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トライアル

 リリーは、自分の目の前で起こった不思議なことに驚き、トネリコのベンチから転げ落ちそうになり、必死にベンチにしがみついた。

 リリーは体勢を立て直してから、もう一度ベンチに座り直して、深く深呼吸をしてから、スケアクロウが突然動いて、お辞儀をするわけないじゃない、リリー。と自分自身に落ち着くように言い聞かせる。

 ようやく落ち着いたリリーは、もう一度スケアクロウを見る。

 スケアクロウは、もうお辞儀はしておらず、少し猫背気味だが背筋をしっかりと伸ばして立っていて、片手には民族楽器を持っている。しかし、もう一方の手には頭に被っていたハットがしっかりと握られいて胸の位置にある。そして、そのハットが本来あるべき頭には、何もなく、白い雪がうっすらと積もりはじめている。

 リリーは、トネリコのベンチから立ち上がり、スケアクロウに近づいていく。

 まずは正面から再び観察する。スケアクロウは不気味な顔をして、相変わらず動く様子はない。リリーは今度は、背後に回る。

 背後に回ったリリーは、またよく観察する。そして、正面からだと少しスケアクロウが少し怖かったため触るのを躊躇っていたが、背後ならスケアクロウの顔から見られることもなく、直ぐに逃げられると思い、リリーは勇気を振り絞って、おそるおそる指先でスケアクロウに触れてみる。

 スケアクロウの体は、父親や母親、それにイヌやネコの動物等とは少し違う、独特の柔らかい感触が、リリーの指先に伝わる。

 リリーは、その独特の感触が面白くなり、何回も繰り返しスケアクロウの体に触れる。その間もスケアクロウは動くことはなかった。

 リリーは触ることに満足して、スケアクロウの正面に再び回って、再び顔を観察する。

 触った感触のせいか、スケアクロウの顔はさっきまでと違い、不気味に感じるどころか、かわいく感じ始め、どうすればもっとかわいくなるのか、リリーはアレコレ考えながら、スケアクロウの前で、時計回りで円を書くように歩き始めた。


「アナタをもっと素敵にするには、どうしたらいいと思う」

 リリーは、スケアクロウの前で回るのをやめ、スケアクロウの目を見ながら問いかけた。

 しかし、スケアクロウは何もしゃべろうともしない。

「しゃべるわけ、ないか」

 リリーは、すこし残念そうな顔をしながらトネリコのベンチに再び腰をかけて、辺りを見回す。広場のどこからか、この広場でしか聞いたことのない鳥のさえずりが聞こえてきた。


 リリーは、目を閉じて、小鳥のさえずりに耳を傾ける。とても澄んだ鳴き声で一匹が鳴くと、他の一匹が澄んだ鳴き声で返す。その様子はまるで、楽しそうに会話しているようにリリーは感じた。

「鳥さんたちは、楽しそうに会話してるね。できるのなら、わたしもアナタと楽しくおしゃべりしてみたいな、スケアクロウさん」

 リリーはスケアクロウに問いかけるが、やはり返事をしてはくれない。

「やっぱり、しゃべったり、動いたりするわけ、ないか。でも、さっきのお辞儀は、やっぱり私の見間違いだったのかしら。それともただの勘違いだったのかしら。お願いしゃべれるなら、しゃべって教えてくれないかしら。お願いし、スケアクロウさん」

 先ほどまで、澄んだ鳴き声で鳴いてきた鳥達も、会話をするのをいつの間にか止めて、スケアクロウがしゃべり始めるのを待っているのだと、リリーは思った。

 けれど、スケアクロウはしゃべらないし、動かない。

「ダメね。お話の世界じゃないんだから、スケアクロウがおしゃべりするはずないものね。なら、悪戯しちゃおうかな」

 リリーは、スケアクロウの目を、獲物を見つけた猛禽類のごとく見ながら、おもむろにトネリコのベンチから立ち上がと、スケアクロウの周りを回り始める。

「まずは、そのおじさんみたいなお洋服を脱がして、フリルがたくさんついた今流行のワンピースを着せてから、あったかいコートを着せて、ハットを脱がせて、ネコのお耳みたいなリボンを頭に着けて、手には、魔法使いが使ってるような杖を持たせてから。そうね、綺麗にお化粧もしてあげてから、あとはどうしようかしら」

 リリーは、スケアクロウの周りを回るのをやめて、また正面に立つ。

「アナタは、どう変身したいかしら。答えなきゃ蹴っちゃうわよ」

 そう言ってリリーは、片足を上げてスケアクロウを蹴る体勢に入り、いざ蹴ろうとしたそのときどこからともなく「蹴るのはやめてくれ」と少ししゃがれた男性の声がした。

 リリーは、スケアクロウを蹴るのをやめて辺りを見回す。けれど、声を出したであろう人影はどこにもなく。リリーは首を傾げる。

 スケアクロウが怪しいと思い、リリーは入念にスケアクロウをみる。けれど特にかわった様子はない。

 リリーは、おそるおそる正面からスケアクロウに触ってみる。スケアクロウは後ろから触ったときと同じ、独特なやわらかさをしていた。しかしスケアクロウは、しゃべるどころか動かない。まるで本物のスケアクロウみたいだ。とリリーは思う。

 けれど、リリーは納得できなくもう一度スケアクロウを蹴る体制に入る。

「蹴るわよ」

 リリーはそう宣言して蹴ろうとしたら、またどこからともなく「お願いだから、蹴らないでくれ」と少し慌てたしゃがれた男性の声がする。

 けれど、リリーはその声を気に留めることなく、足を蹴りだした。しかしリリーの蹴りは空を切り、その場に尻餅をついてしまう。

 リリーは、自分に何が起きたのか理解できなく、その場で尻餅をついたまま固まってしまう。

「二回も蹴らないでくれと頼んだのに、蹴ろうとするなんてひどいじゃないか、お嬢さん」と、またどこともなく少し気取ったしゃがれた男性の声がした。

「どこにいるの出てきなさい」

 リリーは、尻餅をついたままできる限りの強気と大声と上げた。しかし、その声は強気とも大声とは呼べるものではなく、ただ恐怖で声が震えているだけだった。

「さっきからお嬢さんの目の前にいるじゃないか」と少しあきれている、少ししゃがれた男性の声がした。

 その声を聞きリリーは、まずスケアクロウを見る。けれどもスケアクロウは、うんともすんとも言わないし、動こうともしない。リリーは、スケアクロウの後ろにナニかがいないか確認する。けれどナニかがいる気配はまったくない。仕方ないから辺りを見ますと、

「だから、正面を見てくれないかお嬢さん」と、今度は完全に呆れている少ししゃがれた男性の声がして、リリーはスケアクロウを見つめた。

「アナタがこの声の主なの」

 リリーはスケアクロウを指でさしながら、スケアクロウに問いかける。

 スケアクロウは、うっすらと雪が積もった頭を縦に一回ゆっくりと頷き、頭に積もった雪を落としながら「そうさ、お嬢さん。貴女の目の前にいる、このスケアクロウさ」と、気障っぽく少ししゃがれた男性の声が、スケアクロウから聞こえた。

 リリーはそのことが信じられなく、腹のそこから悲鳴を上げた。その悲鳴にスケアクロウは驚き、人の耳と同じ位置を、両手がふさがっているにかかわらず、起用に押さえた。

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