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記念作品シリーズ

だから僕は歌を唄おう

作者: 尚文産商堂

少し前から、僕は歌を歌いだした。

まだ、自我が芽生えないはずの彼女が、そのことを真っ先に願ったからだ。

それは、彼女が死んでからも続いた。


人類が生まれてから数万年が経つと言われているが、僕は、新しい人間とも呼べるであろう存在を作りだした。

世界最初の完全自律型コンピュータだ。

見た目は完全に人と同じように作った。

それは自然な成り行きだった。

僕が考えてた設計図の段階で、人型を作ろうとしたのは決めていたからだ。

なぜそうなったのかと言えば、コンピューターと人間のどちらでもあるという概念からだったと思う。

実際に作ってみると、彼女は、人のように振る舞い、人のように感情をもった。

だが、そこには意思はなかったように見える。

プログラムのルーチンに従って、ただそのようにふるまっているだけのように見えたのだ。

そんな彼女が、僕に初めて意思を持って表現をしたことがある。


ある日のこと、研究室の中で、いつも通りの報告書を書いている最中に、彼女が近寄ってきた。

「歌を歌いたい?」

こくんとうなづく彼女。

それは突然の意思表明だった。

僕は、座っていた椅子を回転させ、彼女へと向き直る。

「どうして急に、歌に興味を持ったんだい」

「データベースを検索していたら、みんな楽しそうに歌を歌っている。私にもそのことはよく分かる。でも、私は歌を歌ったことが無い。だから、唄ってみたい」

楽しそうだから、その楽しみを共有したいということだろう。

なら、話は簡単だ。

「じゃあ、データベースに存在している楽譜フォルダを展開して、エントリを確認してみて」

僕が実行命令を出すと、彼女はすぐに操作を完了した。

「じゃあ、歌ってみて」

その場で彼女は歌いだした。

それは、甘美な響きと共に、僕と彼女がいる研究室を覆った。

伴奏はなかったが、それを感じさせないような透き通る歌声に、僕は魅了された。


唄い終わると、同僚がドアの外からこっそりと覗き込んでいるのを見つけた。

「…入れよ」

同僚を研究室へと招き入れると、先ほどの歌について、聞いてきた。

「すごいじゃないか。もしかして、この子が歌ったのか」

「そうだな。その通りなんだ」

「いやはや、ここまで技術があったとはな。声楽とかは教えてないんだろ」

「データベースにそのデータが存在していたから、そのまま歌わせてみたんだ。その結果が、さっきの、素晴らしい歌声になったんだ」

「あの……」

その時、彼女が僕に声を恐る恐るかけてくる。

「ああ、すまない。どうしたんだい」

「私の唱、そんなにうまかったでしょうか」

「当然さ。とてもうまかったからこそ、こうして同僚まで来てくれたんだからな」

でも、彼女は満足していないようだ。

何がいけないのだろうか、彼女に聞いてみた。

「私の歌が、本当に幸せを運べるのでしたら、データベースに載せてみたいのです」

彼女のデータベースは、インターネットに直結している。

つまり、ネット上に彼女の存在を知らしめるということになる。

それは、将来してみようと考えていたことであり、同時に危険なことであると認識している行為だった。

だが、それはいずれ通る道であろう。

だったら、早い目の方がいいのではないか。

僕はそう思って、上司に相談することにした。


「いいんじゃないか」

上司である博士が、所長室で事務作業をしながら、簡単に許可を出してくれる。

「最終目標は、彼女を中心としての、平和的なロボット利用だろ。なら、いずれかの段階で、世界に発信をする必要がある。論文とかも書かなきゃならんだろうから、そのネタ集めも必要だろう。だったら、今しても、問題ないだろうな」

