いた。サイバサとブレイドである。
「記憶操作忍術、〈黒内男衆の術〉。これによりあの二人は平和な日常に戻った。ブレイド、これでいいな?」
「さて、俺からは何とも言えないな。ただ、強いて言うなら……あいつらはどうせまた非日常に迷い込むぞ」
「その時は仕方がない。俺がいない場合は、無事を祈るのみだ。お前ももう引退するようだからな」
ブレイドは頷いた。
「ああ。こう見えて、齢は軽く1000を超えている。そろそろ隠居する気になったのさ」
「ただ、過去の転生エネルギーはスレイブ・ゴレムを滅しただけでは飽き足らず、世界中に拡散されてしまった。だからブレイド、お前の前世はようやく解放され、それぞれ然るべきタイミングで誕生するのだろう。もしやすると、お前の存命中に前世のお前と出くわすかもしれないな」
「フッ、妙な話だな。だが、本来はこの肉体内部ではなく、こうして外界で行われるべきだった輪廻転生だ。それを封じていたのだから、それぐらいは甘んじて受け入れようじゃないか」
ブレイド——本名〈疾風院 華威〉は笑ってそう答えた。
「問題は、シンジ博士だが……ブレイド、その点は抜かりないのか?」
「当然だ。ヤツは転生エネルギーの情報密度に飲まれ、俺の転生エネルギーの一部となった。だからヤツはある意味俺と融合したのだ」
「それはそれで、恐ろしいことをしたものだ」
「俺の方が自我が強いので大丈夫だ」
「そういうもんかね」
「そういうもんだ。そのうち、ヤツの人格が強調された転生体も出現するだろうが、それもまた俺なので魂が感知できる。そして、」
「そして?」
「そして俺がそれを倒せばいい、それだけだ。転生体には擬似転生能力はない。エネルギーのみからの再集合だからな。ゆえに、一度倒せば記憶の連続なしに転生させることができる。まあ例外もあるが、それはそもそも俺の能力とは無関係の事象ゆえに、そもそも管轄外なので無視させてもらう」
「……ま、そういうことにしておこう」
サイバサは席を立った。
「もう帰宅か?」
「ああ。これから仕事だから、一度帰るのさ」
「そうか、達者でな」
「お前こそな」
そして二人はそれぞれ帰路に着いた。
その後の彼らに何が待ち受けているのか。それはここで語るべきことではない。機会があればまたいつか、それを語るとしよう。
『オイルエイリアンの誘い』
〜Fin〜