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エンドリア物語

「鏡注意報!」<エンドリア物語外伝19>

作者: あまみつ

「安いものばかり買っているな」

「オレには、さっぱりわかりませんから」

 話しかけてきたのは、古魔法道具協会エンドリア地区部長のロイドさん。今日開かれたエンドリア地区古魔法道具定期販売会の主催者だ。

 定期販売会というのは、古魔法道具店の関係者対象の即売会だ。いらないものを売り、欲しいものを買っていく。大規模な即売会だとオークションや入札があるらしいが、エンドリアの定期販売会は広場を借りて、売りたい物がある場合は露天を出し、買いたい人がそこから買う。

 ベテランの古魔法道具店は、商品の入荷に独自のルートを持っていたり、コネがたくさんあったりする。桃海亭もガガさんがやっていたときには、色々なところから仕入れていたが、今の桃海亭はこの定期即売会が唯一の仕入先だ。

「2人は来ていないだろうな」

「来ていません」

 シュデルは魔法道具に影響を与えるから、即売会には当然出入り禁止だが、ムーも出入り禁止だったりする。

 理由は知識がありすぎるから。安く売った物が高額商品であったとき、売り手のダメージが大きいらしい。たまになら良いが、ムーは必中だ。

「買ったなら、さっさと帰れ」

「すぐに荷物をまとめますから」

 オレが買った商品を箱に詰め出すと、ロイドさんは離れていった。

 土系の魔術師でもあるロイドさんの店はニダウのアロ通りにある。代々続いた店で、構えも品ぞろえも一流だ。ガガさんがアロ通りに店を出すとき、古魔法道具ではなく魔法道具店にしたのは、ロイドさんの店があったからだ。

ぶっきらぼうな話し方をするが、ロイドさんは良い人だ。評判の悪い桃海亭の為に色々と骨を折ってくれている。

 オレは荷物を詰め終わると、背中に担いだ。そして、こちらを向いているロイドさんに一礼して、会場をあとにした。

 買った品物が、高く売れるといいなと思いながら。



 オレは買ってきた品物をカウンターに並べた。

 価格はムーとシュデルで決める。

「どうだ?」

 高い物が数点あれば、財政が楽になる。

 ムーもシュデルも仕事が早い。

 売り手が説明してくれた内容をオレが紙に書いて添える。その紙に各自が販売価格を書き込む。書き込まれる価格は、ほぼ同じでオレが迷うことはない。説明が間違っていれば、ついでに修正してくれる。

 オレが買ってきた十数点の品物はすぐに値段が付いた。1つをのぞいて。

「わかりません」

「わからないしゅ」

 鏡だった。

 姿写しの鏡と聞いていたものだ。

「記憶はついていないのか?」

「ついていません」

 ムーが首を傾げている。

「どうかしたのか?」

「これは誰から買ったしゅ?」

「たしか…」

 露天を一通り回った後だった。安い物がなかったので、もう一度回ったときに見つけた。

 売り手は茶色い髪を肩で切りそろえた若い女性で、前に見たことがあった。

「…ロイドさんの店だと思う」

 ムーがすばやく服の下に入れようとしたのをシュデルが阻止した。

「解体する気ですね」

「研究しゅ!」

 魔法道具の製造知識が豊富なムーは、わからない魔法道具があるとすぐに調べようとする。その過程で壊したりもする。

「待ってください」

「こいつ、魔力ベロベロしゅ!」

 シュデルの影響をなぜ魔法道具が受けるのか、原因も法則もつかめていない。が、受けにくい道具というのはあるらしい。それらの道具には魔力に特徴があり、ムーはベロベロ魔力と言っている。