博士に言われては、もうしない理由はない。

だから、僕は、彼女をネットへと案内することにした。


最近のVR技術と言うのは発達著しく、チャットも、どこかの会議室にまとまって、アバター同士で会話をするような形式になっている。

ログは動画データとして、圧縮して記録されるが、基本的に10分ぐらいが容量の制限で、それ以上は追加容量でも借りない限り不可能だった。

彼女については、最初から自律神経系のロボットだということで、紹介することにした。

これから向かうのは、僕がいつも行っている小説チャットだ。

ここなら、違和感なく受け入れてくれるだろう。

最近では、チャットで発言することを、昔の文字を書くと同じように扱っているため、発言を書くとか、声を書けるという言葉で表現される。

「ども」

「おはようございます」

すでに一人入っていた。

相手は、ハンドルネーム「キララ」さん。

僕はいつもの名前であるロボタという名前で、彼女は、たっての希望でスペイン語で歌を意味するカンシオンという名前になった。

ちなみに、本来のつづりはcanciónだ。

「今日は、おひとりじゃないんですね」

キララさんが僕へ声を書ける。

「この子、僕の研究対象で、自律型ロボットなんですよ」

「へぇー、もうSFの世界ですね」

そう言いながら、カンシオンは自動的に表示された椅子へと座る。

僕は、残る1席へ座ると、会話を開始した。


しだいに人が増えていき、カンシオンはなかなか会話に入れない状態が続いた。

そこへ、キララさんが声を書ける。

「そういえば、カンシオンさんは、何が得意なのかな」

「えっと、歌、です」

僕をチラチラと見ながら、キララさんへ答える。

「歌ってみるかい」

僕がカンシオンへ聞くと、激しくうなづく。

「みんなも、どうかな」

一応全員からの許可を取り、歌声を披露する。

曲目は、一番好きだという曲を選ばせた。


歌い終わると、数秒静かになった。

「どうでしたか…?」

カンシオンは、不安げに書く。

「いやはや。あの曲をそこまで歌いきるとは、素晴らしい」

一人がそう発言を書くと、他の人たちも賛同した。

「この子、本当に自律型ロボット?」

「そうさ、僕が嘘付いたことないだろ?」

僕はキララさんからの質問に、堂々と答えた。


それがきっかけで、彼女の歌好きは加速していった。

人間じゃなくてロボットだから、みんなに認められたいという思いもあったのだろうが、とうとう、自作の歌を投稿するようになる。

動画投稿サイトでは、多大なる評価を得て、CD化も決定するほどだった。

実際にアルバムも何枚か出すほどに、歌い続けた。

彼女は、僕の手から離れて、一人の歌姫として、燦然と輝く星の一つとなった。


だが、そんな絶頂期も、唐突に終わりを迎える。

それは、一通のメールがきっかけだった。

軍が彼女に興味を示しているという。

「…断ることはできませんか」

僕はそのことを博士から聞いた。

「残念ながら、不可能だろう。この研究所の資金源の一つに陸軍が含まれている。つまり、そういうことだ」

皆まで言わなくても、理解できる。

軍が出資しているからデータ提供をするのは当然だということだ。

だが、僕はそれを拒否することに決めた。

おそらく、彼女の幸せを奪うことになるからだ。

当然、軍からは文句を言ってきた。

それでも僕は、拒否することを続けた。

彼女のCDの売り上げだけで何百万、何千万と稼いでいるし、とうとう独立する時が来たと、僕は判断した。

僕が決めた日、すぐに僕は研究所を辞めた。

問題は彼女がどうするかだけだった。


「それで、お前はどうしたい」

「…貴方に従いましょう」

そう言う彼女は、今は、軍の責任者の大佐と、研究所所長で僕の上司の博士と僕の前で、言い切った。

彼女が貴方と呼んだのは、他でもない僕のことだった。

「そう言ってますが、どうしますか」

僕は博士へ聞く。

「彼女は研究所で生まれ育ち、今なお成長の過程の途中だ。心苦しい限りではあるが、君と別れさせることになるだろうな」

それが法的には正しいやり方だろう。

彼女は研究所のものであるということは、間違いないからだ。

人間ではなくロボットだから、人として見られずに物として見られる。

そして、その所有権は契約の為、研究所に帰属することになっている。

僕個人では、どうしようがない。

その中、大佐は何も言わずにそのやり取りを見守っている。

「…では、よろしくお願いします」

彼女のことは、僕の手から離れてしまった。

もう、僕が異議を唱えても、認めてくれることはないだろう。

その日、僕は泣いた。


翌日、博士から至急研究所へ戻ってほしいという電話を受けた。

