時計台―塔―の後継者
透き通った結晶で造られた塔のような形状の建物の内部。
この塔のことを、外界の人類たちは〈時計台〉と呼んでいる。
確かに〈時計台〉と似た巨大な針が外部に設置されているが、その針は回っていないし数字も無い。
内部は完全に外界と遮断された空間になっていて、階段が設置されている。
階段は永遠とも思えるほど長く、過去にこの〈時計台〉を登り切った人間は居ない。
この〈時計台〉の中では〈キヲク〉という化け物が出る。その〈キヲク〉が人を襲い、〈時計台〉の最上階へ向かわせるのを阻むせいで塔を登るものは最早僕しか居なくなってしまった。
コノ塔はいつ出来たのか――そしていつから〈キヲク〉は出現したのか。
「……」
俺はついに疲労がピークに達し、その場に座り込む。
水筒の中の水を飲み、口の中を潤わした。〈魔法の水筒〉。永遠に水を湧きあがらせる水筒だ。
水を司る魔女が魔力を込めた水筒と言われている。
バッグに再び水筒を詰め込んで立ち上がる。できるだけ、早くこの塔を登り切るんだ。
俺がこの塔を登りはじめたのは二ヶ月前。
俺は最後の〈塔を登るモノ〉。塔の秘密を握る一族の血筋を受け継いだ〈後継者〉だ。
この塔――〈時計台〉には度々〈コード〉という文字が綴られている。――壁面に、床に、空中という具合にいろいろな場所にソレはある。
それを誰が綴ったのかは判らない。
その〈コード〉を読み取れるのは、〈後継者〉である俺だけだ。
「ッハァ……」
思わず息を吐いた。
永遠とも思える階段を見上げる――途方も無い感覚。
「……上、見ないでおこう」
すると、目の前に扉が現れた。
その扉のドアノブを俺はしっかりと握り、その扉を開いた。
開かれる扉――溢れる光と白い光の粒。
思わず目を閉じたが、ゆっくりと開くとそこには、オモチャが床に、壁に。空中に散乱していた。
空中に浮かぶ人形――笑う道化の人形。電車の模型。お菓子を模した人形。
『キャッキャッキャッキャッ!』
子供の嬉しそうな声が部屋全体に響き渡る。後ろを見ると入ってきた扉が消えていた。
ズドン、という身体中を貫く衝撃――飛翔。
俺は耳を塞ぎ、その場で地面を蹴った。
宙に浮く自分の身体。部屋全体には重力が生み出されていた。
見上げると、巨大な少女の形を模した人形が笑っていた。その片手には巨大な斧。
振り上げて、振り下ろす。
「う――わっ」
空中で受け身を取り、衝撃波を防ぐ。
少女型の人形は笑い、斧を振り回す。空振られた斧は空間を切り刻んだ。
切り刻まれた空間から〈穴〉が出現し、その暗闇から重力が生み出され引きこまれそうになって何とか宙で踏ん張る。
人形は尚も笑い続け、空間を切り刻み続ける。
このままじゃやられる。俺はポケットからナイフを取り出してソレを人形めがけて投擲した。
『ギャァァァァァァァ』
耳を引き裂くような悲鳴に俺は耳をふさぎ、〈重力〉を解除すると地面に着地する。
あのナイフには〈コード〉が刻み込まれている。〈炎のコード〉だ。
人形は叫びながら燃えていく。――蒸発して消えた人形の場所には、小さなピエロの人形が落ちていた。その周りには赤色の不透明な〈コード〉が纏わりついている。
――先ほどのあの人形は〈キヲク〉だった。
〈キヲク〉を倒せば〈コード〉を刻み込んだアイテムが手に入る。俺達はそのアイテムのことを〈キヲクコード〉と呼んでいる。
〈キヲクコード〉は人の思いが具現化したアイテム。そしてあの〈キヲク〉は人の思いが歪み、この塔のちからの影響を受け、意思を持ち変異を果たした姿だ。
――俺は人形に触れる。〈コード〉が起動し、光が部屋全体に溢れる。
――おかーさん。おとーさん?
幼い声が聞こえ、俺は閉じていた目を開いた。白い世界。光が溢れる世界。
その世界の中心に少女はいた。その片手にはあのピエロの人形。
悲しげに微笑む女と男。
少女はその笑みに何か気づいたのか、不安そうに二人の顔をのぞき込んでいる。
――場面が変わり、場所は何処かの施設。
――おかーさん。おとーさん。なんで私を捨てたの?
そんな少女の呟きが。いや、少し大人びた制服を着た少女が、悲しそうに呟いた。
それは本当に悲しそうで、苦しそうだった。
俺は、少しだけ彼女に〈干渉〉することにした。――このまま放っておけばまた、彼女の〈キヲク〉は再び歪んでしまう。少しだけ、彼女を手伝おう。
俺にはソレが出来る。彼女の側まで近寄り、俺は少しだけ笑みを浮かべた。
「大丈夫。キミのお母さんは、君を捨てたんじゃない」
溢れる〈ココロ〉が俺に流れ込んでくる。コレは――この子のお母さんと、お父さんのものだ。
彼女に〈ココロ〉を渡す。光の粒となって、ソレは彼女の身体に吸い込まれていった。
涙が、彼女の頬に伝わる。
――本当?本当に――私は捨てられてないの?
「うん。だから君は安心して宿主の元へ帰りな」
フッと、彼女が消えた。白い世界も同時に消え去る。
気がつけば俺は、階段に戻っていた。見上げる――果てしない回路。
まだ先が見えない場所へ、俺は再び上がり始めた。