Fifth.
私がおかしな行動をしてしまってから約10秒後、沈黙が痛いな~と考えていると、10羽の中で一番大きかった『サイレントバード』がポカンと開けていた口を閉じ、また開いた。
「お前が『無価値』か?」
……しゃべったことにはあまり突っ込まないでほしい。この世界の生き物は、総じて人語を解すことができるのだ。……まぁ、このことを知っているのは私ぐらいなものだろうが。
それにしても、ずいぶんな呼ばれようだ。彼らにとってはそのとおりなのだが。
「そうですね……確かに私はあなたがた魔物にとっては『無価値』でしょう。本当に、そこらにある小石ほどの価値もない。まぁ、同族にとっても私はほとんど『無価値』でしょうが」
少し衝動的にそう返事をしてから、皮肉っぽくなってしまったかもしれないと少し後悔した。できれば、悪い印象も持たれること無く立ち去りたかったのだ。
顔に出さないように(私のつけている仮面は顔の上半分だけを隠すタイプだったので、口元に気を付ける必要があった)そう考えていると、不意に先程問いかけてきた『サイレントバード』が何かを言っているのが聞こえた。つぶやき程度の大きさだったのでよく聞こえなかったが、おそらくあちら側にも伝える気はなかったと信じたい。
「それでは、私はこれで失礼します。これでも、時間があまりありませんから」
私はそう別れを切り出し、再び頭を下げた。少し強引かもしれないが、急いではいなくても時間があまりないことは事実だ。
少ししてから頭をあげ、そのまま『サイレントバード』達に背を向けてつい先程まで通っていた獣道にもど……
「待て」
…れなかった。できればそのままほっといてくれるとよかったのだが。背を向けたまま小さくため息をつくと、私は振り返って呼び止めてきた『サイレントバード』を見据え、問いかけた。
「なんでしょうか?」
「お前の名はなんだ?」
問いを問いで返された……というより、名前訊かれたよ。どうしようかな。本名名乗るわけにもいかないしね。
「私が普段名乗る名でよろしければお答えしましょう。
私の名は、ディー。姓はありません」
暗に本名ではないと仄めかした風に名乗る。
実際、本名を名乗る気はない。一応は本名の一部を使用しているので偽名というよりもあだ名といった方が正しいのかもしれないが。
「……なるほど。『無価値』のディー……か。わかった。
俺はカイ。姓はスパーダ」
…名乗り返された。…姓と一緒に。というより魔物にも姓があることに驚いた。名前ならわかるけど。
……というか最初のつぶやき聞こえたよ、普通に。なんだその言い方は。もしかして私は魔物にそんな風に呼ばれてるとか?そういえばお前『が』って言ってたけど……二つ名が増えたな。不名誉な感じのが。思わず明後日の方向を見かけてしまった。
「……ご丁寧にありがとうございます、カイさん。それでは、私はこれで」
「あぁ、またいつか」
その『またいつか』ができれば限り無く遠いことを願いながら、私は獣道に戻っていった。……いや、なんか物凄く嫌な予感がしてね?
今日は何故か、異様に疲れる日だった。しみじみとそう感じながら上空を見上げると、所々木に隠された空が白んできている。
もうじき夜明けだ。
まだ森から出ていないが、目的地は定めるべきだろう。
今更ながらにそんなことを思い立ち、頭に地図を思い浮かべる。
城下町から草原を隔てて森に入って、それからだいたい西に7キルトは歩いたから……おそらくこのまま進めば今日中には隣国のアーシェス国に入ることができるだろう。
いつもの行動の範囲は国内だったので、これを期に国外まで足を伸ばしてみよう。幸いなことに、アーシェス国には冒険者ギルドが数多く存在している。そうそう目立つことはないはずだ。
そんなふうに一通り考えをまとめた。
この調子だと、今回も長いお出掛けになりそうだ。
あくびを噛み殺しながら、未だに暗い森の中を歩く。
森を出たら少し昼寝をしようかと考えながら、私はただひたすらに獣道を歩き続けた。