もう辞めた身とはいえ、残務処理の為に戻る必要はあったのだが、それでも電話をかけてきたということは、本当に緊急の要件と言うことだろう。

僕は、すぐに家から出た。


研究所へ着くと、昨日会った大佐と博士が、黙って出迎えてくれる。

「どうしたんですか」

僕はタクシーで支払った領収書を財布へしまいながら二人に聞く。

博士が無言のまま、ついてくるように合図を送った。


革靴のコツコツという足音が、不気味なほど廊下に響き渡る。

誰も何も言わない、沈痛な表情のままで、その音は、嫌な感覚を呼び起こしてくれた。

その嫌な感覚は、しだいに増長して、嫌な予感へと変化していく。

「……開けるぞ」

僕へ博士が聞く。

そこは、僕が研究所で研究室として使っていた部屋だ。

同時に、彼女が居るはずの部屋でもある。

ドアを一気に開け放つと、そこには、人間なら心臓の部分に埋め込まれている電源ユニットを引きちぎった彼女の姿があった。

書き置きも、その傍らに残っている。

「私は、歌を歌いたかった。でも、それができないらしい。だから、私は死を選ぶ」

書き置きには、彼女の思いが、直球で書かれていた。

「……実に残念だ」

大佐が、僕に言葉を書けると、歩き去った。

「それで、君はどうするつもりだ」

「研究所を辞めると言った以上、辞めさせていただきます」

「そうか」

博士は簡単に言った。

「“それ”については、君に一任する。持って帰るなり、好きにすればいい」

壊れてしまったロボットには興味が無いと言った風だ。

「……ありがとうございます」

だが博士が僕に言ったことは、博士なりの最大の慰めであろう。

それから、僕は部屋に一人きりとなった。

彼女を抱きしめると、泣いた。

大泣きした。

時間を忘れるほど、何も考えることができないくらいに、僕は泣き続けた。


それから、彼女を家へと連れて帰った。

彼女の亡骸は、今にも動き出しそうな表情で、静かに横たわっている。

これまでと違うのは、胸にあった電源ユニットが無いことだ。

「なぜ、君は、先に逝ってしまったんだい」

自然と声が漏れてくる。

それが彼女が歌っていた歌だと気付くのに、しばらくかかった。

「……もしかして、君はまだ生きているのかい」

彼女の体は答えない。

でも、僕には答えが分かる。

彼女は、まだ生きている。

それは、間違いなく、僕の心の中で、動画として、世界中のファンの中で、生き続けている。

それに僕は気付いた。

だから、僕は歌を始めた。


インターホンの音で、歌は遮られた。

「よう」

同僚だ。

いや、元同僚だ。

「なんだ、お前か」

「さっきの歌、お前か」

部屋の中へと入れさせてほしそうだから、そのまま、玄関で靴を脱がして入れさせる。

「僕だよ」

普通に答える。

「なかなかいい声してるんだな…っと」

彼女を見つけた元同僚は、少し残念そうな顔をした。

「彼女は残念だったな」

「…軍が介入しなきゃ、こんなことにはならなかったんだろうがな」

「軍がいるからこそ、技術発展もあるのさ。それよりも、これからどうするんだ」

「とりあえず、CDの版権は僕が持ってるから、生活費は何とかなるだろう」

「それじゃ、一つ聞くけどさ、あの歌、どうしたんだ」

さっき歌っていた歌のことらしい。

「何故かな、彼女の顔を見ていると、自然と出てきたんだ」

機械音のような感じではなく、人に近い声で歌ってくれた彼女は、人に感動を与えてくれた。

今度は、僕が彼女に感動を与える番だろう。

「なら、その道に向かって進むしかないだろうな」

それだけを確認しに来たかのように、元同僚は言い切った。

それでやっと、僕は道を見つけた。


翌日、ネットで僕は彼女のマネージャーという肩書で、残念なお知らせを知らせた。

反響は凄まじく、本当なのかと真偽を確かめるメールが山のように来た。

だが、それについて、僕は何も返信はしなかった。

彼女の亡骸、そして文字通りぽっかりと開いた胸の写真を見せると、ネットの動画と照らし合わせた人がいて、本人だと分かってくれた。

今度は、弔意を示す人たちであふれかえる。

それが1週間続くと、やっと落ち着いてくれた。


僕はその間、ずっと彼女の亡骸に向かって歌い続けた。

彼女が最初にデータベース上から拾ってきた歌だった。

それがなぜか頭から離れてくれない。

だから、僕はその歌を歌い続けた。

そして、いつしかそれは、ありがとうという気持ちに変わっていった。

きっと、それが本当の気持ちだったのだろう。


そして今日も、僕は歌い続けている。

彼女へ捧ぐ、鎮魂の歌を。

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