「そういう問題じゃないです」

「ベロベロだから、ゾンビ使いには関係ないしゅ」

「研究のために道具を壊すのはやめて欲しいだけです」

「研究は世界を救うしゅ!」

 空に向かってビシッと指をさした。

 言ったのが世界を危機に陥れた張本人でなければ、多少の説得力はあったかもしれない。

「店長、やめさせてください」

「壊す違うしゅ。研究するだけしゅ」

 買値は銅貨20枚と安かった。魔法道具に鏡は多いが、銅貨20枚で買える物は中古でも滅多にない。だから、オレは買ったのだが。

「わかった。シュデルは明日までに、この鏡が商品として売れる方法を考える。考えつかなければ、ムーに研究用として渡す」

 二人は渋々うなずいて、オレは他の商品を整理して、眠りについた。




『起きてください』

 誰かに揺すられて、オレは目を覚ました。

『おはようございます』

 見慣れた顔が可愛らしくオレに微笑んだ。

 オレはその頭を拳骨で殴った。

『ヒドいです』

 たたかれた場所を手で押さえて、涙目でオレを見た。

 オレは髪をガシガシとかきむしった。

「何をふざけているんだ、ムー」

 いつも跳ね回っている白い髪は綺麗にとかれ、しわくちゃなピンクのシャツはボタンがきちんととまっている。

『ウィルこそ、いきなり殴るなんてひどいです』

 涙をたたえたまま、悲しそう言った。

 背中に悪寒がはいあがった。

 部屋から飛び出して、大声で呼んだ。

「シュデル、シュデル、どこにいるんだ!」

「どうかしましたか?」

 エプロンを付けたシュデルが階下から上ってきた。

「ムーが、ムーが」

「ムーさんがどうかしましたか?」

 オレの後ろからムーが顔を出した。

『あ、シュデル。おはようございます』

 シュデルが目を見開いた。

『朝食の準備中ですか?私も手伝います』

 軽い足取りで階段を下りていく。

「店長!どうしたんですか!」

「オレが聞きたい」

「道具たちに聞いてきます」

 シュデルが納戸に飛び込んだ。

 オレは階段をゆっくりと下り始めた。すぐにムーの悲鳴が聞こえたが、足取りを早めることはしなかった。




『美味しいですか?』

 ムーが期待に満ちた目でオレとシュデルを見ている。

「美味しいです」

「うん、まあまあかな」

 まずいが、食べられないほどではない。むしろ、野菜と塩だけで、なぜ、この世の物と思えない珍妙なスープになったのか、そちらの方が気になる。

『お昼も私が作りますから、楽しみにしていてくださいね』

 オレとシュデルは、顔を見合わせた。

 正直どうしていいのかわからない。

 原因は判明している。

 ロイドさんのところから買った鏡だ。

 オレもシュデルも眠っていたが、透視能力のある道具が一部始終を見ていた。

 昨夜、ムーはオレの言うことを聞かず、鏡を自分の部屋で調べた。わからないのは、未完成品だからと結論づけた。鏡が持つはずだった人格矯正魔法という珍しい機能に興味を覚えたムーは、完成を試みた。完成したとき、ついでにムーも矯正された。

 今のムーは普通の女の子だ。

『あの、シュデル』

 ためらいがちにムーが言った。

「なんでしょうか?」

『ローブを貸してくれませんか?』

「その服ではいけないのですか?」

『着心地があまりよくないので』

 恥ずかしそうにうつむいた。

 シワシワのショッキングピンクの服には抵抗があるらしい。

「昔のローブならサイズが合うと思いますから、それでいいですか?」

『ありがとうございます』

 ムーがうれしそうだ。女の子の自分に抵抗がないようだが、オレとしては放っておくわけにもいかない。

「なあ、ムー」

『どうかしましたか?』

「道具を治せるんだから、元に戻れるんだろ?」

『元というと、あのだらしなくて、我が儘で、幼児のような振る舞いをするムーのことですか?』

「そう、そのムー」

『戻れますが、戻りません』

「なんでだよ」

『私は正しい魔術師として生きていきたいのです』

 正しいが何かは別として、ムー自身に戻る気がないとなると、オレやシュデルでは手に負えない。

「わかった。とりあえず、部屋で待機していてくれ」

『わかりました。あ、それから、あの部屋、片づけてもいいですよね』

 オレとシュデルは、再び顔を見合わせた。

 片づけるのは大賛成だ。

 問題なのは片づけで出たゴミが、世界を破滅に導くものでないと言い切れないところだ。

 ムーが持ち込んだ禁書などだけでなく、ムー自作の魔法生物や自筆のスクロールなども堆積している。一度、ゴミ箱に突っ込んであったスクロールを見たスウィンデルズの爺さんが卒倒しかけた。空気の組成を変える呪文だったらしい。そのスクロールは魔法協会本部の書庫保管庫の最下層に幾重にも封印かけられて保管されている。

