ホワイトワルツ
リリーの悲鳴が広場に響き渡り、その声に驚いた鳥達も騒がしく鳴き始めて、広場がいっきに賑やかになる。スケアクロウの変化するはずのない顔が歪んでいく。スケアクロウはおそらく困惑している。
リリーは叫び終えると、尻餅をついたまま手探りで何か投げるものがないか探す。けれど投げるものが見つからない。リリーは、どうしよう。と焦ったが、手を動かすたびに雪が触れる。リリーは雪を投げればいいのだと気づいた。
リリーは急いで体勢を立て直して、手で雪を固めてスケアクロウに向かって投げる。けれどスケアクロウは、リリーの投げた雪をいとも簡単に避ける。リリーはもう一度雪を固めて、スケアクロウに向かって投げるが、簡単に避けられてしまう。
リリーは、雪をたくさん固めはじめる。その間スケアクロウは、手に持ったハットを被っただけで特に動かず、リリーのことを見ている。
「よし、これだけ作れば、アナタに当たるわよね、覚悟しなさい」
そう宣言してからリリーは、雪の塊をスケアクロウに向かって、めちゃくちゃに投げ始める。
スケアクロウは、ダンスのステップを踏むように、優雅にかわしていく。
作った雪の塊のストックが無くなり、リリーは慌てて雪を固めて、これが最後だと意気込んでスケアクロウに向かって、力いっぱいに投げつける。けれど、リリーの渾身のいっとうもスケアクロウは簡単に避けてしまう。
リリーは、踊るように全部避けられたことに感動して、スケアクロウに向かって思わず拍手をする。スケアクロウは、リリーの拍手にこたえるために、ハットを脱ぎお辞儀をする。
リリーは、拍手を止めてスケアクロウに近づいていく。
「アナタが動いたり、しゃべったりすることは、もうバレバレだから、おとなしくあたしの質問に答えなさい」
リリーには、スケアクロウに対する恐怖心はいつの間にか消えており、堂々とスケアクロウの正面に立ち、腰に手をつき、下から覗き込むようにすごんでみせた。スケアクロウは、リリーの雰囲気に飲み込まれて、一歩後退してしまう。
「いま、動いたでしょ。見逃さないわよ」
リリーは、スケアクロウが下がった一歩分の距離をつめるため、自分から一歩スケアクロウに近づく。するとまた、スケアクロウが一歩下がる。
「また、一歩下がったでしょ」
そう言ってリリーは、スケアクロウが下がった一歩分つめよる。
「わかった、お嬢さん。我輩の負けだ。降参するよ」
スケアクロウは両手を軽く上げて降参を表すポーズを、リリーに向けてする。リリーは、スケアクロウ自身が、動いたり、しゃべったりすることを認めたのが嬉しく、飛んだり跳ねたりして喜びを爆発させる。
「じゃあね、じゃね。アナタにたくさん聞きたいことがあるの」
リリーは、スケアクロウの足にしがみつきながら言った。スケアクロウは足に抱きつかれて困ってしまう。
「答えられることなら答えるから、お嬢さん、お願いだから足に抱きつくのは、やめてもらえるかな。このままだと、我輩がバランスを崩してしまって、お嬢さんと我輩が一緒に転んでしまって大変危ないことになりかねない」
リリーは、スケアクロウの言うことをしっかりと聞いて、足から離れる。
「ありがとう、お嬢さん。では、もう一つお願いしていいかな」
スケアクロウのその言葉に、リリーは露骨に嫌そうな顔をして、スケアクロウを睨みつける。
「そんな嫌そうな顔をしないでくれないか、お嬢さん。とてもすごく簡単なお願いなんだ。ただ、あの泉の前にあるベンチに座ってもらうだけなんだが、平気かい」
リリーは後ろを振り返り、噴水の前にあるベンチを指差して、アレとたずねた。
「そうさ、あのベンチだ。立って話すのもなんだなんだし、せっかくベンチがあるのだから使わない手はないと思うんだが。どうかね、お嬢さん」
リリーはその言葉に頷き、スケアクロウが逃げないように、スケアクロウの腕をしっかりと握った。
「すまない、お嬢さん。我輩の腕を掴んでいる手を離してもらえないかな」
リリーは首を横に振る。
「腕を掴まれていたら、ものすごく歩きずらくなるのだが、ダメかな」
リリーは渋々スケアクロウの腕から手を放して、今度はジャケットを掴む。
「これは、これは、失礼しましたお嬢様」
そう言ってスケアクロウは、リリーに頭を下げて、ハットを頭に乗っけて被り心地いいように調整してから、自由になった手をリリーに向けて差し出した。
リリーは、何で手を差し出されたのか理解できなかったが、ジャケットを掴んでいない方の手で、差し出された手を握る。するとスケアクロウも握り返してくる。
リリーは、ジャケットを掴んでいた手を離す。スケアクロウはジャケットから手が離れたことを確認して、わざとらしく咳払いしてから言う。
「では僭越ながら、この我輩目がお嬢様をあちらのベンチまでエスコートさせていただきます」
リリーは、スケアクロウが言っていることと、自分の状況がよく理解できないが、とりあえず頷く。
「では、雪で足元が大変悪くなっていますので、くれぐれも滑らないように注意してください」
そう言ってから、スケアクロウはリリーの手を取って歩き出した。リリーもスケアクロウの手に導かれながら歩き出す。
トネリコのベンチまでの道のりはとても短かったが、その短い合間にリリーは、スケアクロウの独特な手の感触を楽しんた。
「お座りください。お嬢様」
トネリコのベンチの前にたどり着き、スケアクロウはリリーに座るように促したが、リリーは手を離した瞬間にスケアクロウが逃げ出してしまうと思って、手を離そうとしない。スケアクロウは、リリーがなぜ手を離してくれないのか検討がつかなくて困惑する。
「座ってくれないかな、お嬢さん」
スケアクロウはもう一度リリーに尋ねたが、首を横に振るだけで座ろうとしない。スケアクロウは何て言おうか迷ったすえに、今度は素直にリリーに聞いてみる。
「どうして座ろうとしないんだい」
「手を離したら、アナタはどこかに逃げてしまうんじゃないの」
スケアクロウはリリーの言葉に虚をつかれて、はじめは固まっていたが徐々に笑いを堪えなくなり、最後には笑ってしまう。
「なんで笑うの」
リリーはほっぺたを膨らましながら、スケアクロウに抗議する。
「すみません」と、スケアクロウは笑うのを必死に堪えながら言ってから、一度咳払いをして、のどを整えてから言う。
「大変失礼しました。まさか我輩が逃げるとお考えになっていたとは、我輩も考えが足りずに申し訳ございませんでした」
スケアクロウは頭を深々と下げる。
「我輩はもう動かないスケアクロウの真似や逃げることなんてしません。でも、それでも信じられないのならコレを預かってもらっていいでしょうか」
スケアクロウは、ずっと握っていた民族楽器をリリーに差し出す。
「この楽器は、ニッケルハルパといい、我輩がとても大事にしているものだが、お嬢さんが我輩を信じられないのならコレを預かってもらえないだろうか」
リリーは、スケアクロウを疑いつつ頷いた。
「では、まずはベンチに座ってもらってもよろしいかな」
リリーは言われるがままベンチに座る。けれど、スケアクロウの手を離そうとしない。
「ありがとうございます。では、コレを預かってください。お嬢さんにとってコレはとても重いものなので両手でしっかりと持ってください」
リリーは、スケアクロウから手を離して、ニッケルハルパを受け取る。
リリーにとって、ニッケルハルパはとても重く感じて、いままでスケアクロウが片手で軽々持っていたのことが不思議に思う。
「お嬢さん。あとできれば念のために、肩がけ紐を肩にかけてもらってくれないかな」
リリーはニッケルハルパをよく見る。すると、先端の方に紐を発見する。その紐を目で追うと本体の方に繋げっている。その紐をリリーは肩にかける。
「ありがとうございます。とても似合っていますよ」
スケアクロウの言葉にリリーは恥かしくなる。
「では、お話でもしましょうか。何か質問はありますか、お嬢さん」
スケアクロウはリリーの正面に立ったまま話しはじめた。リリーは話しはじめたスケアクロウにあることを最初に聞く。
「アナタも座って話せばいいじゃない」
すると
「スケアクロウですから」
と、スケアクロウは答えた。