「明日まで待ってくれ」

『イヤです』

「明日までなら、いいだろ?」

『今夜、あそこで寝ろというのですか?』

 たしかに常人には厳しすぎる試練だ。

「店に寝ればいいだろ」

『そこまでいうなら、シュデルの部屋を使わせてください』

「なんで、ボクの部屋なんですか!使うなら、店長の部屋を使ってください」

『殺風景と貧乏を絵にしたような男の部屋に泊まれというのですか?』

「店長の部屋なら命の危険はありません」

『イヤです。寝るならシュデルの部屋がいいです』

 板より薄い布団や紙を張ってすきま風をふさいだ壁が、女の子のムーにイヤなのはわからなくもない。だからといって、ムーにシュデルの部屋を使わせるわけにも行かない。

「ムー、今夜は納戸に布団を入れて寝ろ。シュデルは納戸に寝る場所を空けてやれ」

 シュデルは「わかりました」とうなずき、ムーも『しかたありません。納戸で寝ます』とうなずいた。

 前のムーでは考えられないほど素直に了承してくれた。

 オレは食事を終えると上着を手に取った。

「ちょっと、出かけてくる。留守の間、店番とムーを頼む」

「どちらに行かれるのですか?」

「魔法協会に頼んでスウィンデルズの爺さんに連絡を取ってみる。そのあと、ロイドさんの店に行って、あの鏡について聞いてみるつもりだ」

「お気をつけて」

 シュデルに見送られて、オレは店を後にした。

 ロイドさんの店にいけば手がかりがつかめるかもしれない。そんな淡い期待を持ちながら、商店街を足早に抜けた。




『見てください。可愛いでしょ』

 新しいピンクのローブを着たムーがクルクルと回って見せた。髪には赤い蝶の髪飾りをつけている。

「可愛いです。とても、似合っています」

「うん、いい」

 ムーが頬をプクリと膨らませた。

『ウィルは女の子の扱いが下手です』

「いま、ほめただろ」

『学校で女の子の友達はいなかったんですか?』

「いたに決まっているだろ」

『本当に?』

「オレの友達は拳で語るタイプだったんだ」

 ムーがあきれた顔で肩をすくめた。

 オレは怒鳴りたいのをグッと我慢した。この辛抱もあとわずかで終わる。

 ムーの中身が女の子になった日、オレはニダウの魔法協会に行った。魔法協会同士が繋がっているホットラインでスウィンデルズの爺さんに、ムーに異変が起きたので至急桃海亭に来てほしいと伝言をお願いした。そのあと、ロイドさんの店に行った。ロイドさんが留守だったので、店番をしていた男性に、昨日、即売会でロイドさんの店から鏡を買ったこと、買った鏡の特徴、未完成品だったこと、完成させたムーに人格変化が起こったことを話した。何か知っていることがあったら教えてほしいと頼んだ。

 そして、店に帰ってきて驚いた。

「ムーが大変なことになったと聞いて、急いできたんじゃ」

 ペトリの爺さんが大量のお菓子をムーに渡していた。

 オレはペトリの爺さんには連絡していない。この時間にペトリの爺さんが店に到着するには、ペトリの家を朝方には出ていなければならない。早馬を使ったとしても昼前にはでていなければならない。オレがニダウの魔法協会に着いた頃だ。

 いったいどうやって、ムーの異変を知ったのか。

 情報の出所を知りたかったが、ペトリの爺さんがオレに話すはずはない。

 ムーの中身が女の子に変わったことを怒るかと思ったら、爺さんは喜んだ。可愛いムーは女の子でも可愛いと、ニコニコしていた。そして、2人で可愛い服やらアクセサリーを買いに行こうと店を出ようとしたとき、数人の男性が飛び込んできた。

「シュデル様、どうか我々と共に店を出てください」

 ロラム王国の関係者で中身だけでも女の子のムーと一緒に住まわすことはできないと、シュデルを引っ張って連れて行こうとした。邪魔をしたのは道具たちだ。ロラム関係者と道具たちの戦いが勃発した。さらにその戦いに加わったのは数人の魔術師達だ。

「ムー殿、正しい魔術師を目指すなら、ラルレッツ王国が一番です」

 どこから湧いて出たのか、戦いながらムーの説得にあったった。ラルレッツ王国は世界最先端の白魔術を研究しており、人のためになる魔術師になるなら、ラルレッツ王国に来るべきですと攻撃魔法を連発しながら説得した。

 桃海亭は魔法協会の監視下にあるのはわかっていたから、店を窓からのぞかれるくらいは仕方ないとしかたないと我慢していた。認めていたのは、魔法協会の監視であって、第三者のノゾキや盗聴ではない。

「いい加減にしろ!」

 オレの怒鳴り声など喧噪に紛れて、誰にも届かない。

「スリープ」

 ムーの声が聞こえた。店にいた人間たちはバタバタと倒れ始め、オレも意識が遠くなり床に崩れ落ちた。

 目覚めると、オレの顔をのぞきこんでいたのはスウィンデルズ爺さんだった。短い時間でどうやってニダウまで来たのかオレは聞く気力もなく体を起こした。

 店にいたのは、オレを含めて5人。ムーとシュデルとスウィンデルズの爺さんとペトリの爺さんだけになっていた。

「話は付いた。ムーはコーディア魔力研究所の講師として就任する」

 スウィンデルズの爺さんがうれしそうだ。数年後にはラルレッツ王国の王室付きにして、その後自分の跡継ぎに据えるのだろう。

「もう、決まったのか?」

「5日後にコーディア魔力研究所で就任式が行われる。明後日にはここを出発することになる。ムーの出立の準備を手伝ってほしい」

「ムーはそれでいいのか?」

『はい、世の中のために少しでも貢献できる道を考えました。コーディア魔力研究所の講師をして、多くの魔術師達の技術の向上に私の知識を役に立てたいと思ったのです』

 背筋をまっすぐに延ばし、オレの目を見るムー。

「何か問題があるのかのう?」

 スウィンデルズの爺さんが威嚇するような鋭い目でオレをみた。

「いや、ない。シュデルはあるか?」

「いいえ、ありません。コーディア魔力研究所の講師の就任おめでとうございます」

 ムーに頭を下げた。

『ありがとう。手紙を送りますね』

「楽しみにお待ちしております」

 オレとシュデルは目で素早く会話した。

“ムーがいなくなる”

“店長、喜んでいませんか?”

“喜んでいるに決まっているだろ。もう、寝ている間に命がなくなる心配がないんだ”

“起きていても命の心配は常に必要でした”

“シュデルも安心できるだろう”

“正直に言うと、とてもうれしいです”

 ムーがいなくなれば、ロラムも女の子がいると文句は言わないはずだ。あと問題はペトリの爺さんだが。

「わしゃ、ムーについていくことにした」

「爺さん、コーディア魔力研究所に行くのか?」

「ムーの世話係が必要じゃろう」

 オレは強くうなずいた。

 翌日にムーが自分の部屋から必要な物を取り出して荷物を作る。そして、翌々日の早朝、出発することになった。

 それが、昨日。

 今日は荷物を午後につくる予定で、朝早くに旅の服をペトリの爺さんと買いに行った。買ってきた服をオレ達に披露している最中だ。

 明日の朝には、ムーはいなくなる。

 時間にすれば、あと18時間の我慢だ。

 ムーが赤い蝶の髪飾りを外して、シュデルに見せている。

『お爺さまが選んでくださったの』

 シュデルが「細かい細工で素敵です」とか「白い髪に赤い髪留めは色合いがいいですね」とか誉めている。

 店の扉が開いて、オレは「いらっしゃいませ」と声をかけた。

「迷惑をかけた」

 ぶっきらぼうに言ったのはロイドさん。

「とんでもないです。オレの方こそロイドさんには世話になってばかりで」

 オレが話している途中なのに、ロイドさんはムーの方にズカズカと歩み寄った。

「おい、チビ」

『私のことですか?』

「こいつを持て」

 丸めたスクロールを渡した。

『これは?』

 ロイドはムーの問いには返事をせず、短い呪文を唱えた。

 ムーが硬直した。床に倒れそうになったのを、シュデルが支えた。

「悪かったな」

 そう言って、ロイドさんは店からでていった。

「ムーさん、ムーさん、大丈夫ですか?」

 シュデルが優しく揺り起こした。

 ムーが薄目を開いた。

「気分はどうですか?」

 よいしょと起きあがったムーが言った。

「最悪しゅ」

 目つきがものすごく凶悪だ。

「まさか…」

 シュデルがオレを見た。

 オレは窓の外を見た。

 快晴の空が青く澄み渡っている。

 あと18時間で安らかな日々を手に入れられるはずだった。ぐっすり眠れる夜。怪しげな異次元召喚獣を見ることはなく、命を捨てろ言わんばかりの無茶な依頼もこない、穏やかな日がずっとずっと続くはずだった。

 逆恨みだとわかっていた。

 わかっていても、オレは叫ばずにはいられなかった。


「ロイドさんのばっかやろー」

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